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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-6のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-6 概要
「彼の天才は自然の不思議な和音に満ちていましたが、それらの和音は、彼の楽想のなかにあるそれと等価値の崇高なもので置き換えられたものであり、外部の音の単なる模倣の繰り返しではありませんでした。その夜の作曲は雨滴れの音に溢れたものでしたが、その音は僧院の屋根に音をたてて落ちた雨だれであっても、彼の幻想と歌の中に、心の上に空から落ちる涙によって置き換えられた雨だれだったのです。」
~ジョルジュ・サンドの回想より~ |
Op.28-4ホ短調と対をなす,珠玉の名曲
爽やかなOp.28-5ニ長調を挟んで,静かに情緒あふれる旋律を歌いあげる短調の曲が,Op.28-4ホ短調,Op.28-6ロ短調と続きます。
- Op.28-4ホ短調
- 左手伴奏,右手メロディー
- 右手旋律が極限まで単純化されている
- Op.28-6ロ短調
- 左手メロディ,右手伴奏
- 右手伴奏が極限まで単純化されている
というように,2曲は対になっています。
2曲ともショパンの葬儀ではオルガンで演奏されました。
両曲とも,単独で演奏される機会も多い珠玉の名曲です。
Op.28-4やOp.28-5の解説記事にも書きましたが,間に挟まれたOp.28-5ニ長調が丁度よい口直しとなり,思う存分Op.28-4,Op.28-6の世界に溺れることができます。
第4,5,6番の3曲はいずれも「B音(シの音)」から曲が始まっていて,
統一感が高められています。
前奏曲集の第一幕が終幕
第1番ハ長調から「奇数番目は長調の速い曲,偶数番目は短調の遅い曲」という流れが続いていました。
この流れが第6番で終了します。
第7番以降は「奇数番目は儚くも美しい長調の曲,偶数番目は悲劇的な短調の曲」という流れに変わります。
そして,長調の曲の儚さや美しさ,短調の曲の激しさや悲劇的色合いは,曲集を進むにつれて強まっていくことになります。
豊かに歌い上げられる旋律
第4番では,メロディが極限まで簡素化されていました。
第6番では左手で,まるでチェロのようにメロディが豊かに歌い上げられます。
ショパンが生み出した数多くの美しい旋律の中の一つです。
極限まで簡素化された伴奏
伴奏は第4番よりも,さらに簡素化されています。
なんと,その伴奏は単音を等間隔に鳴らすだけ。
究極にまで単純化された,ミニマリズムの境地があらわれています。
単音を連打するだけと言っても,
タン,タン,タン,タン,タン,タン,・・・と単純に連打するのではんなく,
ターン・タン,ターン・タン,ターン・タン,・・・と抑揚がつけられています。
これこそが,僧院の屋根に落ちる雨だれの音だと感じずにはいられません。
この雨だれの音型は最初から最後まで鳴り続けます。
強弱記号は最後のpp(ピアニシモ)のみ
曲はsotto voce(;ささやくように音量を抑えて)の指示ではじまります。
途中,強弱記号は最後の最後までいっさい書かれていません。
そして最後に書き込まれた唯一の強弱記号はpp(ピアニシモ)。
ショパンは前奏曲集の中でppを7回しか使っていません。
前奏曲集の中でのppは特別な指示になります。
この曲は終始,静寂の中にあります。
凛として静かに奏でられ続ける雨だれの音。
ここには”侘び寂び”の心があります。
果たして,彼の不安は激しいものであったが,凍りついてしまったように,絶望の果ての落ち着きのなかにあった。 そして,涙を流しながら,美しいプレリュードを弾いていた。 ~ジョルジュ・サンドの回想より~ |
Op.28-4には,諦めきれない,かすかな希望と,絶望への抵抗があらわれていました。
そして,最後には悔いや怨みつらみのない,純粋に美しい諦めの境地に至りました。
Op.28-6には,初めから終わりまで静寂しかありません。
気力,精神力,感情の高ぶりなどは一切感じられません。
閑寂な心で,平静さを保って世の無常を受け入れているような,凛とした美しさがあります。
《ショパンがレッスンで書き遺した強弱記号》
これら,生徒の楽譜への書き込みも,エキエル版では( )付きで印刷されています。 |
ショパン 前奏曲 Op.28-6 構成
- ロ短調
- Lento assai;きわめて遅く
- 4分の3拍子
- sotto voce;ささやくように音量を抑えて
起承転結のわかりやすい構成です。
気高い芸術作品でありながら,難解ではなくてわかりやすい。
ショパンの魅力の一つです。
- 「起」の1~2小節目と,「承」の1~2小節目はほとんど同じです。
- 続く「起」の3~4小節目と,「承」の3~4小節目は,同じ音型ですが転調されています。
- 「起」はその後4小節続きます。
最後の2小節は美しい二重唱になっています。 - 「起」は全部で8小節ですが,「承」は全部で6小節だけ。
ハ長調のアルペッジョが2回繰り返されて終わります。 - 「転」は,ほぼ同じ4小節を2回繰り返します。
1回目の終わりにsostenuto(;音符の長さを十分に保って、テンポを少し遅く)の指示。
Lento assaiで始まったこの曲ですが,ここでさらにsostenutoの指示です。 - 「結」では冒頭の旋律がもう一度繰り返され,ppで終わります。
ppは前奏曲集中に7回しか使われていない特別な指示です。
sotto voceで始まったこの作品ですが,最後はさらにppの指示で静寂の中終わります。
ショパン 前奏曲 Op.28-6 版による違い
各版ともほとんど違いがありません。
しかし各初版とも重大なミスがあります。
12~14小節目 C音のナチュラル記号
6箇所,C音(ドの音)に♮(ナチュラル)が必要です。
- 自筆譜ではナチュラルが全て省略?書き忘れ?ています。
- フォンタナがそのまま写譜して送ったためドイツ初版は間違えたままになっています。
- フランス初版の校訂の際に修正が入ったため,フランス初版とイギリス初版は正しくナチュラルが書き込まれています。
19小節目 各初版すべて間違い
19小節目の2拍目の音が,各初版すべて間違えています。
(F#がGになっています。)
そして,現在書店で売られている多くの楽譜で同じ間違いが訂正されないまま販売されています。(F#がGになっている楽譜ばかりです。)
やはりエキエル版は安心して使えますね。
ショパン 前奏曲 Op.28-6 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
きれいに5段1ページに収められています。
訂正の跡が少ないです。
冒頭
- ローマ数字のⅥ
- 4分の3拍子,ロ短調
- sotto voce(?)の指示
- 何かを消してからLento assaiと書き直しています。
もともと何が書き込まれていたのか気になります。
Adagio? Largo? - ターン・タン,ターン・タン,・・・のアーティキュレーションが丁寧に書き込まれています。
- 冒頭からしばらくのあいだ,ペダルの指示がありません。
ショパンはペダルの指示も熟慮の上書き込んでいます。
ペダル指示が「ない」ということは,暗にペダルを使用しないことを指示しています。
”ターン・タン”のアーティキュレーション
ターン・タン,ターン・タン,のアーティキュレーションですが,冒頭1小節目と,22小節目の3拍目いがいは丁寧に塗りつぶして消されています。
ショパンが消したからといって,塗りつぶして消された箇所を,アーティキュレーションなしに平坦に演奏すると,明らかにおかしいです。
冒頭の1小節目に指示された弾き方を2小節目以降にも反映させるのは,慣例的な常識です。
22小節目3拍目の”ターン・タン”をより目立たせて際立たせるために,あえてここだけアーティキュレーションを残して,他は消してしまったのではないかと思います。
6小節目 訂正の跡
13~14小節目 ペダルの指示
曲の半ばで,はじめてペダルの指示が書き込まれています。
クレッシェンドの指示もあります。
15小節目 左手ディミヌエンドが消されている
15小節目の左手,書き込まれていたディミヌエンドが塗りつぶして消されています。
後に,ジェーン・スターリングの楽譜にはショパンがクレッシェンドを書きこんできます。
16~17小節目 右手伴奏が大幅に修正されている
2小節にわたって,右手伴奏が大幅に修正されています。
丁寧に塗りつぶして消されているため,元がどうだったのか読み取れません。
気になります・・・
22小節目~最後
最後の最後に,2回目のペダル指示があります。
そしてペダルを離す記号は書き込まれていません。
最後の小節に,曲中唯一の強弱記号pp(ピアニシモ)が書き込まれています。
ppは前奏曲集の中に7回しか出てこない,特別な指示です。
Op.28-4の最後に出てきたppが,曲集での初登場で,
Op.28-6の最後に出てくる,このppは曲集で2回目の登場となります。
ショパン 前奏曲 Op.28-6 演奏上の注意点
ピアノ初心者におすすめ!
技術的には演奏が容易な曲です。
ピアノ初心者にも十分演奏可能です。
それでいて,趣深く情緒あふれる珠玉の名曲です。
Op.28-4とともに,ショパンへの入門として,まずは気軽に楽しんで弾いていただきたい曲です。
しかし,Op.28-4とともに,演奏者の技量が如実にわかってしまう恐ろしい曲でもあります。
ターン・タン,のアーティキュレーション
1小節目にショパンが指示している右手伴奏のアーティキュレーションは重要です。
自筆譜では2小節目以降,ショパンはこのアーティキュレーションを消していますが,曲全体で適用されるべきです。
ショパンは22小節目の3拍目のみアーティキュレーションの指示を残して,他はすべてわざわざ消しています。
22小節目のA♮音はより一層際立たせるように演奏します。
ターン・タン,・・・の雨音は一定のテンポで
僧院の雨音を想起させる「ターン・タン,・・・」の伴奏がずっと続きます。
ショパンは自然の音を音楽で表現しようとしたわけではありません。
しかし,ジョルジュ・サンドの回想に書かれているように,この単音の連打は,僧院の雨だれの音がショパンの無意識に影響を与えて書かせたものです。
連続する単音の連打は,自然の摂理が生み出したものであって,人の力でゆるがされるものではありません。
この単音の連打が,演奏者の感情や気分でゆるがされるようなことがあってはなりません。
そして,この単音の連打は伴奏にあたります。
ショパンがレッスンで生徒に求めたテンポ・ルバートは,旋律が歌うように自由に揺れ動いたとしても,伴奏は拍子を正確にテンポを保持することでした。
左手のチェロのような旋律は豊かに歌い上げることになります。
左手の旋律に引きづられて,伴奏のテンポが揺れてしまわないように気をつけましょう。
基本的にはペダル「なし」で演奏
13~14小節目と,23小節目以降以外はペダルの指示がありません。
ダンパーペダルなしでの演奏が基本になります。
左手旋律に豊かな響きを与えるためにはペダルは必要です。
音の多い伴奏が高い音域にあるため,ペダルを踏んでも音は濁りにくいです。
ペダルを踏みすぎると,右手伴奏の「ターン・タン,ターン・タン」のアーティキュレーションが平坦になってしまいます。
左手旋律が豊かに響くように,でも右手伴奏のアーティキュレーションが消えてしまわないように,よく耳を澄ませてペダルを使用しましょう。
ショパンがペダルの指示を書き込んでいる13~14小節目と,23小節目以降は,それとわかるぐらい,少し深くペダルを踏みこみます。
23小節目以降はペダルを踏みっぱなし
ショパンの作品によくあることですが,最後はペダルを踏みっぱなしで終わります。
しかし現代のピアノでは音が濁ってしまいます。
ペダルは奥まで踏み込まず,でも23小節目1拍目の低音部B音(シの音)がずっと長く響いているように,上手に踏み込み具合を調節してください。
特にC#音(ドのシャープの音)が濁りやすいので注意が必要です。
シフトペダルの使用
sotto voceではじまり,曲の最後にはpp(ピアニシモ)で終わります。
この曲は終始,静寂の中にあります。
ppは前奏曲集中でたったの7回しか使われていない特別な指示です。
第6番のppは第4番最終部分のppに続いて,曲集中で2回目の登場となります。
ウナコーダの指示はありませんが,冒頭からシフトペダル(ソフトペダル,左ペダル)を使用して良いと思います。
冒頭からシフトペダルを軽く踏んで演奏しましょう。
ジェーン・スターリングの楽譜にショパンがf(フォルテ)を書き込んだ箇所
- 13小節目,左手ハ長調の上昇アルペッジョの1回目
- 16小節目,後半,左手が同じ旋律を繰り返すところの1回目
は,シフトペダルを極限まで浅くするか,離してしまいます。
最終部分,ppのところではシフトペダルを思い切り奥まで踏みこんでしまって構いません。
7小節目 前打音
7小節目に,前打音が左手に1箇所,右手にも1箇所書かれています。
前打音はすべて拍と同時に弾き始めます。
右手の前打音は和音につけらています。
和音につけられた前打音は,カミーユ・デュボワの楽譜にショパンが書き込んだように,アルペッジョをつけて演奏することもできます。
アルペッジョに前打音がついている場合は,アルペッジョを弾いてから前打音を弾きます。
実際の奏法は上の譜例を参考にしてください。
ショパン 前奏曲 Op.28-6 実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-6のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!