※他の曲の解説へのリンクや,作品全体の解説はこちらへ。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-22のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-22 概要
地獄の業火に焼かれる,阿鼻叫喚の音楽
偶数番目の短調の曲も,残すところあと2曲となりました。
第8番から短調の曲の悲劇的な様相が激しさを増してきていますが,いよいよ極まってきました。
低音部旋律は執拗なまでにオクターブのみ。
高音部の和音伴奏も強烈です。
中間部には強引に変ニ長調に転調されます。
もはや正気とは思えません。
阿鼻叫喚,業火に焼かれるような,地獄の音楽です。
ショパンが多用したト短調
ト短調はショパンが比較的多用していた調で,12曲の作品がのこっています。
ショパンのト短調の作品には,バラード第1番Op.23やチェロ・ソナタOp.65などの大作の他,
ショパンが7才のときに初めて作曲したポロネーズもト短調でした。
ショパン 前奏曲 Op.28-22 構成
分かりやすい形式
ト短調 モルト・アジタート,8分の6拍子。
A(ト短調)─B(変ニ長調)─経過句─A’(ト短調)─コーダ
三部形式,または二部形式の単純で分かりやすい構成です。
ト短調の主部Aと,変ニ長調の中間部Bは,これまた起承転結の分かりやすい構成になっています。
冒頭にf;フォルテ,主部Aの終わりに無茶な転調とともにクレッシェンド,そして中間部Bでff;フォルテシモとなります。
再現部A’から息の長いクレッシェンドの指示があり,コーダにもff;フォルテシモの記譜があります。
Molto agitato さらにpiu animato
冒頭に,Molto agitatoの指示が記譜されています。
- Molto;非常に
- agitato;激して,興奮して,せき込んで
極めて切迫した感じを表現します。
agitatoは,stringendoやaccelerandoのように加速する指示ではありません。
むしろ,急ぎたいけど急ぐことができない,その切迫した焦りこそがagitatoです。
低音オクターブによる大音量の旋律と,分厚い和音による激しいリズムの伴奏音型は,演奏者を興奮させ,気持ちを昂ぶらせ,ともするとテンポが加速してしまいそうになります。
昂ぶった感情のなか,なんとか理性でテンポを保っている状態が続きます。
そして,中間部Bの終わりごろ,30小節目にpiu animato;もっと勢いよく速くの指示が書き込まれています。
理性というタガが外れて,抑えていたものが爆発して溢れ出す瞬間です。
まるで,ダムが崩壊,堤防が決壊し,抑えていたものが堰を切って溢れ出すようです
ト短調から変ニ長調への転調!
この作品はト短調なのですが,強引に転調され,およそト短調とは関係のない,変ニ長調に転調されます。
関係の浅い,遠く離れた調まで,たったの4小節で一気に転調させており,
正気の沙汰とは思えません。
何かが壊れてしまっているような恐怖があります。
ショパン 前奏曲 Op.28-22 版による違い
省略記号のfをフォルテと勘違い
ショパンは,17~24小節目にaからhまでの記号を書き込み,25~32小節目までは,記号を書くだけで記譜を省略しています。
ドイツ初版では,なんとこの省略記号のfを,フォルテだと勘違いしてしまうという,
冗談のような間違いが発生しています。
ドイツ初版には,22小節目と30小節目にフォルテが印刷されていますが,明らかな間違いです。
さらには,現在出版されている楽譜では,このドイツ初版の間違いが受け継がれているものもたくさんあります。
22小節目と30小節目にフォルテが印刷されているものや,
何故か1小節ずれて,23小節目と31小節目にフォルテが印刷されているものもあります。
ショパンの出版譜を購入するときには,本当に注意する必要があります。
ショパンの作品にあまり詳しくない方こそ,エキエル版を使うべきだと思います。
右手伴奏音型のタイ
右手伴奏音型ですが,自筆譜をみると,1~3小節目では内声がタイでつながれていますが,35~38小節目ではタイがなくなっています。
これはショパンが意図的に記譜したものです。
内声がタイでつながれている場合,2拍目の和音は,実際にはオクターブの2音だけが鳴らされることになります。
タイがない場合は,内声部も再び鳴らされるため,分厚い和音が鳴らされることになります。
A→B→A’の構成で,再現部A’に,主部Aと比べて,明確な音圧が与えられます。
コーダへ向けてクレッシェンドしていく際に,音の厚みが増し,音楽に圧倒的な迫力を与えます。
この作品の音楽表現において,タイのある・なしは重要です。
イギリス初版では再現部でも主部とまったく同じようにタイで内声をつないでしまっています。
そして,ミクリ版やコルトー版など権威ある出版譜など,後世に出版された多くの楽譜でも同様に,
再現部でも内声をタイでつないでしまっています。
ドイツ初版だけは異質で,主部も再現部も両方ともタイが書かれていません。
最後の和音
最後の和音ですが,エキエル版では,ショパンの記譜が忠実に再現されています。
ショパンの記譜を見ただけでは奏法がはっきりしません。
右手についているスラーを縦に書いたような記号(上の譜例の①)は,ショパンがよく用いた記譜法で,アルペッジョの指示になります。
左手についている記号(上の譜例の②)は,アルペッジョなのか,スラーなのか,判別ができません。
フランス初版とイギリス初版では,②のスラーがなく,前打音も4分音符になっています。
ドイツ初版やミクリ版,コルトー版は,①も②もアルペッジョと解釈しています。
いずれにせよ,エキエル版以外は出版者が解釈した演奏法が印刷されており,
これでは原典版とはいえません。
エキエル版こそ,真に原典版だと言えます。
自筆譜やエキエル版により,ショパンの記譜が正しく確認できます。
しかし,奏法ははっきりしません。
最後の和音の奏法については後述します。
ショパン 前奏曲 Op.28-22 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
1分に満たない小品です。1ページに収められています。
中間部の17~24小節目にはaからhまでの記号が書き込まれ,25~32小節目までは,記号を書くだけで記譜が省略されています。
前奏曲集の他の作品と比べて,訂正箇所が少なく,迷いなく書かれています。
おそらく,ほぼ完成した下書きから清書したのではないかと思います。
冒頭
発想記号や拍子など,訂正の跡がなく,迷いなく書かれています。
右手伴奏音型の内声はタイでつながれています。
左手オクターブの旋律にはスラーが丁寧に書き込まれてアーティキュレーションがつけられています。
6~8小節目,繰り返し記号と音価の間違い
7小節目は繰り返し記号(%のような記号)だけで省略されています。
8小節目の右手ですが,8分音符でなければならないところを4分音符にしてしまっています。
珍しいですが,ショパンのミスでしょう。
裏から滲み込んだインク
9小節目から12小節目にかけて,塗りつぶしたような跡が見えますが,
これは,裏に書かれた第21番3ページ目のインクが濃く滲み出てきたものです。
12~14小節目,訂正の跡
12~13小節目の右手伴奏は,塗りつぶされて,上の余白段に書き直されています。
16小節目,無茶な転調
訂正箇所の少ない第22番は,ほぼ完成した下書きからの清書だと思われます。
ト短調から変ニ長調への転調という,無茶な転調の場面では,
最後の迷いと推敲の跡がのこっています。
30小節目にpiu animato
中間部の17~24小節目にはaからhまでの記号が書き込まれ,25~32小節目までは,記号を書くだけで記譜が省略されています。
そして,30小節目にはpiu animatoが追加で記譜されています。
piu animatoの書き込みの前に,何かを書いて消した跡が遺っています。
何と書かれていたのでしょう? 気になりますね。
37小節目を書き忘れた?
37小節目は,36小節目とまったく同じ,繰り返しになります。
その37小節目は後から挿入されています。
第22番は訂正箇所が少なく,迷いなく書かれていることから,
別の下書きからの清書だと思われます。
清書していくなかで,36小節目とまったく同じ37小節目を書き忘れて,
後で気づいて書き足したのだと思います。
まるでフォンタナがよくやってしまうような,ケアレスミスですね。
まるごと書き直されたコーダ
コーダは一度丁寧に塗りつぶされてから,書き直されています。
コーダは最後まで推敲を重ねていたようですね。
ショパン 前奏曲 Op.28-22 演奏上の注意点
Molto agitato そしてpiu animato
冒頭にMolto agitatoの指示があります。
極めて切迫した感じを表現します。
accelerandoのように速度を加速する指示ではありません。
30小節目に,piu animato;もっと勢いよく速く の指示があります。
大音量と激しいリズムの連続で,演奏者は気持ちが昂ぶり,意識しなければテンポが速くなってしまいます。
速く弾きたい気持ちをぐっとこらえて,なんとかテンポを保って演奏することで,
Molto agitatoは表現されます。
30小節目のpiu animatoの指示はまるで,ダムが崩壊,堤防が決壊し,抑えていたものが堰を切って溢れ出すようです。
ここを理性をなくして,感情のまま,思い切り加速させましょう。
冒頭からあまり速く弾いてしまうと,piu animatoを明確に表現することができなくなります。
冒頭からは,速く弾きたい気持ちをぐっと抑えて,30小節目のpiu animatoで,抑えていたものを解き放ちましょう。
右手伴奏のタイ
右手伴奏の音型に,タイがあったり,なかったりします。
ショパンの指示を蔑ろにしてはいけません。
音量や,音の厚みなどが最適な響きとなるように考えて作曲されています。
特に,内声がタイでつながれている主部と,タイのない再現部との対比は重要です。
低音部オクターブの旋律を歌うように演奏しよう
主部と再現部の,左手低音部の旋律にはスラーが書かれています。
スラーによってアーティキュレーションがつけられていますから,
左手のオクターブの連続が,メロディであることは明らかです。
叩きつけるように乱暴に弾くのではなく,チェロやコントラバスで低音域の旋律を奏でるように朗々と歌うように演奏しなければなりません。
後述しますが,ペダルの指示はありませんから,ペダルの使用は最小限に,なるべく手指だけでショパンのアーティキュレーションの指示を表現しましょう。
中間部ではスラーがなくなります。
同時に,ff;フォルテシモの指示もあり,ペダルの指示もあります。
左手は歌うような旋律ではなく,阿鼻叫喚の音響世界へと変貌します。
ト短調から,まさかの変ニ長調への転調という,狂気の世界です。
ペダルを踏み込む深さの変化
上の譜例に,ショパンがペダル指示を書いていない箇所を赤色で示しました。
主部と再現部にはペダルの指示がなく,中間部にはペダルの指示があります。
ペダルによる音響の違いを明確に表現しなければなりません。
ペダル指示がない箇所も,ピアノの音を豊かにするために,
軽くペダルを踏みます。
しかし,ペダル指示がある場所との響きの違いは明確でなければなりません。
最後の和音
最後の和音ですが,エキエル版ではショパンの記譜が忠実に再現されています。
スラーが縦になったような記譜(上の譜例の①)は,ショパンがよく用いた記譜法で,
アルペッジョの指示になります。
問題は下のスラーのような記譜(上の譜例の②)です。
前打音と主音をつないでいるスラーなのか,アルペッジョなのか,判断できません。
ショパンの記譜は,自筆譜やエキエル版によって正しく確認することができます。
あとは,ここから奏法を考えるしかありません。
エキエル版では,②の記譜はスラーであると解釈しており,
推奨する奏法も2種類,提示しています。
当サイト管理人は,全てアルペッジョの指示だととらえて,
上の譜例のように,下から順番に音を鳴らすように演奏します。
その方が,よりショパンらしいスタイルだと感じるからですが,
アルペッジョの方が正しいという根拠はありません。
ショパンの記譜から大きく逸脱しないようにしながら,
演奏者の好みで奏法を考えれば良いでしょう。
ショパン 前奏曲 Op.28-22実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-22のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!