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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-16のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-16 概要
前奏曲集前半のクライマックス
前奏曲集中の最難曲が登場です。
前奏曲集前半のクライマックスになります。
音楽的な盛り上がりだけでなく,技術的難易度も最高潮に達します。
その超絶技巧は聴くものを圧倒します。
1分半ほどの短い作品ですが,その迫力は最初から最後まで,息をするのも忘れてしまうほどです。
吃驚仰天,疾風怒濤
”雨だれ”の甘美な世界の余韻にひたっている,そのとき,
6個の分厚い和音が打ち鳴らされます。
空と大地を真っ二つに引き裂くような,驚愕の序奏です。
そして,Presto con fuoco(;烈火のごとく速く)で,怒涛のような音響世界になだれ込みます。
低音では分厚い和音が広い音域を跳躍して暴れまわります。
高音域では疾風怒濤の16分音符が駆け回ります。
ペダルはベタ踏み
ショパンの自筆譜を見ると,推敲の末,ペダルの踏み替えの指示を消しています。
なんと数小節にわたってペダルを踏んだままにするという,驚きの指示になります。
これだけの音数が鳴らされるあいだ,ずっとペダルを踏んだままにするというのは,稚拙で乱暴な表現に感じます。
ペダルのベタ踏みは,ピアノ初心者がよくやってしまう失敗の一つです。
しかし,実際にショパンの指示通りのペダリングで演奏してみると,大雨のときの川の激流のような凄まじい効果があらわれます。
当時のピアノの最低音から最高音まで一気に駆け上がる圧倒のラスト
怒涛の音響世界に心を奪われているうちに,あっという間に曲は終わります。
最後はユニゾンで,当時のピアノのほぼ最低音から最高音まで一気に駆け上がります。
ショパンは1826年,16歳のときにC1からF7までの78鍵のピアノと出会っています。
ショパンはその短い生涯のほとんどを,C1からF7までの78鍵のピアノとともにありました。
ショパンがマジョルカ島で使用したプレイエルのピアノもC1からF7までの78鍵のピアノでした。
曲の最後,ほぼ最低音のE1とE2からユニゾンが始まり,最高音のF7とF6まで一気に駆け上がります。
最初のE1E2にはアクセントがつけられいて,最低音の強烈な打撃音からユニゾンは始まります。
曲の冒頭からペダルベタ踏みでしたが,ここから2小節にわたって”ペダルなし”の指示となり,ピアノの響きが急激に変わります。
そしてピアノのちょうど真ん中の音域で再びペダルペダ踏みの音響世界となり,ピアノの最高音へ達します。
このペダルの指示による音響の変化は見事という他ありません。
聴くものを圧倒するラストです。
超絶技巧の難曲。でも意外と引きやすい。
”激流のような音響世界”と”超絶技巧”が,人ならざる,大いなる存在を感じさせます。
抗うことができない畏怖の存在に圧倒され,茫然自失となります。
大自然の驚異に遭遇して立ち尽くすしかない,そんな心境にさせられます。
運命の力の前では,いかに人間が無力であるかを思い知らされます。
この圧倒的な超絶技巧ですが,実際に弾いてみると,意外と弾きやすく作られています。
弾きにくいわりに,難しく聴こえない第19番変ホ長調と対極です。
なぜこんなに弾きやすいのか。
それは変ロ短調で書かれているからでしょう。
変ロ短調の音階は,人の手をそのまま鍵盤に乗せると,自然に演奏できます。
ハ長調のように白鍵ばかり使う音階では,指を窮屈に折りたたまないと演奏できません。
変ロ短調だからこそ,人智を超えた超絶技巧を表現できるのだと言えます。
ショパン 前奏曲 Op.28-16 構成
- 変ロ短調,2分の2拍子。
Presto con fuoco;火のように速く - 序奏─A1─B1─A2─B2─B3─コーダというシンプルな構成です。
A1とA2ではペダルをベタ踏みします。 - 冒頭にf(フォルテ),18小節目にff(フォルテシモ),最後45小節目にもff
- 30小節目にstretto;だんだん緊迫して速く
34小節目にsempre piu animato;引き続き,もっと勢いよく速く
ショパン 前奏曲 Op.28-16 版による違い
冒頭,拍子・ペダルの相違
- 拍子
- 自筆譜を見ると,明らかに2分の2拍子です。
(縦線が入っています) - フランス初版,イギリス初版,さらにはミクリ版で4分の4拍子になっています。
- 現在出版されているものでも,4分の4拍子になっている楽譜をよく見かけます。
- 自筆譜を見ると,明らかに2分の2拍子です。
- ペダル指示
- 自筆譜では,小節の終わりまで,6個目の和音を鳴らすまで,ペダルを踏んだままにする指示になっています。
- ドイツ初版はペダル指示を忘れています。
- ミクリ版,コルトー版は解釈版なので,「こうやってペダルを使うべきだ」というそれぞれの意見が反映されています。
当サイト管理人は,ペダルの指示は自筆譜通り,ショパン自身の意思を尊重するべきだと思います。
- コルトー版では,( )付きで,「a piacere;アピアチェーレ,(テンポを)自由に」の指示が書かれています。
これは曲全体の指示ではなく,冒頭の序奏に対しての指示だと思います。
2小節目~ペダルをベタ踏み
ショパンは,わざわざペダル踏み換えの指示を消して,ペダルをベタ踏みするように書き直しています。
そして,ベタ踏みのペダル指示は,圧倒的な音響効果をもたらします。
しかし,現在出版されている楽譜のほとんどは,ペダルを細かく踏み換えるように改悪されてしまっているものばかりです。
録音などで耳にする演奏も,ペダルを細かく踏み換えている演奏ばかりです。
これはソナタ第2番変ロ短調Op.35の第1楽章でも同じことが起きています。
(ショパンはペダルをベタ踏みする指示を書き遺しているのに,ペダルを踏み換えている演奏ばかりです)
ピアノ上級者にとって,ペダルをベタ踏みするなど,愚の骨頂でしかないと感じるでしょう。
でも,一度勇気を出してショパンの指示通り演奏して,ショパンが推敲のすえ辿り着いた音響世界を体感していただきたいです。
ショパンの書き遺したペダル指示の素晴らしさに気付いていただけると思います。
当サイト管理人がペダルベタ踏みの演奏を公開していますので,ぜひ一度聴いてみてください。
2小節目,音が違う!
2小節目,ドイツ初版のみ音が違います。
明らかにドイツ初版の間違いなのですが,この間違いを受け継いだ楽譜がたくさん出版されています。
当サイト管理人が,子どものころ頂いたお古の楽譜も,ドイツ初版と同じようにFE♭CDとなっていました。
気がつけば,FE♭CDと演奏するクセがついてしまい,矯正するのが大変でした・・・
7小節目,臨時記号のつけかたがまちまち
7小節目ですが,臨時記号のつけかたがまちまちです。
ドイツ初版は,4拍目の最初の音に♮がついているように勘違いさせる表記となっています。
12小節目,♮が抜けている
12小節目,自筆譜で♮をつけ忘れており,フランス初版でも♮が抜けています。
現在出版されている楽譜では,修正されているものがほとんです。
臨時記号の間違いなどが多いので注意
この曲は変ロ短調で書かれているため,臨時記号が多いです。
そのため,自筆譜や初版では臨時記号の間違いが目立ちます。
前述した7小節目や12小節目以外にも数箇所,間違いがありますが,現在出版されている楽譜では修正されているものがほとんどなので割愛します。
ペダルによる音響効果が重要な箇所
曲の終盤,31~33小節目,42小節目以降に,ペダルによる音響効果が重要な箇所があります。
ショパンがこだわりをもってペダル指示を書き込んでおり,
ショパンの指示通りにペダルを踏むことで,絶大な音響効果があらわれるため,
ここはショパンの指示を守るべきです。
31~33小節目
31小節目まではペダル「あり」,32~33小節目の2小節はペダル「なし」が,
ショパンの意図した奏法です。
フランス初版では31小節目のペダル指示が抜けてしまっています。
31~33小節目のペダル指示については,ショパンの指示どおり出版されている楽譜がほとんどです。
42小節目以降
曲の最後のところ,ペダルの使用が重要な箇所です。
ショパンの指示は,41小節目はペダルベタ踏み,42~43小節目はペダルなし,44から45小節目4拍目の和音までベタ踏み,となっています。
ショパンの指示通りにペダルを使用したときに,絶大な演奏効果があるため,ショパンの指示を守るべき箇所です。
各初版では,ショパンの指示通りに出版されています。
(ドイツ初版では41小節目のペダル指示が抜けてしまっていますが・・・)
ところが,後世に出版されたほとんどの楽譜で,ペダル指示が改悪されています。
当サイト管理人がショパンの指示通り演奏した録音を公開しておりますので,ぜひお聴きください。
その音響世界は圧巻です。
ショパンの指示通りにペダルを使用する以外の選択肢はないでしょう。
ショパン 前奏曲 Op.28-16 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
2ページ,10段にわたって書かれています。
ショパンらしい,見やすい丁寧な記譜です。
冒頭
- ローマ数字で「ⅩⅥ」
- 2分の2拍子
- 2小節目にPresto con fuoco;火のように速く
- ペダル指示をわざわざ塗りつぶして,ペダルをベタ踏みするように書き直しています。
5~7小節目,ペダルベタ踏み,1オクターブ上のB♭に
2~4小節目に続き,5~7小節目もペダルをベタ踏みする指示です。
7小節目,左手伴奏の最後の音が,1オクターブ上のB♭に書き直されています。
16~17小節目,左手伴奏の大幅変更
左手の伴奏が,大幅に変更されています。
元々の記譜も薄く見えますが,変更後の方が明らかに良いですね。
最上の音に試行錯誤のすえ辿り着くショパン。さすがです。
23~24小節目
ここも左手伴奏が書き直されています。
丁寧に塗りつぶされてしまっているため,元々がどうだったのかわからないですね。
気になります。
後半,修正の箇所が増える
自筆譜の2ページ目に入って,ショパンの訂正が増えます。
ショパンがよりこだわって推敲を重ねた箇所であることが窺えます。
丁寧に塗りつぶされてしまっているため,修正前が読み取れないのが残念です。
26~27小節目
28~29小節目
33~34小節目
36小節目
30小節目にstretto
stretto;だんだん緊迫して速く
34小節目~sempre piu animato
sempre piu animato;引き続き,もっと勢いよく速く
42小節目~最後
ショパン 前奏曲 Op.28-16 演奏上の注意点
ショパンのペダル指示を守ることが重要
ショパンはこだわりをもってペダル指示を書き込んでいます。
ペダルを数小節にわたってベタ踏みする指示が数箇所出てきます。
この指示を忠実に守ることが重要です。
特にペダルの演奏効果が重要な箇所は,
- 2~7小節目と18~23小節目
現代ピアノであっても,ここは奥までダンパーペダルを踏みっぱなしで良いです。 - 32~33小節目と42~43小節目
ペダルを終始大胆に使い続ける作品のため,ペダルを使用しない箇所は,その対比から強烈な印象が残ります。
しっかりとペダルを離して,明らかな対比を表現しましょう。
ペダルの指示がある箇所でしっかりダンパーペダルを踏んでおかないと,対比が曖昧になります。
ペダルを踏むときはしっかり踏む,踏まないときはしっかり足を上げる。
明確な表現を意識しましょう。 - 42~43小節目はペダルなし,44小節目以降はペダルベタ踏み
作品の最後,コーダもペダルによる対比が重要な場面となります。
ペダルの「踏む」「離す」を明確に表現しましょう。
現在出版されている多くの楽譜では,ペダル指示が勝手に改悪されてしまっています。
ショパンの意図を正しく知るためには,エキエル版の購入をおすすめします。
後半に備えて,初めは速く弾きすぎない
冒頭(2小節目)から「Presto con fuoco;火のように速く」です。
しかし,
- 30小節目からstretto;だんだん緊迫して速く
- 34小節目からsempre piu animato;引き続き,もっと勢いよく速く
なので,冒頭からあまり速く弾きすぎると,30小節目以降の表現が不可能になります。
30小節以降に備えて,最初はあまり速く弾きすぎないように注意しましょう。
左手の伴奏音型
左手伴奏の音型は,音域を上へ上がっていく音型ですから,クレッシェンドさせるのが基本です。
音域広く跳躍するため,低音が叩きつけるような音になってしまいがちです。
特に,18小節目以降,左手の和音が分厚くなると,乱暴に低音を叩きつける演奏をよく耳にします。
それはショパンのスタイルではありません。
腕が低音部へ移動した勢いそのままに叩きつけると雑で派手な音になります。
指を鍵盤にきちんと設置してから,改めて正しいタッチで打鍵するようにしましょう。
左手アルペッジョの弾き方
ショパンの左手のアルペッジョは,拍よりも先取りして弾き始めます。
最低音を拍よりも前に弾いて,下から2番目の音を拍の頭に合わせるつもりで演奏すると丁度良いでしょう。
下の音から上の音へ向かってクレッシェンドさせるのが基本です。
最低音をドカン!ドカン!と打ち鳴らさないように気をつけましょう。
ショパン 前奏曲 Op.28-16 実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-16のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!