2021.09.19 ショパン作品一覧【ワルツ全27曲】を公開しました!

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ショパンの生涯 ブックマーク

ショパンの生涯-略歴-幼少期青年期パリ時代サンドとの生活晩年死後

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ショパンの生涯 略年表

ワルシャワでの幼少期

1810年 – 0歳:ワルシャワ公国中央のジェラゾヴァ・ヴォーラに生まれる。
1816年 – 4歳:姉ルドヴィカにピアノを習い始める。
1816年 – 6歳:アダルベルト・ジヴニーのもとで本格的にピアノの指導を受ける。
1817年 – 7歳:最初の作品『ポロネーズ ト短調』を作曲・出版。
11818年 – 8歳:ワルシャワではじめて公開演奏。曲目はギロヴェッツの『ピアノ協奏曲』。
11821年 – 11歳:ピアノのテクニックは向上し,既にジヴニーの指導するところではなくなる。また作曲に対する興味が強くなる。
11823年 – 13歳:エルスナーより対位法・和声学を学ぶ。オペラを好むようになる。
11824年 – 14歳:夏休みを利用し国内旅行。ポーランドの田園に親しむ。ポーランドの民族音楽に触れ,強い関心を抱く。
11825年 – 15歳:この年作曲したロンドに初めて作品番号をつけ,Op.1として出版する。

ワルシャワ音楽院

11826年 – 16歳:ワルシャワ音楽院に入学。エルスナーに師事する。
11827年 – 17歳:妹のエミリアが亡くなる。
11828年 – 18歳:初めての国外旅行。ベルリンに2週間滞在。オーケストラ付きの作品『演奏会用ロンド』を作曲。
1829年 – 19歳:ワルシャワ音楽院を首席で卒業。ウィーンで演奏会を開く。コンスタンツィア・グラトコフスカに出会い夢中になる。
1830年 – 20歳:ワルシャワを去りウィーンへ向かう。これを最後に2度と祖国に帰ることはできなかった。

パリ時代

1831年 – 21歳:ウィーンを去りパリへ向かう。シューマン主催の「音楽新報」に「ラ・チ・ダレム・ラ・マノによる変奏曲」についての批評が掲載される。
1832年 – 22歳:2月26日,パリでデビュー・リサイタルを開く。リスト,メンデルスゾーンらが聴きにくる。パリとロンドンで初出版。
1833年 – 23歳:ベルリオーズ主催の音楽会でリストと共演。これを機会に社交界の有名人らと親交を結び,サロンの人気者となる。
1835年 – 25歳:カールス・バートで両親と最後の再会。マリア・ヴォジニスカに魅了される。

ジョルジュ・サンドとの生活

1836年 – 26歳:マリアに求婚。ジョルジュ・サンドと出会う。
1837年 – 27歳:マリアとの婚約が破棄される。
1838年 – 28歳:サンドとの交際が始まる。マジョルカ島に滞在。
1839年 – 29歳:冬はパリ、夏はノアンのサンドの別荘で暮らす生活が始まる。
1841年 – 31歳:プレイエル・ホールで久々の演奏会。バッハのパリ版の校訂をする。
1843年 – 33歳:結核が進行。年末には一時危篤状態に。
1844年 – 34歳:父ニコラス死去。姉ルドヴィカがワルシャワから到着。
1847年 – 37歳:ジョルジュ・サンドとの別れ。

晩年

1848年 – 38歳:2月26日,パリでの最後の演奏会。イギリスへ演奏旅行。11月16日ポーランド難民のための演奏会が,最後の公開演奏となる。
1849年 – 39歳:姉ルトヴィカと最後の再会。10月15日,ポトツカ夫人が見舞う。10月17日,永眠。

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