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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-9のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-9 概要
- ホ長調
- Largo;幅ひろくゆるやかに
- 4分の3拍子
付点リズムと3連符
付点リズムと3連符とをどう合わせるかが,よく議論になります。
結論からいくと,ずらさずにタイミングをあわせて弾くのが正解です。
演奏の注意点で後述します。
何気ない作品が続く
第7番,第8番の2曲を通して,
- 奇数番目=儚くも美しい長調の作品
- 偶数番目=激しく悲劇的な短調の作品
という性格付けがされました。
その後,第9,10,11番と,何気ない小品が続きます。
前半クライマックスの第15,16番が近づいてきていることもあり,
ともすると,この3曲は聞き流してしまいます。
しかし,どの曲も短いながら印象的な作品です。
この第9番も,楽想の変化はあまりありませんが,堂々とした荘厳な響きが雄大に奏でられます。
ショパン 前奏曲 Op.28-9 構成
分かりやすい形式
12小節の小品です。
A(4小節)-B(4小節)-C(4小節)の3部形式。
各部分の最初の2拍はほとんど同じになっています。
ショパンの作品は分かりやすいですね。
第8番に続いて,第9番でもffが登場
第9番はf(フォルテ)ではじまります。
その後,作品の後半までクレッシェンドが続き,ffに至ります。
第8番ではじめて出てきたff(フォルテシモ)ですが,第9番でもffが出てきました。
第1番から第7番まで全く出てこなかったffが,これ以降頻繁に出てくるようになります。
その後デクレッシェンドしてp(ピアノ)になりますが,その後再びクレッシェンドとなり,ritenuto(;ただちに速度を緩めて)されて,最後はffで曲が終わります。
ショパンがdim.ディミヌエンドではなくて,decresc.デクレッシェンドを使用しているのはめずらしいです。
ショパン 前奏曲 Op.28-9 版による違い
各初版とも(めずらしく)大きな違いはありません。
最終小節,12小節目のタイのつけ方だけ,注意が必要です。
7小節目 必要な♮が抜けている
7小節目の3拍目,自筆譜では必要な♮が抜けています。
各初版では修正されていますが,フランス初版はひとつだけ,♮をつけ忘れています。
12小節目 タイ
最後の小節です。
ショパンはいくつか(3つ)の音をタイで結んでいます。
このタイのつなぎ方は,各初版ともすべて間違えています。
- フランス初版とイギリス初版は,中音域のB音(シの音)のタイが抜け落ちています。
- このB音のタイはミクリ版やコルトー版のような権威ある出版譜でも抜け落ちています。
- ドイツ初版では低音域のB音のタイが,最低音のE音へのスラーに書き換えられています。
このように版によって,タイのつけかたが様々で,その後出版された楽譜も,好き勝手に改訂して出版されています。
ミクリ版のように,派手な音量の大きい音を鳴らそうとする版が多いようです。
自筆譜を見ると,塗りつぶして書き直している箇所がみられます。
ショパンはいつものように,熟考に熟考を重ねて,この響きに辿り着いたのだと推測できます。
自筆譜の通り(=エキエル版の通り)演奏すると,音が鳴った瞬間から,音が消えていく余韻まで,ホ長調の和音が実に豊かに響きます。
ショパン 前奏曲 Op.28-9 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
1ページ,4段におさめられています。
前奏曲集の中では,丁寧に記譜されているほうです。
塗りつぶして訂正した箇所も,他の作品よりは少ないです。
他の作品同様,ペダル指示も丁寧に書き込まれています。
右下にメッセージが遺されています。
メッセージも塗りつぶして書き直した跡がのこっています。
何と書いてあるのでしょうか・・・?
冒頭
- ローマ数字でⅨ
- Largo
- ト音記号とヘ音記号の大譜表の,ト音記号の段を冒頭からヘ音記号に変えています。
その後,最後までヘ音記号のまま終わります。
だったら,最初から両方ともヘ音記号の大譜表にすればよいのに,とも思います。
でも,印刷したときに,ピアノ譜の冒頭はやはり,ト音記号とヘ音記号の大譜表になっている方が美しいです。 - 何かを消してから,4分の4拍子に書き換えているようにみえます。
- 付点リズムと3連符が,正しくそろえて演奏されるように丁寧に記譜されています。
出版譜もこのまま印刷していれば,その後,間違えた演奏を量産することもなかったのですが・・・ - 他の作品同様,ペダルの指示も丁寧に書き込まれています。
1小節目の3拍目に踏んだペダルを離す場所が,塗りつぶされて訂正されています。
4小節目 3,4拍目 訂正の跡
左手,そしてペダルの指示に修正の跡が遺っています。
トリルのあとの装飾音にはもともとスラーがついていて,この装飾音が弾き終わるまでペダルを踏んだままにする予定だったようです。
最終的にはスラーは消されて,ペダルを離してから最後の装飾音を弾く指示になっています。
5~7小節目 左手オクターブの省略記譜
5小節目4拍目から7小節目の終わりまで,息の長いクレッシェンドの指示が書き込まれています。
左手に「con 8(;オクターブ低い音とあわせて)」と書かれています。
単音しか記譜していませんが,オクターブで演奏するようにという指示です。
その後,「8」とだけ書いて,オクターブの記譜が省略されています。
8~9小節目 decresc.
大譜表の上の段にト音記号を書いてしまったようで,ヘ音記号に訂正しています。
8小節目に,decresc.(デクレッシェンド)が書き込まれています。
ショパンがdim.ディミヌエンドではなくdecresc.デクレッシェンドを用いるのはめずらしいです。
10~12小節目
ずっと同じ付点リズムで記譜されていた右手の旋律ですが,9小節目から複付点のリズムが出てきます。
もともとは,同じ付点リズムで記譜されていたものが,後から複付点のリズムに書き換えられていたことが分かります。
ショパン 前奏曲 Op.28-9 演奏上の注意点
付点リズム&三連符は”同時に”
3連符の伴奏に,付点リズムの旋律が重なっています。
これはずらさずに同時に弾くのが正解です。
ショパンの自筆譜を見ると,演奏者が間違えないように,正しい記譜法で書かれています。
ところが,各初版が出版される際に,記譜法を変えて出版されてしまいました。
上の譜例のように,自筆譜は正しく記譜されているのに,各初版,さらにはミクリ版やコルトー版といった権威ある楽譜が,すべて記譜法を変更してしまっています。
ショパンの生徒たちも間違えてタイミングをずらして演奏することが多かったようです。
ジェーン・スターリング,そして姉ルドヴィカの楽譜には,同時に演奏することを指示する傍線を鉛筆で書いています。
上の画像は,フランス国立図書館が所蔵している,ジェーンスターリングがレッスンで使用していたフランス初版の8小節目です。
4拍目ははっきり見えませんが,2拍目と3拍目にはくっきりと鉛筆で書いた跡がのこっています。
聞いた話によると,はじめて正しい奏法で,つまりは同時に演奏するやり方で録音が行われたのは,1974年のマウリツィオ・ポリーニの録音だったといいます。 エジソンの蓄音機の発明は1877年です。 なお,当サイト管理人も,つい2~3年前まで意地になってタイミングをずらして演奏していました。 タイミングをそろえて演奏する単純さは,ショパンの作品の持つ美点の一つです。 |
3,4小節目 下からのトリルは拍と同時に
ショパンの下からのトリルは拍と同時にはじめます。
これには例外がありません。
複前打音を拍と同時に演奏すると主和音と激しく衝突します。
この不協和音はショパンが意図的に書いたものです。
複前打音を先取りして不協和音を避けてしまってはショパンの意図に反することになります。
12小節目 左手アルペッジョの弾き方
ショパンの左手伴奏のアルペッジョは先取りで演奏します。
12小節目 タイを蔑ろにしない
いくつかの音がタイで繋がれています。
蔑ろ(ないがしろ)にせず,きちんと譜面通り演奏しましょう。
そうすることで,もっとも豊かに和音が響きます。
版による違いで前述しましたが,上の譜例のようにタイでつなぐのが正解です。
出版されている楽譜の多くはメチャクチャなつなぎ方をしています。
12小節目 ペダルは踏んだまま
ショパンは最初から最後まで丁寧にペダル指示を書き込んでいます。
最後の12小節目のペダル指示は,fineまでペダルを上げる指示を書いていません。
これは,ショパンの作品にはよくあることで,音が消えるまでペダルを踏みっぱなしにします。
ただし,現代のピアノでは非常に長い時間,音が持続されます。
この曲は,24曲ある前奏曲集の9曲目です。
まだまだ曲集は続きます。
あまり長時間音を響かせてしまうと,まるで曲集が大団円を迎えたようになってしまいます。
それと分からないように少しずつペダルを上げていき,自然に消えていくように音を消しましょう。
実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-9のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!