ショパンの装飾音01~ショパンの旋律の特徴~

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当サイトで用いる言葉の定義

これからシリーズでショパンの装飾音についてまとめていきますが,当サイトで用いる言葉の意味をはっきりさせておきたいと思います。

主音と装飾音

  • 短いトリルでは,最後の音を主音,以外の音を装飾音とします。
  • ターンでは,最初の音を主音,以外の音を装飾音とします。

「拍と同時」「先取り」

例えば短いトリルの演奏について,上の譜例のように,それぞれの奏法を「拍と同時」に奏する,「先取り」に奏する,というように表現します。

譜例のように,装飾音を「先取り」で演奏するということは,その装飾音が主音ではなく,その一つ前の音に属することになります。
そのため,「拍と同時」の装飾音と,「先取り」の装飾音とは,本質的に異なったものになります。

ショパンの旋律の特徴~上がってから下がる~

上がってから下がる旋律のゆれ

ショパンは数々の魅力的な旋律(メロディー)を生み出しました。

ショパンの旋律(主題)をよく聴いてみると,特に各旋律(主題)の始めに,ある特徴があることに気付きます。

以下,いくつかの譜例を示します。

ショパンは「上がってから,下がる」という旋律の動きを気に入って多用していることが分かります。

ショパンが使わなかった装飾音~モルデント~

ショパンは,一般的には”ロマン派”に分類されています。
しかし,ショパンはロマン主義の音楽家仲間たちの「音楽と文学・絵画との融合」という考え方を嫌っており,自分の作品が文学的,絵画的に解釈・表現されることを嫌っていました。標題的なタイトルをつけられることも嫌っていました。

ショパンの音楽は,ショパンが尊敬していたバッハ,そしてモーツァルトの系譜です。

ショパンの装飾音に注目すると,尊敬するバッハが多用していた装飾音,モルデントが見当たらないことに気付きます。

これは,旋律の好みと同じ様に,装飾音も,下がってから上がるモルデントではなく,上がってから下がる短いトリルを好んだのではないかと推測されます。

  • ショパンは上がってから下がるという旋律の動きを好んでいた。
  • ショパンはモルデントを使わなかった。

ショパンの作品にとって”装飾音”はメチャクチャ重要!

ショパンは他の作曲家と比べて,装飾音を多用した作曲家です。

同時代の作曲家,フランツ・リストも装飾音を多用しましたが,文字通り派手に,きらびやかに音を「装飾」するために装飾音を用いました。

しかし,ショパンにとって装飾音は「飾り」ではなく,本質的に重要なものです。
そしてショパンの装飾音の使い方は,バッハのそれに類似しています。

ショパンの装飾音には主に以下の3つの意義があります

  1. ピアノで”歌う”
  2. ゆるやかに段階的に次へ進む
  3. 自然なテンポの揺れ

ショパンの装飾音の意義その1 ~ピアノで”歌う”~

ピアノという楽器は本来,単調な音しか出すことができません。
その音は,人の歌声やヴァイオリン,クラリネットの奏でる音と本質的に違います。

《ピアノの音》

  • 一度音を出してしまったら,後は音量が徐々に下がっていくだけ。
    音を出した後に,音量を上げることは物理的に不可能です。
  • 音の高さを変えることができない。
    • ピアノはヴィブラートをかけることができません。
      ※音を出したあとでピアノ線を触っても,ピアノ線は非常に強い力で張られているため,指の力で引っ張ったり押したりしても,音の振動を止めてしまうだけで,ピッチ(周波数)を変えるほどの影響を与えることはできないです。
    • 同じ理由で「こぶし」をまわしたり,「しゃくり(ベンドアップ)」を入れたり,ロングトーン(そもそもロングトーンが無理)の最後に「フォール」させることもできません
    • ピアノは音の高さを段階的に推移させることもできません。
      ラプソディー・イン・ブルー冒頭のクラリネットのように,音の高さを段階的に徐々に推移させることはできません

《参考例》
You Tubeで見つけた動画を貼っておきます。



ショパンは弟子たちに「歌うような」演奏を求めました
弟子たちにはイタリアオペラを聴きに行くように言っています。

段階的にデジタルに音を出す楽器であるピアノは,本来ならば歌うように旋律を奏でることはできません。
そして,ショパンは理性的にそのことを正しく認識していました。

ショパンのピアノ演奏法は,実に現代的で科学的なものでした。

例えば,5本の指を同じように使うのではなく,力の強い指,弱い指の違いを認め,その違いを活かすような運指を考え出しています。

例えば,上の譜例をご覧ください。

サンド
サンド

エキエル版では,フレデリックのオリジナルの運指は太字で示されているから,とても便利なのよ。

4,5の指(薬指と小指)の弱さを認めた上で,その弱さを逆に利用して,4,5の指で鍵盤をすべらせるように弾くことが指定されています。
実際に楽譜通りの指遣いで演奏してみると,実に繊細で情緒豊かな旋律が奏でられます。

また,強弱記号の用い方も実に合理的で,ほとんど,pp(ピアニシモ)とp(ピアノ),f(フォルテ),ff(フォルテシモ)の4種類しか使わず,pppとfffはここぞという場面でしか使わず,mp(メゾピアノ)とmf(メゾフォルテ)は使いませんでした。
※多くのショパンの出版譜では,強弱記号が大幅に変更されてしまっているので要注意です。

これは,アルベニスが「イベリア」でfffff(fが5個,フォルテシシシシモ?)やppppp(pが5個,ピアニシシシシモ?)まで幅広く使っていたり,ラフマニノフがプレリュードOp.3-2でfffの中にsffff(スフォルツァティッシッシッシモ?)を書き込んだりしているのと対象的です。

実際,ppppp,pppp,ppp,pp,p,mp,mf,f,ff,fff,ffff,fffffの12段階を明確に(聴いている人間がそれと判別できるように)弾き分けるのは不可能です。

ショパンはpp,p,f,ffの4段階だけに絞って,4段階の音量差を明確に表現することを求めています。
これもまた,非常に現実的で科学的な姿勢です。
そして,ごく稀に書かれているショパンのfffは,他の作曲家のfffff以上に強烈な印象を与えるものとなります。

ショパンはピアノという楽器の特性(~ピアノは段階的に決められた周波数の音しか出すことができず,しかも音を出した瞬間から音量は単調に減少していくだけ~)を科学的に正しく認識していました。
その上で,”歌うような”旋律を合理的に生み出しています。

ショパンの遺した珠玉の旋律たちは,正しく楽譜通りに演奏されたとき,”歌うように”聴こえます

数々のノクターン,協奏曲の第2楽章,別れの曲,葬送行進曲の中間部,雨だれのプレリュード・・・ まるで天使の歌声のような旋律の数々。

それを可能にしているのが装飾音なのです。

例)ピアノソナタ第2番Op.35

ショパンのピアノソナタ第2番の第3楽章「葬送行進曲」の中間部です。

2拍にわたって長く持続するD♭が出てきます。
この部分を,人が歌ったり,ヴァイオリンで演奏しているところを想像してみましょう

いきなりD♭の周波数で「パーン!」と音を出すのではなく,ほんの少しだけ低いピッチ(周波数)から歌いだして,柔らかくかつ素早く周波数を徐々に上げて,D♭の周波数に至るように歌うのではないでしょうか(いわゆる”しゃくり”)。

また,旋律がD♭からB♭まで6度もの音域を(もしくはCからB♭まで7度の音域を)飛んでいく部分があります。

この旋律を,人が歌ったり,クラリネットで演奏しているところを想像してください。
B♭の音を,いきなりB♭の周波数で,鳴らすでしょうか。
それだと,まるで電子オルゴールのような機械的で無機質な旋律になってしまいます。

歌うことが可能な楽器(肉声やヴァイオリン,クラリネットなど)では,この部分でも先ほどと同じように,B♭よりもわずかに低いピッチからB♭に至るように演奏するのではないでしょうか(いわゆる”しゃくり”)

2拍にわたるロングトーンはトリルで表現できるとして,この”しゃくり”をピアノという楽器でどう表現したら良いのでしょうか。

それを可能にしているのが装飾音なのです(大事なコトだから2回目)。

ショパンは,ピアノでも疑似的に”歌うように”旋律を奏でることができるように,装飾音を上手に用いています
それは,次の譜例のように演奏されたときに,はじめて効果を発揮します。

◆正しい演奏法◆

この奏法が”歌うように”聴こえるのは何故なのでしょうか。どこがポイントなんでしょう。

次のように弾いてみると,より明らかになります。

◆間違った弾き方◆

先程の弾き方と比べて,明らかに機械的で,随分と投げやりで乱暴な演奏に聞こえます

旋律にあわせて,伴奏のテンポをゆらして調整すれば,旋律を歌わせることは可能ですが,伴奏のテンポが揺れてしまっては,そもそも音楽が自然に流れていきません

《ショパンのルバート》

テンポ・ルバートとは「盗まれた時間」という意味で,音符の長さを一部盗み取ることを指します。つまり,音の時間的長さを音符どうしでやり取りするだけなので,全体のテンポは変化しません

例えば,神童モーツァルトがソナタのアダージョを弾くとき,自由に揺れ動く右手のメロディーに引きずられることなく,その左手は拍子を正確に保って伴奏しました

ショパンは弟子たちに「左手の伴奏はいつでも正確なテンポを保持する様に」と言っています。

テンポ(リズム)は,メロディー(旋律),ハーモニー(和声)とともに,音楽の重要な要素の一つです。
メロディーを歌わせるためだからといって,テンポを狂わせてしまっては,音楽そのものが崩れます。

ショパン
ショパン

重要なポイントが明らかになりましたね。

《旋律を”歌うように”演奏するために》

旋律(メロディ)の装飾音は拍と同時に始める

そうすることで,揺るぎなく一定のテンポを維持しながら,”歌うように”旋律を奏でることができます。

ショパンの装飾音の意義その2 ~ゆるやかに段階的に次へ進む~

ショパンは,例えば,オクターブ上の音に飛び移るときなど,ほかの作曲家のように大胆に飛ぶのではなく,音のはしご,または階段に例えられるような装飾音を挟んで,段階的にゆるやかに移動することを好みました。

例1)ノクターンOp.48-2

◆正しい演奏法◆

まるで,木管楽器が奏でるメロディの上に,弦楽器が新たに加わってきたような効果が生まれます

また,途中の複前打音も,拍と同時に入れることで,まるで”こぶし”をまわすように,聴くものの心をグッと掴むような旋律になります

さらに,旋律が自由に歌われていながら,左手の伴奏は揺るぎなく一定のテンポが保たれます

◆間違った弾き方◆

この弾き方では,繊細でオシャレな雰囲気が台無しになっています。
やはり,旋律の前打音は拍の頭にそろえるのが正解です。

例2)バラード第3番Op.47

オクターブ以上の飛躍ですが,装飾音を拍の頭で開始することで,Nobleに昇っていくことができます。

 

ショパン
ショパン

重要なポイントが明らかになりましたね(2回目)。

《旋律を”歌うように”演奏するために》

旋律(メロディ)の装飾音は拍と同時に始める(2回目)

ショパンの装飾音の意義その3 ~自然なテンポの揺れ~

ショパンは,テンポ・ルバートとは別に,自然なテンポの揺れも重要視していました。

そして,多くの場面で,リタルダンドやアッチェレランド,ソステヌート,ア・テンポなどの指示は書き込まずに,装飾音によって自然にテンポの揺れが発生するように作曲しています。

例1)マズルカOp.7-1

センスのある演奏者なら,3小節目に少しだけテンポを伸ばすのは自然なことです。
ここにトリルが書き込まれていることで,演奏者は否応なしにテンポを落とすことになります。

例2)ノクターンOp.48-2

オクターブで旋律を情熱的に歌い上げる場面の少し前に,装飾音を配置することで「溜め」をつくり,より情熱的な部分を際立たせる効果が生まれています。

それはまるで,ダムにいちど水を溜め込んだあとで,一気に門を開くような,目覚ましい効果を上げています。

例3)バラード第1番Op.23

速度がゆるやかになる場面ではカデンツァが配置されることも多いです。

テンポを保つことを優先して,カデンツァを高速で引き飛ばしてしまうと,逆効果です。
カデンツァを慌てず急がず,歌うように奏することで,自然に音楽が流れていきます。

装飾音によって,音楽が自然に流れる

ショパンは,テンポがゆるやかになるところは,その時間を装飾音で埋め,加速して元の速さに戻すところは音符を少なくし,自然に,流れるようにテンポを変化させることに成功しています

このテンポの変化を経験した後では,リタルダンドやア・テンポなどの指示でテンポを変えることは,人為的で作為的な表現に感じられます。

ショパンの旋律の特徴~まとめ~

ショパンの作品の数ある魅力のうちの一つが,旋律の美しさです。
何故に,ショパンのメロディがこんなに魅力的なのか。
その秘密の一端に触れることができました。

  • 装飾音が重要!
    • 装飾音はただの飾りではない。
  • 旋律の装飾音は拍と同時に弾き始める!
    • 先取りして弾き始めてはならない。
  • 音符がたくさん配置されている場所は,自然な流れでテンポを遅くする!
    • テンポを一定にするためにカデンツァなどを高速で弾き飛ばしてしまっては逆効果。

今回は以上です!

次回からは,ショパンの装飾音の奏法を種類別にまとめていきます!

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