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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-12のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-12 概要
悲劇的要素が色濃くなる
偶数番号は短調の曲が続きますが,第12番で6曲目となります。
第2番から第6番までは静寂が支配していました。
第8番からは悲劇的要素が強まり,第12番にいたってその悲劇的色合いが決定的なものとなります。
ここから,偶数番目の短調の曲は,その悲劇的色合いを幾何級数的に強めていきます。
そして,奇数番目の長調の曲は,さらに穏やかに,儚く,幻想的な美しさを増していきます。
狂気の音響世界
冒頭から最後までf(フォルテ)とff(フォルテシモ)だけで書かれています。
情熱あふれる舞踏的な作品です。
激しく踊り狂うような音響世界,その躍動感と緊迫感,迫力からは狂気すら感じます。
夢のように儚げで美しい第13番との対比もすばらしいです。
たった4曲しか書かれなかった嬰ト短調
ショパンはその生涯に258曲もの作品を遺していますが,嬰ト短調の作品はたったの4曲しか書いていません。
この第12番は,そんな嬰ト短調の作品の一つです。
ショパンの書く嬰ト短調の響きを存分に味わいましょう。
ショパン 前奏曲 Op.28-12 構成
嬰ト短調,Presto,4分の3拍子
分かりやすい3部形式
典型的な3部形式です。
ショパンの作品はどれも分かりやすいです。
高い芸術性と,分かりやすさを兼ね備えています。
また,最初から最後までf(フォルテ)とff(フォレテシモ)で書かれています。
ショパン 前奏曲 Op.28-12 版による違い
(いつものごとく)各版ともバラバラ。
現在書店に並ぶ出版譜,ネットで購入できる電子譜など,ショパンの意図に忠実な楽譜はほとんどありません。
中には2小節がまるごと消されてしまっているものもあります。
ショパンの意図に忠実な楽譜は,エキエル版しかない,といえます。
以下,違いが大きく目立つ箇所を解説します。
細かい違いは挙げはじめるときりがありません。
この作品の演奏については,エキエル版の購入をオススメします!
12小節目 スラー
12小節目は,自筆譜をみると,他と比べてアーティキュレーション(スラー)の指示がやや複雑です。
小節をまるごと塗りつぶして大幅に修正されていることが影響しているのか,
各版とも,この小節のスラーのつけ方を(勝手に)変更してしまっています。
- エキエル版
- 自筆譜とまったく同じになっています。
- フランス初版,ドイツ初版,ミクリ版
- スラーの切れる位置も,次のスラーが始まる位置も,それぞれ半拍早くなっています。
- イギリス初版,コルトー版
- スラーの切れる位置が半拍遅くなっています。
次のスラーが始まる位置は自筆譜と同じです。
- スラーの切れる位置が半拍遅くなっています。
大別すると,
- 自筆譜,エキエル版,イギリス初版,コルトー版
- 次のフレーズが,13小節目の頭のD♯音から始まる。
- フランス初版,ドイツ初版,ミクリ版
- 次のフレーズが,12小節目の一番最後の音(Cのダブルシャープ)から始まる。
という違いがあります。
「フレーズをどの音から始めるか」は聴こえ方も大きな違いがあります。
自筆譜(=エキエル版)のように演奏するのが良いでしょう。
21~26小節目 各版バラバラ
21~26小節目ですが,各版ともバラバラ。
自筆譜と完全に一致しているのはエキエル版だけです。
- ①21~22小節目,低音部B音のタイ
- タイが「ある」のが正解です。
- フランス初版,イギリス初版,ミクリ版はタイがありません。
- ②21~22小節目,25~26小節目,高音部のスラー
- テヌートを意図するスラーです。
- ドイツ初版,ミクリ版,コルトー版ではタイになっています。
- ③23小節目,高音部の「C♯音(ドのシャープ)」
- 自筆譜も,3種類の各初版も,すべてC♯音になっています。
- ところが,ミクリ版,コルトー版では,わざわざ♮をつけてしまっています。
これら権威あるエディションが♮をつけてしまっているため,現在販売されている多くの楽譜も♮をつけてしまっています。
- ④26小節目
- ドイツ初版だけ,左手の和音のE音が抜けています。
これは明らかな間違いです。
- ドイツ初版だけ,左手の和音のE音が抜けています。
32小節目 低音F音のタイ
- フランス初版,イギリス初版,ミクリ版では低音F音のタイがなくなってしまっています。
- イギリス初版は,2拍目の低音「C音」が「B音」になっています。
これは明らかな間違いです。 - コルトー版では,勝手な判断でペダル指示が追加されています。
コルトー版は原典版ではなく解釈版なので,演奏指示を追加するのが悪いわけではありません。
ショパンの自筆譜にはペダル指示がなかったことを知った上で,コルトーがここにペダル指示を追加している意図を考えることは,演奏者にとって有益です。
36小節目 こすり消されたF音
36小節目は,自筆譜を見ると何度も訂正されていることがわかります。
特に3拍目は,4回も書き直されたあと,さらにインクを擦り落とした跡がのこっています。
ドイツ初版では,この擦り落としたハズのF音が印刷されてしまっています。
そして,この間違いがミクリ版やコルトー版といった権威あるエディションに受け継がれてしまっています。
コルトー版では,ここでも原典にはないペダル指示を追加しています。
前述しましたが,コルトー版は解釈版なので,ペダル指示を追加することに問題はありません。
64小節目 勝手なペダル指示の追加
64小節目。フランス初版とイギリス初版では,自筆譜にはなかったペダル指示が追加されています。
初版は,本来ショパンの記譜を忠実に再現した原典版であるべきです。
このペダル指示はミスではなく,意図的に追加されているように感じます。
こうなると,もはや原典版ではなく解釈版ですね。
ミクリ版とコルトー版にもペダル指示が追加されています。
これらは解釈版なので,ショパンがペダル指示を記譜していなかったことを知った上で,実際の演奏解釈としてペダル指示を追加しているのならば,演奏者として有益なものになります。
しかし,もしかするとフランス初版やイギリス初版を参考にして,ショパンの指示だと誤認して印刷しているだけという可能性もあります。
70小節目 G♯からEへの訂正
70小節目,1拍目の左手ですが,自筆譜を見ると訂正の跡がのこっています。
最初はG♯音だったものを,推敲を重ねて,最後はE音になっています。
各初版とも正しくE音になっていますが,ミクリ版,コルトー版といった権威あるエディションで,元のG♯音に戻されています。
その影響で,市販されている楽譜の多くでG♯音になってしまっています。
78~79小節目 2小節まるごと消えてしまっている
ドイツ初版では,78~79小節目の2小節がまるごと消えてしまっています。
これは,フォンタナが写譜をする際に写し間違えたのが原因です。
現在でも書店に並ぶ出版譜の多くにこの間違いが残っています。
フォンタナはOp.28-21変ロ長調でも,同じように丸ごと写し忘れるミスを犯しています。
ショパン 前奏曲 Op.28-12 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
冒頭
- ローマ数字のⅫ
- Presto
- 4分の3拍子
- 冒頭にf(フォルテ)
- ペダル指示も丁寧
- 繰り返し記号を使っている
- 何かを消した跡が残っている
冒頭1小節目から8小節目まで,1から8までの番号が記入されていて,
2ページ冒頭,41小節目から,1から8までの番号のみで記譜が省略されています。
1小節目,左手の3拍目には塗りつぶして書き直した跡がのこっています。
訂正の跡が多数のこされている
第12番は訂正した跡が多数のこっています。
中には4~5回も訂正した跡がのこっています。
ショパンが何度も推敲を重ね,この作品に力を注いでいたことがわかります。
6,9小節目 訂正の跡
こういったちょっとした訂正がそこかしこに残っています。
12小節目 1小節まるごと書き直し
1小節がまるごと塗りつぶされ,書き直されています。
13~16小節目 修正の跡が多数
修正の跡が多数のこっています。
19~22小節目 タイの修正
F音とB音につけたタイのうち,B音のタイだけを残して,F音のタイは消されています。
このように音符だけでなく,アーティキュレーションの推敲も重ねられています。
24~25小節目
D音にいった♯をつけたのち,塗りつぶして,さらに♮を書き加えたようです。
28小節目 大幅な修正
右手部分が丸ごと修正されています。
29~32小節目 臨時記号の修正
臨時記号を書いたり消したり。
必要な臨時記号をせっかく書いていたのに消してしまったりしています。
33~34小節目 まるごと修正
右手パートがまるごと塗りつぶされて修正されています。
元々は35~36小節目のように,全部オクターブで演奏する予定だったみたいですね。
36~39小節目 インクを削り落とした跡
この箇所は訂正の跡が特に多く残っています。
ショパンがこだわって推敲を重ねた場所だとわかります。
36小節目の3拍目では,4回にわたって書き直したあと,最後にはインクを削り取って修正しています。
51小節目
53~54小節目 ディミヌエンドを消している
64~66小節目 スラーも修正
音符だけでなく,アーティキュレーション(スラー)も修正されています。
68~70小節目 訂正が多数
ショパン 前奏曲 Op.28-12 演奏上の注意点
21小節目~ 前打音
中間部に入ると,何回か(6回)短前打音が出てきます。
これらの前打音は拍と同時に演奏します。
最初から最後までf(フォルテ)
冒頭から最後まで,ずっとf(フォルテ)とff(フォルテシモ)だけで書かれています。
前奏曲中で,冒頭からfとffのみで書かれているのは,第12番,第16番,第22番だけです。
第8番から,偶数番目は「情熱的で悲劇的な短調の曲」という流れになりました。
ほんの30秒ほどで通り過ぎる第10番を経て,いよいよ第12番で悲劇的要素が色濃くなります。
第1番から第11番までよりも一つ上のレベルで,音量を上げて演奏しましょう。
低音を下品に打ち鳴らさない
「音量を上げて演奏」と書きましたが,低音を派手に打ち鳴らすと品がなくなります。
ショパンの演奏はどんなときにもNobleでなければなりません。
特に,大きく飛躍して低音部を弾くときに,移動のための勢いやモーメント(回転力)が加わると,乱暴な音になってしまいます。
腕を移動させた勢いそのままに鍵盤を叩くような演奏にならないように注意しましょう。
腕が移動を終えたあと,指を鍵盤に一度接触させ,弾く体制が整ってから打鍵すると良いでしょう。
ショパン 前奏曲 Op.28-12 実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-12のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!