前奏曲 Prelude Op.28-8 嬰ヘ短調

前奏曲

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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
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ショパン 前奏曲 Op.28-8 概要

  • 嬰ヘ短調
  • Molto agitato;極めて激しく,興奮して,せき込んで
  • 4分の4拍子

規模の大きな作品

曲集の8曲目。はじめて情熱的な曲が登場します
15小節目には,曲集中ではじめてff(フォルテシモ)が出てきます

自筆譜やフランス初版などで3ページにわたる規模の大きな曲です。
規模の大きな作品も,曲集中ではじめてになります。

嵐のような激情的な作品です。
しかし,暴力的な激しい作品ではなく,寂寥(せきりょう)感が漂います

フランツ・リストは,この曲こそが「雨だれ」の前奏曲だと言っていたそうです。
第6番,第15番とは違う,激しく打ち付けるような雨音です。

最初から最後まで,同じ音型が繰り返されます
しかし和声進行が素晴らしいので,まったく単調には感じません

難曲として有名

一般的には,ショパンの作品の中でも演奏が難しい曲だと認知されています。
技術的に難しい,というよりは,読譜が難しいのだと思います

出版譜のほとんどは,右手の装飾音が小さな音符で詰め込まれて印刷されているため,見づらいです。
このことが,この曲を「難しい」と感じさせる最大の原因だと思います。

この点でも,エキエル版は大変見やすく印刷されており,おすすめです

小さな音符が1小節に24個,×32小節で,768個もの小さな音符が並んでいます。
しかも臨時記号だらけ。

楽譜を見ながら演奏するのはかなり難しいです。

また,たった2分ほどの曲ですが,音数が多いため暗譜も大変です。

ショパン 前奏曲 Op.28-8 構成

規模は大きな作品ですが,A→B(中間部)→A’→D(コーダ)という3部形式で分かりやすい構成です。

強弱記号がff(フォルテシモ)からpp(ピアニシモ)まで幅広く指定されています。

ショパン 前奏曲 Op.28-8 版による違い

自筆譜で臨時記号が多数抜けています
現在書店で販売されている楽譜で,隅々まで正しい楽譜はほとんどない(もしかすると全くない?)です。

以下,いくつかの箇所について,複数の版を比較してどの音が正解なのか考察していきます。
しかし考察・検討すべき箇所が多すぎて,すべては書ききれません

エキエル版は,この曲でも複数の版を比較検討し,細部まで十分に研究されており,安心して使用できます
この曲に関しては,エキエル版以外に信頼できる出版譜は「ない」と断言できます。
この曲を練習,演奏するのなら,エキエル版の購入をおすすめします!

4小節目,4拍目 ナチュラルが抜けている

自筆譜とドイツ初版では必要な♮(ナチュラル)が抜けています
以外の版では補筆されています。

6小節目,20小節目 F♯→A

この曲はずっと同じ音型が続き,右手中音域の旋律のあとはオクターブ上の同じ音を弾くようになっています。
しかし,曲中で2箇所だけ,オクターブ上ではなく10度上の音に飛ぶところがあります

6小節目と20小節目ではF♯のあと,Aに飛びます

ここは自筆譜,各初版とも間違いがないのですが,
後に出版された多くの楽譜で間違えて出版されています

特に,コルトー版やミクリ版といった権威ある出版譜が間違えて(というよりは,おそらく良かれと思って改訂して)出版しているため,後世の多くの楽譜に影響が残ってしまっています

弾いてみれば(聴いてみれば)分かりますが,この部分はF♯→Aと弾くのが,いちばん美しく和声が響きます。

9小節目 左手Gにナチュラルは必要か

9小節目,3拍目の左手伴奏の2音目。
自筆譜,各初版すべて「G♯」になっています。
ところが,ミクリ版,コルトー版では「G♮」とナチュラルがついています

自筆譜では,4拍目の2音目のGに♮がはっきり書き込まれています。
3拍目のこの音はナチュラルをつけずに「G♯」で弾くのが正解だと思います。

9小節目と10小節目は明らかに対になっています。
9小節目と10小節目をより深い関係で結びつけるなら,2音目の動き方を揃えたほうが良いでしょう。
2音目の動き方を揃えるなら,ナチュラルをつけるのが正解といえます。

ナチュラルをつける演奏も許されるため,エキエル版ではvariantとしてナチュラルをつけたバージョンも書いてあります
このあたり,エキエル版は細部まで行き届いていますね

書店で販売されている出版譜のほとんどは,深く検討することなく,なんとなくナチュラルをつけたり,つけなかったりしている楽譜ばかりです。

演奏者は事前に複数の文献を参考にして,深く検討した上で,ナチュラルをつけるのか,つけないのか,決めれば良いと思います。

当サイト管理人は,ナチュラルをつけないのがショパンの意志である可能性が高いと思っています。
演奏する際も,ナチュラルはつけずに「G♯」を弾きます。

13小節目 ♭・♮のつけ忘れ

自筆譜,フランス初版では,必要な♭や♮が3箇所抜けています
上の譜例では,イギリス初版およびエキエル版のように♭や♮をつけるのが正解です。

なお13小節目の1拍目でも,自筆譜ではFに♭をつけ忘れており
同じようにFに♭をつけ忘れたままになっている出版譜もあります

17小節目 BかA(♭)か

17小節目の2拍目の3音目。

自筆譜も各初版もすべてBになっています。
エキエル版だけA(♭)になっており,エキエル版だけ間違えているように見えます。

しかし,自筆譜をよく見てみると,15小節目から17小節目にかけて,ショパンの訂正の跡が多数確認できます。
実に7箇所も,「B音(シの音)」を「A(フラット)音(ラ(のフラット)の音)」に書き換えていることが分かります

そして,議論になっている箇所だけ,ショパンは「A」に訂正するのを忘れてしまったのだと考えるのが自然です。
そもそも,ほかはA♭を弾いているのに,ここだけBを弾くのは不自然です。

ここはA♭を弾くのが正解です

21小節目 3拍目 Gの♯が抜けている

自筆譜,フランス初版,ドイツ初版では,必要なGへの臨時記号,♯が抜けています

イギリス初版,エキエル版では補筆されています。

ショパン 前奏曲 Op.28-8 自筆譜を詳しく見てみよう!

全景

3ページにわたって記譜されています。
前奏曲集の中では丁寧に記譜されている方ですが,音数が多く,訂正箇所も多いため,判読には根気がいります。

冒頭

  • ローマ数字でⅧ
  • Molto agitato
  • 4分の4拍子
  • 繰り返し記号が使われています
  • ペダルの指示が丁寧に書き込まれています。

4拍目,右手2音目の「A(ラの音)」に不要な♮をつけてしまったのか,あとから消していますね。

冒頭に「*」のような記号が書き込まれていますが,これは何でしょうね・・・?

1ページ目 最下部の余白

何かのメッセージ?が書き込まれています。
何と書かれているのでしょう・・・?

あちこちに訂正の跡

5小節目 4拍目
8小節目 3,4拍目
9小節目 4拍目
10小節目 2,3拍目
14~19小節目 7箇所のBをAに書き換えている

15~17小節目,実に7箇所も,B(シの音)をA(ラの音)に書き換えています。
17小節目では,1箇所だけBのまま,Aに書き換えるのを忘れてしまっています。

他にもそこかしこに訂正の跡が残っています。

20~21小節目
24小節目

ト音記号をヘ音記号に書き直しています。

最終部分

ショパン 前奏曲 Op.28-8 演奏上の注意点

がんばって暗譜しょう!

小さな音符がたくさん並んでおり(その数768個!),臨時記号も多いため,楽譜を見ながら演奏するのは困難です。

音数が多いため暗譜も大変です。
ですが,暗譜さえできてしまえば,技術的にそんなに難しい曲ではないです

がんばって暗譜しましょう!

右手4音と左手3音

右手を4音ひくあいだに左手を3音弾くことになります
このリズムが最初から最後まで続きます。

8分音符の音価を,右手は4等分,左手は3等分するので,
8分音符の音価を最小公倍数の12等分して図式化したのが,上の譜例になります

まずは最低限,数学的に正しいタイミングで音を鳴らすことができないとダメです。
だからと言って,数学的に正しいだけの演奏ではMIDIのように機械的になります。

左手伴奏と,右手中音域の旋律と,右手高音域の装飾音はそれぞれ独立して演奏されなければなりません

それぞれのパートは,例えばフレーズの初めと終わりはゆっくりになります。
強調した音は,音価が少し長めになります。
音域広く音が飛ぶ場合は,少し長めに時間をとることもあります。

各パートが流麗に演奏されていれば,少しタイミングがずれることがあって当然
それが自然な演奏です

各パートがしっかりと独立していながら,息がぴったりあっている。
自然に流れる演奏が求められます。

同じ音型の繰り返し

最初から最後まで同じ音型の繰り返しになります。
変な弾き方をすると,最初から最後まで変な弾き方が耳についてしまいます。
同じことの繰り返しなので,自然な演奏が身についてしまえば,特に意識せず最後まで演奏することが可能です。

変なクセがついてしまうと,あとから修正するのは大変なので,はじめからしっかり意識して身体で覚えてしまうのが良いと思います。
当サイト管理人は,右手2音目と8音目(旋律のオクターブ上になっている音)にアクセントをつけたり,左手伴奏をクレッシェンドして最低音をドカン!と鳴らしたり,そんな弾き方がクセになってしまい,修正するのが大変でした・・・

  • 右手中音域(右手1の指,親指で弾く音)が旋律です。
    • ショパンの作品で旋律といえば,当然”歌うように”演奏します
    • ショパンが書き込んだスラー(=エキエル版に印刷されているスラー)をよく見て,旋律のフレーズを意識して”歌うように”演奏します。
    • 旋律がどうしても機械的,無機質になってしまう場合は,一度,旋律を声に出して歌ってみることをおすすめします
  • 左手は伴奏です。
    • ショパンが丁寧にアクセントを書き込んでいます
      • ショパンのアクセントには,普通のアクセント,ディミヌエンドのように見える横に長いアクセントの2種類があります。
        この曲で書かれているアクセントは,ディミヌエンドのように横に長いアクセントです。
      • 横に長いアクセントは,単に大きな音を出すようにという指示ではなく,表現的に強調するアクセントです。
      • 左手伴奏のはじめの音,拍の頭の音を強調して響かせます
    • 左手の伴奏は,高音部から低音部へ音域を下がっていく音型です。
      当然,ディミヌエンドするのが自然です。
    • つまり,左手伴奏の中でも,一番最後の最低音の8分音符が最も小さな音になります
      • とはいえ,8分音符の最低音は,各和声の根音になっていることが多く,音価も他の音(3連符)の3倍あります。
        この8分音符は,他の3連符の音よりも,より大事な音だといえます
      • 3連符の頭の音からディミヌエンドしていき,最後の最低音の8分音符は一番小さな音にしつつも,大切に響かせる,そんな伴奏が理想です。
      • 何よりも気をつけたいのは,最低音の8分音符にアクセントをつけないことです。
        特に,クレッシェンドするときやf,ffの場面で,最低音の8分音符をドカン!ドカン!と打ち鳴らす演奏が多いです。
        そんな粗野で野蛮な響きは,ショパンに似つかわしくありません。
  • 右手の装飾音(小さな音符で書かれた音)は,軽やかに,なめらかに演奏します
    • 他の音(大きな音符で書かれた音)とは明確に違う音を出さなければいけません。
    • これらは,主要な音から構成された音楽的時空間から飛び立ち,はるか上方の音楽的霊気のなかで旋回する音群です
      雲のように,霧のように,主要音で構成された時空間に重なる,別次元の霊的空間の中の音です。
    • 特に,クレッシェンドするときやf,ffの場面で,これらの装飾音に力が入ってしまう演奏が多いです。
      これらの装飾音は音量を上げるための道具ではありません。
  • ペダル
    • ショパンのペダルの指示は,最初の1~4小節と,22小節目から最後までは丁寧に書き込まれていますが,5~21小節目はペダル指示がありません。
      5~21小節目も,ペダル指示が省略されているだけなので,1~4小節でショパンが指示したようにペダルを使用します
    • 現代のピアノでは,ショパンの指示通りにペダルを使用すると音がにごります。
      ペダルはあまり奥まで踏み込みすぎない方が良いと思います。

Molto agitato

Molto;非常に agitato;激して,興奮して,せき込んで
極めて切迫した感じを表現します

Agitatoというのは,切迫した感じを表現するわけですが,あくまでも発想記号であって,stringendoやaccelerandoのような速度記号とは違います。

Agitatoは人混みをかき分けて急いでいる様子に例えられます。
もっと速く進みたい,早くたどり着きたい,でも中々前に進むことができない。

急ぎたいけど急ぐことができない,のがAgitatoです

気分良く速度をどんどん加速させることができていたら,それはAgitatoではありません。

「切迫している」状態を表現するために,若干速度を速めていくというのは構いませんが,ぐんぐんと加速させてしまっては,Agitatoではなくなります。

accelerandoのようにならないように気をつけましょう。

強弱記号

  • 曲は強弱記号の指定なしで始まります
    強弱記号は13小節目になって,やっと「f(フォルテ)」が書き込まれています。

    • 9小節目と12小節目にクレッシェンドの指示があり,13小節目のfに至ります。
      なので,曲の開始は「p(ピアノ)」で開始するのが良いです。
    • そもそも,この曲はやたらと激しく演奏する演奏者が多いです。
      どう表現するかは演奏者の自由です。
      ただ,雷鳴轟く嵐の夜のように激しい演奏はいかがなものでしょうか。
    • 確かにこの曲にはfやffが出てきます。
      ただそれは,束の間の激情です。
      曲全体を支配しているのはpとppです。
      音量を下げて演奏すると,僧院にザーザーと雨音が降り注ぐような,寂寥感,侘び寂びがあらわれます。
    • 曲の冒頭からしばらくは,p(ピアノ)で。激昂しないように
  • 13小節目にf(フォルテ),さらに15小節目にはff(フォルテシモ)が登場します。
    • 前奏曲集にffが出てくるのは,これがはじめてになります。
    • ffは22小節目にも書かれています。
    • ショパンはffやppを「ここぞ」という場面でしか使いません
      第1番から第7番まで,静かな曲が続きました。
      ここではじめて,情熱的で激しい,悲劇的な場面となります。
      曲集の偶数番目の作品は,このあと悲劇的色合いを強めていくことになります。
      第7番,第8番の2曲を通して,これ以降の曲集の性格付けがされます。
      この性格付けを決定づけるためにも,ffの箇所は最大限激しく情熱的に演奏します。
  • 曲の終盤,29小節目にはpp(ピアニシモ)が書かれています。
    • ppは24曲の前奏曲集中に7回しか出てきません
      ppは前奏曲集の中では特別な指示になります。
    • 音数が多いため,音量を抑えるのが難しいです。
      • 右手装飾音はちょっと力が入ってしまうと,とたんに音量が大きくなってしまいます。
      • 右手1の指(親指)の旋律も,同じ音を何度も繰り返すので,気をつけないと音が大きくなってしまいます。
      • 左手伴奏音型は,手首に反時計まわりのモーメントが強く加わってしまうと,最低音が大きな音になってしまいます。
      • 指先から肩,背中まで,腕全体の脱力を意識しましょう。
      • 不必要に大きな音が出てしまうときは,手のひらが不必要に回転していないか確認しましょう
        手首からの回転力が指先に伝わってしまっている可能性があります。
        特に,左手が伴奏音型を演奏するときに,反時計まわりに手のひらが回転して低音部へ移動していないか確認を。
        手のひらと鍵盤が常に平行になるように,左手を低音部へ移動させると,左手の小指が大きな音を出すのを抑えることができます。
  • この曲は,ffもppも両方とも出てきます
    • ショパンはfffやpppは滅多に使いません。
      fffは前奏曲集中には2回しか出てきませんし,pppは一度も使われていません
    • 前奏曲集では,ffはほぼ最大音量,ppは音量が最小となります
      それぞれ,演奏者が演奏可能な最大,そして最小の音量を意識して演奏します。
    • しかし,前奏曲集にはfffが2回出てきますから,ffとはいえ,fffのための余力は残しておきましょう

34小節目のアルペッジョ

アルペッジョに長前打音がついています。
アルペッジョを弾いてから前打音を弾くのが正解です。

また,短前打音ではなく,長前打音です。
長前打音の音価を十分に長く保持しましょう

実際の演奏

当サイト管理人の演奏です。

※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-8のみ再生


◆24曲全曲再生リスト

本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。

ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)

ぜひ,お聴きください!

今回は以上です!

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