※他の曲の解説へのリンクや,作品全体の解説はこちらへ。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-20のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-20 概要
崇高な嘆きと悲しみに満ちた名曲
たった13小節の,単純な構成の作品ですが,
崇高な嘆きと悲しみに満ちた感動的な作品です。
ただ和音を鳴らすだけの音楽ですが,和声進行と内声の動きが素晴らしいです。
ラフマニノフはこの曲を主題とする長大な変奏曲を作曲しています。
元々は9~12小節目がなかった!
自筆譜にショパンがのこしたメッセージ
自筆譜を見ると,5~8小節目の下にaからdまでアルファベットが書き込まれています。
そして,9~12小節目はaからdまでを記譜するだけで省略されています。
そして,譜面の右下にショパン直筆のメッセージがのこっています。
メッセージの内容は以下のようなものです。
※印はロシュシュアール通りの出版社への注である。
ときには理にかなったことを言うMr.XXXにちょっと妥協した。
Mr.XXXとは,「論争」という文芸評論誌に執筆していた人物のペンネームとのことです。
このMr.XXXが,ショパンに5~8小節目を繰り返すように助言したものと推測できます。
フランス国立図書館所蔵の自筆譜には9~12小節目がない
第20番は,ワルシャワ国立図書館が所蔵している自筆譜とは別の自筆譜があり,
フランス国立図書館が所蔵しています。
「パリ,1840年1月30日」のサインとともに,Alfred de Beauchesne(アルフレッド・ド・ボーシェンヌ)にプレゼントされたこの自筆譜には9~12小節目がなく,早い時期のバージョンだと思われます。
ショパン 前奏曲 Op.28-20 構成
ハ短調,Largo,4分の4拍子
すべての小節が同じリズム
最後の小節以外の12小節は,すべて”ターン,ターン,ターン・タ,ターン”という同じリズムで構成されています。
起承転結×3の単純な構成
起承転結の4小節で1フレーズを構成し,A(ff4小節)+B(p4小節)+B(pp4小節)+コーダ(1小節)で一つの作品となっています。
しかも,2回目の4小節と,3回目の4小節はまったく同じ。
最後の小節はハ短調の主和音を一つ鳴らすだけ。
こんなにも単純な構成なのに,深い悲哀が心を揺さぶる,感動的な作品となっています。
最初の4小節はff(フォルテシモ)で荘厳に響き,続く4小節はp(ピアノ)で悲しみを噛みしめるように静かに響きます。
もう一回ppで同じフレーズを繰り返し,最後はクレッシェンドして,最後にハ短調の主和音を鳴らして終わります。
クレッシェンドした後の12小節目ですが,カミーユ・デュボワのレッスンで使用されていたフランス初版にはショパンがf(フォルテ)を書き込んでいます。
Largoではじまり,最後はさらにritenuto
Largoではじまるのですが,8小節目にさらにritenutoの指示があります。
9小節目から12小節目は,5小節目から8小節目を繰り返す指示なので,12小節目にもritenutoの指示があることになります。
音の強弱やテンポによる表情付けが,単純明快でありながら効果的です。
ショパン 前奏曲 Op.28-20 版による違い
3小節目,4拍目の♭
3小節目4拍目のE音に,ドイツ初版とエキエル版のみ♭がついています。
自筆譜には♭が書かれていないので,ドイツ初版とエキエル版が間違えているように見えます。
しかし,細部までショパンの意図を反映させているエキエル版には間違いはないはずです。
実は,ジェーン・スターリングのレッスンで使用されていたフランス初版に,ショパンは♭を書き加えています。
つまり,♭がついているのが正解です。
ritenutoは8小節目?12小節目?
自筆譜を見ると,8小節目にritenutoの指示があります。
9~12小節目は,5~8小節目をそのまま繰り返す指示なので,
12小節目にもritenutoの指示があることになります。
ところが,出版譜をみると,どちらかにしかritenutoの指示がありません。
- 8小節目のみにritenutoの指示;フランス初版,イギリス初版,ミクリ版
- 12小節目のみにritenutoの指示;ドイツ初版,エキエル版
- ritenutoの指示がまったくない;コルトー版
ショパンは繰り返し記号で省略する際,
少しでも変更を加えるときは,きちんと記譜することが多いです。
この部分でも,a~dの記号で省略しながらも,11小節目にcresc.を書き加えています。
もしも,12小節目のritenutoが不要なら,そうだと分かるように何かの指示を書きのこしているでしょう。
当サイト管理人は,8小節目と12小節目の両方でritenutoするべきだと思います。
8小節目,12小節目 D音の♮
16分音符のD音に,自筆譜とフランス初版には♮がありません。
しかし,他の出版譜には♮がついています。
ここは,♮をつけて,D♭ではなくD♮を弾くのが正解です。
ジェーン・スターリングのレッスンで使用されていたフランス初版に,ショパンは♮を書き足しています。
12小節目にf,13小節目にff
作品の最後に,ショパンはfやffを書きのこしています。
- カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスンで使用されていたフランス初版には,12小節目にショパンがf(フォルテ)を書きのこしています。
- フランス国立図書館が所蔵している,「パリ,1840年1月30日」のサインのある,Alfred de Beauchesne(アルフレッド・ド・ボーシェンヌ)にプレゼントされた自筆譜では,13小節目にff(フォルテシモ)が記譜されています。
9小節目からpp(ピアニシモ)の指示があり,11小節目からはcresc.の指示があります。
静かに消えるように終わるのではなく,最後は力強く終わることをショパンが意図していたことがわかります。
ショパン 前奏曲 Op.28-20 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
上半分は,第19番のインクが濃く滲み出ています。
それが理由か,インクが濃く滲み出ているところを避けるように,第20番はページの中程から記譜されています。
5~8小節目にはaからdまでが割り振られ,9~12小節目はaからdまでを書くだけで省略されています。
単に繰り返すだけではなく,9小節目にはpp(ピアニシモ)が,11小節目にはcresc.が,そして12小節目にはペダル指示が書き加えられています。
曲中,ペダル指示はたった一箇所,この12小節目のペダル指示だけです。
右下には,9~12小節目を書き加えた(5~8小節目を,もう一度繰り返すことにした)ことについて,ショパンがメッセージを書き遺しています。
修正の跡が少なく,読み取りやすい記譜です。
冒頭
ローマ数字の番号が書き直されています。
19番も同じようにローマ数字の書き直しの跡がありました。
Largo,4分の4拍子の指示もはっきり読み取れます。
冒頭にff(フォルテシモ)の指示がありますが,前奏曲集24曲の中で,冒頭にffの指示があるのは,唯一第20番だけです。
4拍目の左手の音が書き直されています。
元々はもう少し低い音域が書かれていたようです。
4小節目,修正の跡
4小節目,4拍目の音が,右手も左手も書き直されています。
8小節目にritenuto
8小節目にritenuto(;ただちに速度を緩めて)の指示です。
11小節目にcresc. 12小節目にペダル指示
11小節目にcresc.の指示があります。
12小節目に,曲中唯一のペダル指示があります。
senza(センツァ,ペダルを話す指示)はありません。
ショパンが曲の最後のペダル指示にセンツァを書かないのはいつものことです。
ショパン 前奏曲 Op.28-20 演奏上の注意点
初心者にもおすすめ!
技術的には容易な曲です。
ピアノ初心者にもおすすめの作品です。
ショパンへの入門曲として,難しいことは考えずに弾いていただきたい曲です。
3小節目の4拍目のE音に♭がついていない楽譜が多いので,気をつけましょう。
E♮で練習を重ねて,体が慣れてしまうと,あとから矯正するのが大変になります。
ショパンはペダルの指示をほとんど書いていない
ペダルの指示がほとんど書かれていません。
ペダルを使用しないと響きが貧弱になりますから,ペダルは使用します。
しかし,ペダルを踏みすぎて音が濁らないように確実に踏み換える必要があります。
特に各小節の3拍目は注意を要します。
付点八分音符の音と,十六分音符の音が重なって濁らないように気をつけなければなりません。
ペダルの踏み方については,コルトー版が大変参考になります。
強弱の変化
- 1小節目;ff(フォルテシモ)
- 5小節目;p(ピアノ)
- 9小節目;pp(ピアニシモ)
- 11小節目;cresc.
- 12小節目;カミーユ・デュボワのレッスンで使用されていたフランス初版にf(フォルテ)
- 13小節目;フランス国立図書館が所蔵している,「パリ,1840年1月30日」のサインのある,Alfred de Beauchesne(アルフレッド・ド・ボーシェンヌ)にプレゼントされた自筆譜にff(フォルテシモ)
ショパンはffやppを頻繁には使用しません。
ショパンにとって,ffやppは特別な指示です。
特にppは,24曲ある前奏曲集の中で,たったの7回しか使われていません。
9小節目からはシフトペダル(ソフトペダル,左ペダル)を使用しましょう。
また,冒頭からffの指示があるのは,前奏曲集では第20番だけになります。
11小節目からはcresc.の指示です。
12小節目や13小節目には,ショパンがfやffを書き遺しています。
最後は淡く消えるように終わるのではなく,エネルギーをこめて,力強く終わります。
ritenuto(リテヌート)は8小節目?12小節目?
前述しましたが,ritenuto(;ただちに速度を緩める)が印刷されている箇所が,出版譜により異なります。
当サイト管理人は,8小節目と12小節目両方でritenutoするべきだと思っています。
実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-20のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!