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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-13のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-13 概要
初めて長調の規模の大きな作品
奇数番目の長調の曲は,これで7曲目になります。
演奏時間は5分弱。
長調の曲では,初めて規模の大きな作品の登場です。
長調の曲としては,伴奏にのせて美しい旋律を奏でるノクターン風の作品も初めての登場となります。
第12番では,偶数番目の短調の曲の悲劇的色合いが決定的なものとなりました。
この第13番では,奇数番目の長調の曲の,儚げで夢のような美しさが決定づけられます。
たった4曲しか書かれなかった嬰ヘ長調
ショパンはその生涯に258曲もの作品を遺していますが,嬰ヘ長調の作品はたったの4曲しか書いていません。
この第13番は,そんな嬰ヘ長調の作品の一つです。
ショパンの書く嬰ヘ長調の響きを存分に味わいましょう。
なお,ショパンは異名同音調の変ト長調の作品は6曲書いています。
嬰ヘ長調も変ト長調も主要作品が多いです。
詳細は参考記事をご覧になってください。
この世にあらわれた天上の美
ゆるやかな左手の伴奏にのって,夢のように美しい旋律が奏でられます。
これぞショパン!という極上のノクターンです。
Lentoではじまるのに,中間部でさらにpiu lentoともっと遅くなります。
良い意味で驚かされます。
まるで美しい幻想の世界に引きずり込まれて,意識を奪われるかのうようです。
再現部で元のテンポに戻るときには,深い幻想の世界から,心地よい夢の世界へ引き戻されるようです。
主部,そして中間部と,たっぷりと美しいノクターンを堪能したのち,再現部では主部と同じ旋律が繰り返され,そのまま曲が終わることが予感されます。
しかし,再現部はただ主部を繰り返すだけでは終わりません。
再現部では旋律の,さらにその上で,美しい対旋律が奏でられます。
まるで別の時空間,天上界で天使がため息をついているような美しさです。
たっぷりと美しい旋律を堪能して,大満足のそのときに,
さらなる美しい世界があらわれるのです。
「そろそろ曲が終わりそうだ。美しい曲だったな」と満足に浸っているときに,
まさか,さらなる美しい音楽が待っていようとは。
ショパンにしか到達できなかったであろう,美の極致に至って,曲は終わります。
ショパン 前奏曲 Op.28-13 構成
嬰ヘ長調,Lento,4分の3拍子。
3部形式。ショパンらしいシンプルな構成です。
冒頭に「legato;切れ目なくなめらかに」の指示。
Lentoで始まる3部形式の作品です。
緩→急→緩という構成が一般的でしょう。
しかし中間部ではさらにpiu lentoともっと遅くなるところが,良い意味で驚かされます。
ショパン 前奏曲 Op.28-13 版による違い
冒頭 2分の3拍子?
冒頭,ショパンの自筆譜を見ると,拍子や速度などを記入するのに,推敲を重ねていたことがわかります(詳細は後述します)。
拍子は,最初8分の6拍子と書かれたあと,2分の3拍子に書き直されています。
各初版も2分の3拍子になっていますが,これは明らかな間違いです。
現在出版されている楽譜では,ほとんどが4分の6拍子に改められています。
4小節目と12小節目 付点・符幹
4小節目と12小節目の中音域のC♯音ですが,4小節目は付点がなく,12小節目は付点がついています。
ショパンのペダル指示を合わせて演奏すると,両者に違いはありません。
いずれにしても,このC♯音は小節の終わりまで鳴り続けることになります。
ところが,ドイツ初版(そしてコルトー版)では符幹(音符から伸びる傍線)をつけてしまっています。
符幹をつけてしまうと,音価(音の長さ)が半分になってしまいます。
つまり,小節の最後まで鳴り続けるハズのC♯音が,3拍目,小節の中程で途切れてしまうことになります。
6小節目 音価が違う
6小節目,3拍目~6拍目は,2分音符+4分休符なのですが,
ドイツ初版では付点2分音符になっています。
そして,ミクリ版やコルトー版など後世の権威ある出版譜も付点2分音符になってしまっています。
7,9小節目の長前打音
7小節目と9小節に長前打音が出てきます。
各初版とも間違いなし。自筆譜と完全一致しています。
ところが,ドイツ版の第二版で,7小節目の長前打音を短前打音にしてしまいました。
その影響で,後に出版された楽譜に影響が残っています。
7小節目だけでなく,9小節目の長前打音も短前打音にしてしまっている楽譜がたくさんあります。
ミクリ版とコルトー版でも,9小節目の長前打音が短前打音になっています。
コルトー版の7小節目が他とぜんぜん違うように見えます。
しかし,これは正しい演奏法を示したもので,他の版と同じものになります。
31~32小節目 D♯音のタイ
フランス初版,イギリス初版では,高音部D♯音のタイが抜けています。
32小節目 BかA♯か
32小節目,冒頭の右手和音です。
最高音のD♯音は前の小節からタイでつながっているので,上から2番目の音がメロディーとして鳴ることになります。
自筆譜も各初版も「B音」になっています。
エキエル版は「A♯音」になっていて,間違っているように見えます。
しかし,以下の2つの理由から「A♯音」が正解です。
- 主部と再現部でメロディーラインが同じである方が自然
15~16小節目と,32~33小節目は同じ旋律です。
ひとつだけ違う音が混ざるのは不自然です。 - ジェーン・スターリングの楽譜へショパンが訂正を書き込んでいる
ジェーン・スターリングがレッスンで使用していたフランス初版に,ショパンがB音をA♯音に訂正する書き込みをのこしています。
33~35小節目 ペダル指示の印刷箇所
33~35小節目で,ショパンは大譜表の上にペダル指示を記譜しています。
ペダルの使用が,最上部の音を持続させることを目的としていることが,視覚的に演奏者へ伝わります。
フランス初版ではペダル指示がなくなってしまっています。
大譜表の「上」という,通常ではペダル指示を書き込まない場所にペダル指示が記譜されているため,見逃してしまったのでしょう。
イギリス初版ではペダル指示が通常の場所,つまりは大譜表の下に印刷されています。
ショパン 前奏曲 Op.28-13 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
2ページにわたって記譜されています。
奇数番目の長調の曲は7曲目ですが,演奏時間が4分を超える規模の大きな曲は第13番がはじめてです。
冒頭
冒頭の2小節です。
熟慮と推敲を重ねていたことがわかります。
拍子
拍子は8分の6拍子から2分の3拍子に変更されています。
前述しましたが,4分の6拍子が正解で,現在出版されている楽譜はほとんどが4分の6拍子に訂正されています。
速度標語
- ①Lento ma non troppo を書き込む
最初に「Lento ma non troppo」と書き込んでいます。
- ②ma non troppo を消す
「ma non troppo」を塗りつぶして,「Lento」のみ残しています。
- ③non troppo を書き込む
「ma non troppo」を消した上に「non troppo」を書き込んでいます。
- ④non troppo を消す
結局は「non troppo」も塗りつぶして消しています。
- ⑤Lento のみが残された
こうして,結局はLentoのみが残されました。
唯一の強弱記号「p」
冒頭にp(ピアノ)が記譜されています。
第13番唯一の強弱記号です。
曲の終わりまで,他に強弱記号はいっさい書かれていません。
legato
何か(sempre?)が消されて,legatoだけが残されています。
ペダル指示
他の作品とくらべて,ベダル指示が極端に少ないです。
主部の20小節に,ペダル指示は5箇所だけです。
暗に「ペダルを多用しないように」という指示だと受け取れます。
3~4小節目 細かな修正の跡
いくつか修正の跡がのこっています。
4小節目冒頭の「C(♯)音」はペダルの使用によって,小節の最後まで鳴り続けることになります。
6小節目
ここにも訂正の箇所がのこっています。
作品全体に,臨時記号の訂正だと思われる跡は多数残っており,
臨時記号の♯をつけ忘れていたりもします。
9小節目
長前打音のついた印象的な和音ですが,何かを書き直してたどりついたもののようです。
丁寧に塗りつぶされているため,元々がどうだったのか読み取れません。
また,繰り返し記号が使われています。
11~14小節目
繰り返し記号が多用されています。
ペダルの指示が本当に少ないです。
12小節目では,ペダルを離す指示(Φみたいな記号)を書き忘れています。
中間部冒頭
「piu lento」や「sostenuto」の書き込みが見えます。
訂正の跡もいくつかのこっています。
25~26小節目
スラー(かな?)を消した跡がのこっています。
中間部最後~再現部冒頭
中間部最後から再現部冒頭にかけて,推敲の跡が多数のこっています。
ペダル指示も多く書かれています。
33~35小節目 「上に」ペダル指示
大譜表の「上」にペダル指示が記譜されています。
ショパンの作品では,というより,他の作曲家の作品を見回しても,
譜表の「上」にペダル指示を記譜するのはめずらしいです。
最後の2小節
最後の2小節は完全に書き直されています。
訂正前の書き込みは塗りつぶされていますが,薄く透けて見えています。
訂正前と訂正後で,ほとんど違いがないように見えます。
ショパンの作品によくあることですが,最後はペダルを踏んだままで終わっています。
ショパン 前奏曲 Op.28-13 演奏上の注意点
ショパンのペダル指示を蔑ろにしない。
第13番は,ペダル指示が少ないです。
暗に「ペダルを多用しないように」という指示だと受け取れます。
ただし,ペダル指示のない箇所もまったくのペダルなしでは音が貧弱になるので,豊かな響きになるように浅く軽くペダルを使用します。
フレーズの中程など,音を豊かに響かせたいところはやや深くペダルを踏みます。
左手伴奏をlegatoにするためにペダルを使用すると音が濁ります。
ショパンのペダル指示を蔑ろにせず,
ペダルに頼らずにlegatoに演奏できるように練習しましょう。
左手伴奏にlegato
冒頭にlegatoの指示があります。
自筆譜を見るとわかりますが,このlegatoは左手伴奏への指示です。
具体的には,なるべく指を鍵盤から浮かせず抑えたままにします。
前述しましたが,音を切らずにつなげる目的でペダルを使用するのはできるだけ避けましょう。
ダンパーペダルは響きを豊かにするために使用します。
なお,手が届かない箇所では,ショパンはペダル指示を書き込んでいます。
7小節目 前打音付きアルペッジョ
ショパンの作品では,前打音のついたアルペッジョは,アルペッジョを弾いてから前打音を弾きます。
具体的には上の譜例のように演奏します。
また,短前打音ではなく長前打音なので,音価が短すぎないように気をつけましょう。
正しく演奏すると,左手の「Fダブルシャープ」と右手の「G♯」が重なって,美しい不協和音が響きます。
9小節目 長前打音
再現部【内声部が旋律】
再現部では,内声部が旋律になります。
当然,内声部の旋律が浮かび上がって聴こえなければなりません。
そして,旋律以外の音,特に最上部の音は,別次元の霊的空間で美しく響く音でなければなりません。
上の譜例で赤い音符が旋律です。
「ここが難しい!」と書いてあるところが,広い音域の和音の上から2番目の音が旋律になるため,演奏が難しいです。
手の小さな演奏者は,33小節目以降と同じように,最上部の音を後ろにずらして演奏することになるでしょう。
しかし,ここは和音を崩さずに一度に抑えると,天上の美しい響きとなります。
できるだけ崩さずに,すべての音を同時に鳴らしたいところです。
33~36小節目のアルペッジョ
33小節目から,ショパンにしか到達できない美の極致の世界に入ります。
内声部に旋律が奏でられ,その上空,別次元の音楽的霊気のなかに天上の音が響きます。
ショパンは大譜表の「上」にペダル指示を書きのこしました。
これは明らかに最上部の天上の音を響かせるためのものです。
左手伴奏が濁らないようによくよく気をつけながらペダルを使用して,最上部の音を美しく響かせます。
どんなに手が大きくても手が届くことはないと思いますが,アルペッジョで演奏することで,最上の響きが得られます。
短前打音のように弾いてしまうと,美しさが台無しになります。
ゆったりと時間をかけてアルペッジョを弾きます。
具体的には上の譜例,奏法を参考にしてください。
ショパン 前奏曲 Op.28-13 実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-13のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!