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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-3のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-3 構成
ト長調 Vivace(ヴィヴァーチェ,活き活きと速く),2分の2拍子
ショパンには珍しいト長調の作品
ショパンのト長調の曲は少なく,生前出版された作品では,Op.28-3の前奏曲と,ノクターンOp.37-2,マズルカOp.50-1の3曲だけです。
ショパンがあまり使わなかったト長調ですが,この曲はとても魅力的です。
バッハの平均律第1巻が想起されますね。
“24の調全てを使った曲集”という企画がなければ誕生していなかったかもしれないと思うと,今こうしてこの曲を聴くことができて本当に良かったと思います。
起承転結の分かりやすい構成
前奏(2小節)-起(8小節)-経過句(1小節)-承(8小節)-転(8小節)-結(6小節)の全33小節。
第1番ハ長調に続き,第3番も分かりやすい起承転結の構成です。
崇高で,かつ,分かりやすい。
ショパンの作品の魅力の一つです。
第2番との対比が見事
リズム,メロディ,ハーモニーの3要素全てがあいまいで,おどろおどろしいグロテスクな第2番が終わります。
何だったんだ,この曲は?この後どうなってしまうんだ?と戸惑っている中,第3番の軽やかな伴奏音型が気持ちよく始まります。
第2番で感じていた重苦しさや息苦しさがパーっと晴れ渡るようで,対比が鮮やかです。
軽やかな伴奏にのって,青空を自由に飛翔するような旋律が爽快です。
ウキウキと心はずむようで,居ても立っても居られないほどの喜びに満ちています。
後半,一転して落ち着いた雰囲気に
16小節目,上の譜例では「承」の後半,B2のあたり,フランス初版ではちょうど2ページ目から雰囲気が落ち着いていきます。
前半はリズミカルに空へ駆け上がっていくような,上下の動きの大きい旋律でしたが,後半は旋律の大きな動きがなくなり,少しずつ音域が下がっていきます。
そして低い音域で主調のト長調に解決し,気分が完全に落ち着いた状態でコーダへ入ります。
高鳴る感情が穏やかに落ち着いていくのは,第4番への繋がりを考えても重要です。
陰鬱とした第2番から,心浮き立つような第3番の前半,そして気分の高揚が落ち着きを取り戻す第3番の後半,と,感情の起伏がジェットコースターのようです。
軽やかで小気味良いオクターブユニゾン
28小節目,上の譜例では「結」のところから,玉をコロコロ転がすようなオクターブユニゾンが4小節続きます。
ただのオクターブユニゾンではなく,最初の1音だけ10度の音程になっていて,ト長調が気持ちよく響きます。
最後は静かにト長調の和音を2回鳴らして第3曲は終わります。
そして,この後は第4番,第6番と,しっとりと情緒あふれる珠玉の名曲が続きます。
ショパン 前奏曲 Op.28-3 版による違い
7-8小節目
右手旋律のアルペッジョがついている箇所が,イギリス初版だけ違います。
これは間違いでしょう。
17小節目
ドイツ初版のみ,右手旋律のリズムが違います。
これは間違えでしょう。
31小節目
最後,ユニゾンで駆け上がる場面です。
自筆譜にはうっすらとDim.の表記が見えます(・・・多分)。
ドイツ版のみ,間違えてcres.の指示となっています。
高音域へ駆け上がっていく場面ではクレッシェンドするのが通常ですが,静かで叙情的な第4曲への接続のため,ディミヌエンドでしだいに静かになっていくのが正解です。
その他
- 2分の2拍子が正解なのですが,現在出版されている楽譜には4分の4拍子になっているものもたくさんあります。
- 22-23小節目の和音にタイがつけられてしまっている場合も多いです。
これは,ミクリやコルトーなど権威ある校訂者が勝手な判断でタイをつけてしまっているため,その後の時代に出版された楽譜にも大きな影響を与えてしまっています。
ショパン 前奏曲 Op.28-3 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
1ページ目には20小節目までで,2ページ目の上半分までがOp.28-3です。
2ページ目の下半分には,Op.28-4が隙間なく詰め込まれるように書かれているのが見えます。
冒頭
- ローマ数字で「Ⅲ」
- Vivace;活き活きと速く
- leggieramente=leggiero;軽く優美に
- 2分の2拍子
- 左手伴奏のところに「p(ピアノ)」
- ペダルの指示はなし
- 3拍目は,何か別の音を書き込んだ後,塗りつぶして,「D音(レの音)」に訂正されています。
3小節目
- 1拍目はニ分音符から付点四分音符に書き変えられたようです。
- 3小節目最後の音も,8分音符から16分音符に書き変えられたようです。
このように,Op.28-3も,たった1分ほどの曲ですが,ショパンが推敲を重ねていた様子が分かります。
そこかしこに訂正の跡が
8,10-11小節目
左手の伴奏が,小節まるごと消されて,書き直されています。
当初は左手伴奏が1オクターブ上を弾くようになっていたようですね。
17小節目
1拍目に訂正の跡。丁寧に塗りつぶされているため,元々がどうだったのか読み取れません。気になります・・・
21,23,25小節目
左手伴奏が細かく書き直されています。
細部にこだわって納得いくまで推敲を重ねるショパンの天才が垣間見えます。
28小節目
- 左手には冒頭にleggieramenteの指示がありましたが,ここで右手にもleggiero(=leggieramente;軽く優美に)の指示です。
- 改めて「p(ピアノ)」の指示
31小節目~
- 微かにですが,Dim.らしき指示が見えます。
- 右手を先に書いたあとで,左手にト音記号を書き込むために,塗りつぶして余白を作って,改めて右にずらして書き直したようです。
- 一オクターブ上を演奏する指示(8- – – – )の後,最後の2つのアルペッジョの和音には元の高さで弾くように指示が書き込んであります。
ショパン 前奏曲 Op.28-3 演奏上の注意点
leggieramente=leggiero 軽く優美に
leggieramenteはleggieroのより強い表現なのかと思ってしまいますが,leggieramenteとleggieroはほぼ同じ意味なのだそうです。
leggieroはショパンが好んで用いた発想記号の一つです。
左手の伴奏へ向けた指示だと思ってよいでしょう。
決してレガートにはならないように,一つひとつの音の粒を際立たせるように演奏します。
Vivaceで16音符ですから,かなりの速さで演奏することが求められます。しかも左手です。
コロコロと転がるような,整った音で演奏できるように練習しましょう。
ペダルの指示がない
ショパンはペダルの指示を一切書き込んでいません。
ショパンがペダルの指示を書き込んでいないのは,暗にペダルなしで演奏することが指示されています。
まったくペダルを使用せずに演奏すると,音が貧弱になってしまいます。
浅く,ほんの軽くだけペダルを使用して豊かに音が響くようにします。
ダンパーペダルの影響は低音部の方が出やすいため,ペダルを必要以上に踏んでしまうと,左手伴奏の音が混ざってしまったり,レガートに聞こえてしまったりします。
左手伴奏がleggieroで演奏されていることを常に耳で確認しながらペダルを使用しましょう。
右手が広い音域のアルペッジョを弾く場面では,手の小さい演奏者はペダルが必要になると思います。
左手伴奏に大きな影響が出てしまわないように,慎重にペダルを使用してください。
右手アルペッジョ
ショパンの右手(旋律)のアルペッジョは,拍と同時に弾きはじめるのが正解です。
先取りして弾いてしまうと,アルペッジョのところだけ,不自然に音楽が停滞してしまいます。
拍と同時に弾き始めることで,左手伴奏のテンポが一定に保たれたまま,右手旋律には綺麗にルバートがかかります。
右手のアルペッジョは,10,18,24小節目にも出てきますので,同様に,拍と同時に弾きはじめましょう。
17小節目の複前打音(短いトリル)
17小節目の複前打音(短いトリル)は,拍と同時に弾くのは技術的に難しいため,先取りで演奏するしかありません。
31小節目
31小節目にはディミヌエンドの指示があります。
自然な演奏が体得できている上級の演奏者は,意識しないとクレッシェンドしてしまうと思います。
ディミヌエンドは次のOp.28-4につなぐために必要な表現なので,クレッシェンドしないように注意しましょう。
32-33小節目
ショパンの両手によるアルペッジョは,
- 最低音(左手の5の指(小指)が鳴らす音)を最初に鳴らす
- 基本的には下の音から上の音へ順番に音を鳴らす
- 左手の上部の音(左手の1,2,3,の指で鳴らす音)と右手の下部の音(右手の1,2,3の指で鳴らす音)を同時に鳴らすことで,和音がきれいに響く場合はそのようにする。
これが基本です。
Op.28-3の最後の部分では,譜例のように弾くのがベストだと思います。
ショパン 前奏曲 Op.28-3 実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-3のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!