ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-1 ハ長調

前奏曲

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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
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ショパン 前奏曲 Op.28-1 構成

ハ長調,アジタート(激して,興奮して,せき込んで),8分の2拍子。
24曲中,1番最後に作曲されたと考えられています。
画竜点睛,といった感じでしょうか。

起承転結の分かりやすい構成

起(8小節),承(8小節),転(8小節),結(8小節),コーダ(2小節)の全34小節。

非常に分かりやすい構成です。アナリーゼなど不要で,誰でもすぐに曲の魅力が理解できます。
崇高な芸術でありながら,難解ではなくて分かりやすい。これもショパンの作品の魅力の一つです。

コーダはハ長調の分散和音を鳴らすだけ。究極にシンプルな終わり方です。

ハ長調ながら和声進行が色彩豊か

ハ長調なのに,和声進行が色彩豊かで,多色色鉛筆をパッと広げたような,きらびやかで繊細な華やかさがあります。

シンプルでエレガント

終始同じ音型を繰り返しているだけ。究極にまで無駄を削ぎ落とした,単純さの極致。

でも,よく見ると,一つ一つの音型が,5つのパーツの組み合わせてでできており,機械時計のような精緻な技術で組み上げられています。

  • 一見すると至って単純に見える,たった1小節の音型ですが,5つのパーツが組み合わされてできています。
  • [1]と[2]は組み合わさって,広い音域の一つの和音を鳴らしています。各小節の伴奏にあたります。
  • [3]と[4]も組み合わさって,低音域の旋律を,高音域がこだまのように追いかけています。各小節の旋律にあたります。
  • そして各小節の最後に[5]が奥ゆかしく合いの手を入れています。

同じ音型がずっと続くのかと思いきや,中盤からは時折,右手の音型が5連符に引き伸ばされて,それまでの同じ音型に慣れていた耳がハッとさせられます。
この5連符の音型が,切ない和声進行とあいまって,聴いていても弾いていても感極まります。

最後には,ほんの少しだけ,さらに単純化させた音型が登場し,1曲目はあっという間に終わります。

手を伸ばしても届かない,甘く切ない憧れ

アジタートと指示が書き込んであります。
しかし1小節ごとにフレーズがひとかたまりになっていて,各小節のはじめからせき込んで急ごうとしても,その小節の終わりにはフレーズの終わりに従って速度を緩めるしかありません。

17小節から「stretto(徐々に緊迫して速く)」の指示がありますが,そこで6連符が5連符に変わるため,速度を上げようにも,逆に速さが6分の5に落ちてしまいそうになります。

手をどれだけ伸ばしても届かない,気持ちばかりが焦って,憧れの世界は憧れのまま。
甘くて切ない気持ちが溢れるようです。

涙なくして聴くことができない

作品全体を通して聴き,この作品の全てを理解したあと,もう一度この1曲目を聴くと,切なさが極まって涙なくしては聴けなくなります。

音楽の世界の俳句

はじめてこの曲を聴いた人はどんな感想を持つでしょうか。
「え?もう終わり?短い!」と感じるのではないでしょうか。

西洋音楽は本来,徹底的に主題をしつこいほど繰り返し演奏して,これでもかと聴いているものに理解させようとするものです。

一つの主題を繰り返し,展開し,再現し,さらには別主題をからめて対比させ,くどいほど主題を伝えようとしてきます。

しかし,このハ長調の前奏曲はどうでしょうか。

余分なもの,無駄なものが削ぎ落とせるだけ削ぎ落とされ,短い時間,限られた音数の中に,崇高な精神がぎゅっと凝縮されて詰まっています。

シンプルだからこそエレガント。
慎み深い美しさ。
余計な装飾はしない,一切の無駄を省いた,ミニマリズム的な和の美しさがあります。
それはまるで俳句のようです。

ショパン 前奏曲 Op.28-1 版による違い

短い曲で,自筆譜も丁寧に書かれているので,各初版とも大きな差はありません。

17小節目

ドイツ初版のみ,17小節目に「storetto」の指示がありません。
これは単なる間違いでしょう。

34小節目

34小節目,最後の小節です。
フランス初版のみ最後の和音の下から2番目に謎の「E」音(ミの音)が印刷されています。
これは単なる間違いでしょう。

ショパン 前奏曲 Op.28-1 自筆譜を詳しく見てみよう!

全景

短い曲なので,1ページ5段にきれいに収まっています。

右上にショパンのサイン

冒頭

  • ローマ数字で「I」と記入されています。
  • Agitatoの指示がはっきり読み取れます。
  • 8分の2拍子であることもしっかりと読み取れます。
  • ペダル記号が丁寧に書き込まれています。
  • そして!なんと!mf(メゾフォルテ)が書き込まれています。ショパンがメゾフォルテを用いるのはかなり珍しいことです。

4小節目

書き込みを塗りつぶして消している箇所があります。

おそらく,「C」音(ドの音)を上の段に書いていたものを,わざわざ消して下の段に移動させたようですね。

12小節目

ここも,一度上の段に書いた「B」音(シの音)を消して,下の段に移動させたようです。

cresec.とstretto

  • 13小節目に「cresec.」,17小節目に「stretto」の指示が書き込まれていますが,ショパンの筆跡に慣れていないと読みづらいですね。
  • cresec.もstrettoも- – – – で伸ばされて,両方とも21小節目まで続いています。
  • このcresec.やstrettoを書き込んでいる場所ですが,各初版ともまちまち(ドイツ初版はstrettoを書き忘れ)。ここでもエキエル版は,自筆譜とそっくり同じ場所に指示が印刷されています。エキエル番,最高!です。

17~19小節目

18~19小節目にはじめて5連符が登場します。

一度は書いた16分休符を消しているようです。
始めは,それまでと同じ音型で書いたいたものの,16分音符を消して5連符に書き換えたようです。

この推敲の跡は,ショパンの天才があらわれています。

ここは5連符にしなくても,十分音楽として完成しています。
しかしショパンは,このままではまだ完全ではない,もう一歩高い次元の理想の音楽があるはずだと「気づく」ことができるのです。
そしてそれが譜面上に具現されるまで,その理想の音楽の姿を探し続けることができるのです。

5連符にバージョンアップされた演奏を一度でも聴いてしまうと,元の6連符のままの演奏は,(悪い意味で)単純で味気ないものに感じてしまいます。
そして,こんなにも時間をかけて辿り着いた世界は,その場のひらめきのような,天上の即興性を感じます。
6連符のままの演奏の方が,時間をかけてガチガチに考え創り上げた音楽に聴こえます。

もう一歩奥深く高い次元があることを感じ取り,そしてその消えてしまいそうな神からの啓示を逃すことなく,捉えるまで諦めずに追い求め続けることができる。

これこそがショパンの天才なのです。

23小節目

ペダルを離す記号を書き間違えたようで,消して書き直しています。
ショパンはこのような細部までこだわって作品を書いています。

演奏者はペダル記号についても,ショパンの意図を汲み取るように真摯に研究しなければなりません。

31小節目

繰り返し記号が書き込まれています。

前奏曲集の自筆譜は,ショパンには珍しく,省略記号で済ませていたり,臨時記号を省略していたりする箇所が多いです。

瀕死の状態から少しだけ元気を取り戻したという体調の中,前金を受け取っている手前もあってか,かなり急いで曲集を完成させたのだろうと思います。

33~34小節目

最後の小節です。
和音とフェルマータが塗りつぶして消されています。

おそらく,当初は右の譜例のように終える予定だったものを,書き直したようです。

ショパン 前奏曲 Op.28-1 演奏上の注意点

mf メゾフォルテ

ショパンがmf(メゾフォルテ)を使うのは滅多になく,大変めずらしいことです
※書店で売られているほとんどの出版譜では,勝手にmfやmpが印刷されていますが,実際には,ショパンはmfやmpはほとんど使いませんでした。

ショパンがこの大作の一番はじめに,あえてmfを記入したことについて,演奏者は深く考えを巡らせるべきでしょう。

主要作品でmfが出てくることはほとんどありませんから,どういった場合にショパンがmfを使うのか,他の例と比較研究することもできません。

自筆譜を見ると,そのmfの筆跡には一切の迷いを感じません。

どうしてmfなのか,いつmfを書き込むことにしたのか,ショパンはどんな音を思い描いていたのか。

他の作品には出てこないmf。他のどの作品とも違う,特別な音を出したいところです。

Agitato アジタート

Agitato アジタート・・・激して,興奮して,せき込んで

Agitatoというのは,切迫した感じを表現するわけですが,あくまでも発想記号であって,stringendoやaccelerandoのような速度記号とは違います。

Agitatoは人混みをかき分けて急いでいる様子に例えられます。
もっと速く進みたい,早くたどり着きたい,でも中々前に進むことができない。

急ぎたいけど急ぐことができない,のがAgitatoです。

気分良く速度をどんどん加速させることができていたら,それはAgitatoではありません。

「切迫している」状態を表現するために,若干速度を速めていくというのは構いませんが,ぐんぐんと加速させてしまっては,Agitatoではなくなります。

accelerandoのようにならないように気をつけましょう。

繰り返される音型の弾き方

繰り返させる音型は5つのパーツで構成されていて,大きく分けて3つのパートに分かれています。それぞれのパートを漫然と弾き流してはいけません。

  • パーツ[1]と[2]があわさって,音域の広いアルペッジョの伴奏になっています。
    当然のことですが,最低音から最高音へ向かって,少しだけクレッシェンドするように弾きます。
    最低音のベース音をやたら大きな音で目立たせる演奏が多いです。気をつけましょう。
  • パーツ[3]と[4]があわさって,旋律を奏でています。
    [3]も[4]もそれぞれ独立して一つのフレーズになっていないとダメ(スラーでつなげてディミヌエンド)ですし,
    [3]の第1音と[4]の第1音が一つのフレーズでつながります(スラーでつなげてディミヌエンド)。
    そして,[4]は[3]の反響のように聞こえねばなりません。
  • パーツ[5]は控えめに,でも,ちゃんと聴こえるように。
    この3音はディミヌエンドさせます。

5連符は6連符の6分の5の速度

stretto(徐々に緊迫して速く)ですが,5連符は6連符と比べて速度が6分の5になるので,実質的には速度が落ちて遅くなります。

単純に速度を加速してしまうと,逆に緊迫感が緩んで,爽快さが感じられるようになってしまうので気をつけましょう。

コーダ

前述していますが,自筆譜を見ると,当初は譜例の右側のように書こうとしていたようです。

作為的なアーティキュレーションを入れてしまうと安っぽい終わり方になってしまいます。
リタルダンドしたり,抑揚をつけたり,など,ショパンは何も指示を書き込んでいません。
ショパンが書き込んでいるのはフェルマータとスラーだけです。

曲の終わりですから,ほんのごくわずかだけリタルダンドぎみに終えるのは良いとして,仰々しくわざとらしい終わり方にならないように気をつけましょう。

最後はペダルを踏みっぱなし

最後の小節ではペダルを離す記号が書き込まれていません。

ショパンはペダルの指示を熟考の上書き込んでいます。
ペダルを離す記号を書き込んでいないことにもショパンの意図があります。

この場面では,音が消えるまでペダルは踏みっぱなしです。

ただし,現代のピアノではペダルを奥まで踏みっぱなしにすると,非常に長い時間,音がなり続けます(現代のピアノ作りの技術はスゴイ!)。

まだ曲集の1曲目で,次の2曲目との間に,あまり長時間の間を取るのも変です。

それと分からないように,少しずつペダルを上げていき,自然に消えていくように音を消していきましょう。

ショパン 前奏曲 Op.28-1 実際の演奏

当サイト管理人の演奏です。

※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-1のみ再生


◆24曲全曲再生リスト

本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。

ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)

ぜひ,お聴きください!

今回は以上です!

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