最終更新;2024.2.21 youtubeに 軍隊ポロネーズ イ長調 Op.40-1 の参考演奏動画を公開しました!

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

前奏曲

※他の曲の解説へのリンクや,作品全体の解説はこちらへ。

※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-18のみ再生


◆24曲全曲再生リスト

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 概要

恐ろしい音響世界

不協和音とユニゾンによる,即興的,狂乱の音響世界
聴くものを不安と恐怖に追い込む恐ろしい音楽です。
後半の転調が常軌を逸しており,正気の沙汰とは思えません

オペラのレチタディーヴォ的で,音楽というよりは,高次元の存在が未知の言語で自然の摂理の非情を叫んでいるようです。

ショパンが多くの主要作品で用いたヘ短調

ショパンが最も多くの作品で使った調は変イ長調でした。
その数は28曲,作品全体の実に11%を占めます。

ショパンが次に多く使用した調はハ長調(17曲)とイ短調(16曲)でしたが,生前に出版された作品は少なく小品ばかりでした。

ショパンがその次に多く使用した調は,前奏曲18番にも使われたヘ短調でした。
15曲がヘ短調で書かれており,そのうち13曲には作品番号がつけられた主要作品です。

ショパンは,

  • ピアノ協奏曲第2番Op.21
  • 幻想曲Op.49
  • バラード第4番Op.52

など,多くの大曲をヘ短調で書いています。

変イ長調に次いで,ショパンが愛した調だといえるでしょう。
変イ長調もヘ短調も調号は♭が4つ
ショパンは♭が4つの調号を愛したともいえるでしょう

ハノン39番より変イ長調とヘ短調
ハノン39番より変イ長調とヘ短調

fff

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

最後の2つの和音は,fff(フォルテッシッシモ)で打ち鳴らされます。
前奏曲集では,18曲目にしてfffが登場するのは初めてです。
前奏曲集にfffが登場するのは,第18番と最終曲第24番だけになります。

ショパンがめったに使わなかったfffを使用しています。
この曲への思い入れの強さが伝わってきます。

自筆譜を見ると,大譜表の上に書き込んだfffを消して,
大譜表の真ん中に改めてfffを書き込んでいる
ようです。

ショパンは楽譜の「どの場所に記譜するのか」にもこだわっていました。
おそらく,楽譜の「見た目」が演奏者に与える心理的作用を考えていたのだと思います。

8小節目の22連符や,12小節目の17連符の連桁れんこう(音符をつなげる横線)が2本になっているのも,17小節目の32分音符(連桁が3本)との対比による視覚的な心理作用も考えられているでしょう。

ショパンが,どういった意図でfffを記譜する場所を変えたのかは想像するしかありません。
しかし,この作品の最後に書き込んだfffへの強いこだわりが感じられます。

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 構成

ヘ短調 アレグロ・モルト,2分の2拍子

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

2分の2拍子

上の譜例はフランス初版で,4分の4拍子になっていますが,正しくは2分の2拍子です。
後述します。

Allegro molto

自筆譜を見ると,Presto con fuocoと書いたのを消して,Allegro molto に書き直されています
後述します。

4小節でひとかたまり

4小節でひとかたまりになっています。
形式ははっきりしませんが,A1A2BCコーダといった感じです。

まるで現代音楽のような恐ろしい音響世界ですが,
現代音楽のような難解さはなく
一度聴いただけで理解できる分かりやすい構成です。

息の長いcresc.

21小節の作品中,7小節目の後半から16小節目まで
ほぼ途切れることなく,ずっとcresc. – – – の指示となっています。

cresc.の至った先の17小節目にはffが,さらに20小節目にはfffが書かれています。

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 版による違い

1小節目

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調
拍子が違う

ショパンの自筆譜を見ると,明らかに2分の2拍子です(縦線が入っています)。

しかしフランス初版,イギリス初版,コルトー版では4分の4拍子になっています。
そのため,現在でも4分の4拍子になってしまっている楽譜がたくさん出版されています。

アクセント?ディミヌエンド?

1小節目の2拍目,ほとんどの出版譜にはディミヌエンドが印刷されています。
自筆譜を見ると,たしかにディミヌエンドが記譜されているように見えます。

しかし,自筆譜の2小節目,5小節目,6小節目の同じ音型のところをみると,
ショパンがいつも記譜している,横に長いアクセントであることがわかります。

同じ音型である1小節目だけディミヌエンドであるのはおかしいですから,
1小節目も,ディミヌエンドではなくアクセントであると考えられます。

解釈版にはmfやagitato

ミクリ版やコルトー版は原典版ではなく,校訂者の演奏解釈が反映されています。

ミクリ版では冒頭にmf(メゾフォルテ)が,コルトー版でもカッコ付きでmfが印刷されています。
これは,ショパンが冒頭に強弱記号を記譜していなかったことを知った上で,あえて,mfで演奏するべきだと解釈したものです。

当サイト管理人は,恐ろしい音響世界であるこの曲には,mfでは弱いと思います。
そもそも,ショパン自身は,mfはほとんど使いませんでした。
当サイト管理人は,f(フォルテ)で弾き始めます

また,コルトー版にはagitato(;興奮して,急き込んで)の指示が印刷されています。
コルトーの録音を聴くと,たしかにめちゃくちゃagitatoしています。

youtubeでみつけた動画を貼っておきます

これもひとつの解釈ですが,矮小な魔物がせわしくなく奇声をあげているようで,当サイト管理人はあまり好きではありません。

巨大な魔王が,異世界の言葉で空も大地も震わせているような,そんな凄みのある音響世界であるべきだと思います。
あまり慌てずに,堂々と演奏したい作品です。

8小節目

♭がない
ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

8小節目の最後から2番目の音ですが,自筆譜には♭がありません。
フランス初版とドイツ初版は自筆譜と同じで♭がありませんが,イギリス初版には♭があります。

イギリス初版が間違っているように思えますが,和声的には♭をつけるのが正解です。

エキエル版をはじめ,現在出版されている楽譜のほとんどは,♭をつけるように訂正されています。

二本線?三本線?

ドイツ版では連桁れんこう(音符をつなげる横線)が3本(32分音符)になっています。
連桁の違いは,心理的に演奏者に影響を与えてしまいます

ショパンが書き込んだのは2本線(16分音符)でした。

ペダルあり?なし?

他の作品と同じように,ショパンはこだわりを持ってペダル指示を記譜しています

8小節目はコルトー版のみペダル指示が印刷されています。
ショパンがペダル指示を書き込まなかった場所であることを認識したうえで
コルトー版のペダル指示を参考にするのは,演奏者にとって有意義だと思います。

12小節目,連桁が3本

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

12小節目でも,ドイツ初版は連桁が3本になっています。
これはたくさんの後世の出版譜にも受け継がれています。

そして,3本線の心理的影響を受けてしまった,
高速で弾き飛ばすような演奏が量産され続けています。

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 自筆譜を詳しく見てみよう!

全景

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

2ページにわたって書かれています。

冒頭,1小節目

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調
Allegro molto,2分の2拍子

速度指示が書き直されています。
はじめにはPresto con fuocoと書かれていたように見えます。

Presto con fuocoは消されているのですが,頭の大文字のPは上半分がそのまま残され,AllegroのAとして再利用されています。

拍子は明らかに2分の2拍子です(縦線がはっきり書き込まれています)。

ディミヌエンドではなくアクセント

1~2拍目にはクレッシェンド(<)が記譜されています。
3~4拍目には「>」が記譜されており,ディミヌエンドのように見えます。

しかし,2,5,6小節目を見ると,これはディミヌエンドではなく
ショパンがいつも記譜している,横に長いアクセントだとわかります。

塗りつぶした跡が多数

速度指示以外に,4箇所,塗りつぶして消された跡がのこっています。

はちょうど強弱記号が書かれていそうな場所ですが,
丁寧に塗りつぶされているため読み取れません。

は位置的にスタッカートが消されたように思えます。

はうっすらと「♭」が見えているように思えます。
不要な臨時記号(♭)を書いてしまって消したのではないかと思います。

は位置的にペダル指示を書き直したのではないかと思います。
右手の付点四分音符と一緒にペダルを踏むのか,
それとも左手の八分音符と一緒にペダルを踏むのか。
ペダルを踏むタイミングが八分音符の分ずれるだけなのですが,
このこだわりはショパンらしいです。

5,7小節目 天才の推敲跡

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

5小節目と7小節目を見ると,元々はこの部分も両手ユニゾンで演奏する予定だったようです。
実際,そのように演奏しても,特に違和感はありません。

両手ユニゾンの譜面ができあがったところで,作品を完成させてしまうのが普通でしょう。
両手ユニゾンのままでも,十分に作品は完成しています。

ところが,

  • このままでは,まだ完全ではない,もう一歩高い次元の理想の音楽があると「気づく」ことができる。
  • それが譜面上に具現されるまで,あきらめずに理想の音楽を探し続けることができる。

というショパンの天才が発揮されています。

おそらく何度も推敲したのち,8個の16音符のうち,5小節目では最初の2個だけ,7小節目では最後の2個だけをユニゾンで残すという最良の結果にだどり着いています。

一度,最終形の音楽を聴いてしまうと,元々のユニゾンのままの演奏は(悪い意味で)単純に聴こえてしまいます。

おそらく何度も推敲し,時間をかけてたどり着いたであろう,その音楽は,
その場のひらめきのような,天上の即興性を感じます。

ユニゾンのままの演奏の方が,時間をかけて創り込んだものに感じます。

もう一歩奥深く高い次元があることを感じ取り,そしてその消えてしまいそうな神からの啓示を逃すことなく,捉えるまで諦めずに追い求め続けることができる

そんなショパンの天才が感じられます。

こだわりのペダル指示

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

ショパンがペダルの指示を与えた場所を赤色で囲みました。

はじめの4回のペダル指示は,付点四分音符をペダルなしで弾いて,その音を確認してから内声部とバスの八分音符を弾くときにペダルを踏むように,注意深くペダル指示が記譜されています。

次の3回のペダル指示は,fz(フォルツァンド)を豊かに響かせるためのものです。

12小節目では,senza(ペダルを離す記号)が塗りつぶして消されています
このことにより,目覚ましいペダル効果が現れています。

12小節目の1拍目まで,十六分音符のユニゾンにはペダル指示がありませんでした。
8小節目のユニゾンによる22連符にもペダル指示がありません
12小節目のsenzaが消されたことで,12小節目のユニゾンにはじめてペダル効果が与えられることになります。

ショパンの指示通りペダルを使用すると,
12小節目のユニゾンに,目覚ましい音響効果が生まれます

14,16小節目 訂正した?そのまま?

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

14小節目と16小節目に,大きく書き直した跡がのこっています。
16小節目は,1小節まるごと消されて,書き直されています。

塗りつぶしたところが,うっすら見えていますが,とくに変更されているようには見えません。
単純に書き直しただけなのかもしれません。

20小節目fff(フォルテッシッシモ)

ショパン 前奏曲 Prelude Op.28-18 ヘ短調

ショパンがめったに書かないfffです。
前述しましたが,一度書いたfffを消して,改めてfffを書いています。

ffでさえ,ここぞというときにしか書き込まないショパンが書き込んだfffには,
凄まじい迫力があります。

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 演奏上の注意点

ショパンのペダル指示をないがしろにしない

ショパンの指示通りペダルを使用することで,目覚ましい音響効果があらわれます

前述しましたが,

  • 12小節目まではユニゾンにペダルを使用せず,
  • 12小節目の17連符でペダルを使用する

ことで,12小節目の17連符に目覚ましい音響効果があらわれます。

ペダルを使用しないといっても,ピアノの響きを豊かにするために,浅く軽くペダルを使用する必要はあるでしょう。

ショパンがペダル指示を書いた場所と,書いていない場所で,明らかな響きの違いをつくることがポイントです。

17小節目頭から18小節目の低音部のユニゾンによるトリルまで,ここもペダルをしっかりと踏みます。

ショパンの記譜どおり,ペダル指示を正確に印刷している出版譜はほとんどありません。
当サイト管理人が知る限りでは,エキエル版が唯一,ショパンのペダル指示を忠実に再現した楽譜です。

ユニゾンを高速で弾き飛ばさない

多少腕に覚えのあるピアニストなら,十六分音符のユニゾンとなると,高速に弾き飛ばして演奏技術を見せびらかしたいという気持ちになります。

第16番は,超絶技巧を表現することで,人ならざる大きな存在を感じさせました。
しかし第18番は違います。
第18番は,ゆったりと豊かに音を響かせることで,まるで魔の王が語りかけてくるような恐ろしい音響世界となります。

強弱記号なしで開始

作品の冒頭には強弱記号が書かれていません

7小節目から16小節目まで,息の長いクレッシェンドの指示があり,
17小節目にff(フォルテシモ),そして最後20小節目にfff(フォルテッシッシモ)が記譜されています。

前述した通り,ミクリ版やコルトー版にはmf(メゾフォルテ)が書かれているので,参考になるかもしれません。

当サイト管理人はf(フォルテ)で開始するのが良いと思います。

18小節目のトリル

18小節目のトリルは主音のFからはじめます

ショパンがどちらの音からトリルを始めるべきなのかを,前打音のような音符で示していない場合は,主音からでも補助音からでも,どちらから始めても問題ない場合が多いです。

しかし,ここでは,主音のFからはじめる以外の選択肢はありません。

ショパンが前打音のような音符でトリルの開始音を指定していないときは,補助音からはじめる,というのが定説です。
しかし,主音からはじめた方が良いことの方が多いです。

当サイト管理人は,ショパンの指定がない場合は,主音からトリルをはじめるべきだと思います。

ショパンがめったに書かなかったfff

最後にfffが登場します。
前奏曲集では,fffはこの場面と,最終曲第24番にしか書かれていません。

ffでさえ,ここぞというときにしか書き込まないショパンが,書き込んだfffです。
この2つの和音に持てる力の全てを注ぎ込みましょう。

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ショパン 前奏曲 Op.28-18 実際の演奏

当サイト管理人の演奏です。

※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-18のみ再生


◆24曲全曲再生リスト

本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。

ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)

ぜひ,お聴きください!

今回は以上です!

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