演奏は当サイト管理人,林 秀樹です。
アマチュアのピアニストの演奏ですので,至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
ショパン ピアノソナタ Op.35,Op.58【全曲再生リスト】
作品の詳細な解説は別記事にまとめる予定ですので,
ここでは原典版(エキエル版)に忠実な演奏を録音するために,特に気をつけたことなどをまとめておきます。
なお,作品そのものの簡単な紹介はショパン全作品一覧【ピアノソナタ 全3曲】をご覧ください。
ショパン全作品の,原典版(エキエル版)に忠実な参考演奏動画を公開することは,当サイトの大きな目標の一つです。
目標達成のためには,乗り越えなければならない難関がいくつかありますが,その難関の一つが,ピアノソナタでした。
今回,大きな難関を一つ乗り越えたことで,目標達成へ向けて一歩前進したことになります。
なお,ピアノソナタ第1番Op.4は当サイト管理人も真面目に勉強したことがない作品なので,少なくともしばらくは演奏の公開はできません。
ショパン ピアノソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35【各楽章再生】
第1楽章 グラーヴェ-ドッピオ・モヴィメント 2分の2拍子
Grave – Doppio movimento
冒頭 Grave「重々しく」から始まり,Doppio movimento「2倍の速さで」となります。
Doppio movimento はショパンがときおり用いた速度指定です。
ショパン以外の作品ではほとんど見られない演奏指示ですが,メトネルのソナタやプロコフィエフの交響曲,ドヴォルザーク,ショスタコーヴィチの室内楽曲でも Doppio movimento を見ることができます。
ショパンの作品では,ポロネーズOp.44,ノクターンOp.48-1,幻想曲Op.49でも効果的に使われています。
音楽用語の中では珍しく「2倍の」速さと具体的に速度が指定されます。
一般的には演奏のテンポが変化すると,拍子を打つ間隔が変わるため,拍子感も変化することになります。
ところが Doppio movimento ではテンポが「2倍」に変化するため,拍子感は変化せず,テンポが急に変わるにも関わらず,音楽は自然と流れることになります。
また,通常のテンポの変化では拍子感の変化をともなうので,ritardandoやaccelerandoによって徐々に速度を変化させなければ音楽の流れが不自然となりますが,Doppio movimento では突然に速度が変化し劇的な効果を生みます。
Graveを極端に遅く,そして Doppio movimento を極端に高速に弾き飛ばすような演奏がありますが,それだと音楽が自然に流れず,別々の2曲を無理やりくっつけたような不自然な演奏になります。
今回の録音では,Doppio movimento のテンポ指示を忠実に守ることで,拍子感の変わらない自然な演奏となっています。
また,提示部の繰り返しで,もう一度冒頭から演奏することになりますが,拍子感が統一されていると,音楽が自然と流れていきます。
“初めの音を繰り返すアルペッジョ”は拍と同時に演奏する
3小節目の装飾音は”複前打音”の書式で記譜されていますが,実際は“初めの音を繰り返すアルペッジョ”です。
ショパンの作品では拍と同時に演奏します。
また,ショパンがアルペッジョではなく複前打音の書式で書き下して記譜している理由は,長前打音のように時間をかけてゆったりと奏することが意図されています。
今回の演奏では,奏法を忠実に再現しています。
ペダル”ベタ踏み”による音響効果
ショパンはペダルの指示も細部まで綿密に記譜しています。
ショパンのペダル指示はほとんどの出版譜で恣意的に変更されてしまっているため,自筆譜(写譜)や原典版での確認が必須です。
第1楽章ではペダルを”ベタ踏み”にする指示が多数見られます。
ダンパーペダルを”ベタ踏み”にする指示はショパンの作品によく見られます。
ペダルを”ベタ踏み”にする,というのはピアノ初心者にありがちな失敗の一つです。
ピアノ上級者ほど,ペダルの”ベタ踏み”を忌避するのではないしょうか。
しかしショパンが指示した通りにダンパーペダルを踏み込んだまま”ベタ踏み”にすることで,目覚ましい音響効果が生まれます。
今回の録音ではショパンのペダル指示も忠実に再現しました。
“右手のアルペッジョ”は拍と同時に演奏する
第二主題では“右手のアルペッジョ”が多用されています。
ショパンの“右手のアルペッジョ”は拍と同時に弾き始めます。
今回の録音では奏法を忠実に再現しています。
また,提示部一回目では普通のアルペッジョ,提示部の繰り返し2回目では前打音付きのアルペッジョと変化をつけ,2回目の繰り返しではよりsostenutoを強調して第二主題を演奏しました。
“左手のアルペッジョ”は拍に先取りで演奏する
53小節目に“左手のアッルペッジョ”が出てきます。
ショパンの“左手のアルペッジョ”は最低音を拍に先取りで演奏します。
今回の録音では奏法を忠実に再現しています。
提示部の繰り返しは冒頭まで戻る
一般に普及している譜面では,提示部の繰り返しは5小節目まで戻るようになっています。
しかし,これはドイツ初版の恣意的な間違いが後世の楽譜に受け継がれているもので,提示部の繰り返しは冒頭まで戻るのが正解です。
今回の録音では正しく冒頭まで戻って提示部を繰り返しました。
なお,2021年開催のショパンコンクールでのコンテスタントたちの演奏では,正しく冒頭まで戻る演奏が浸透していました。
喜ばしいことです。
提示部の繰り返しでは表現をやや大げさに
ソナタ形式では提示部を2回繰り返して演奏するのが一般的です。
ショパンのソナタでも,この形式が踏襲されています。
繰り返すにあたって,2回目も1回目と全く同じように演奏するべきなのかもしれませんが,同じことを繰り返すときには,アレンジを加えるのがショパンのスタイルです。
「同じ提示部を2回繰り返している」という前提が崩れない程度に,2回目の繰り返しでは agitato や sostenuto,stretto,フレージングやアクセントなど,やや大げさに表現して演奏しました。
展開部でもペダル”ベタ踏み”による音響効果
提示部第一主題ではペダル”ベタ踏み”による音響効果が効果的に使われていましたが,
展開部は提示部第一主題が展開されたものになっているため,展開部でもペダル”ベタ踏み”による表現が使われていて,目覚ましい音響効果を生んでいます。
今回の録音では,このペダル指示も忠実に再現しています。
再現部のアルペッジョのある・なし
再現部の「D – B♭ – F」の和音にはアルペッジョがついていたり,いなかったりします。
今回の録音では全てエキエル版の記譜を忠実に再現しました。
この和音をアルペッジョ”なし”で4回演奏することになりますが,相当大きな手が必要になります。
ピアノの才能というと唯一,手の大きさぐらいしか才能を有していない当サイト管理人ですが,その手の大きさが活かされる場面になります。
コーダではB♭0音を使用
ショパンが作曲当時使用していたピアノはC1からF7までの78鍵のピアノでした。
ショパンは16才のときに78鍵のピアノと出会い,それ以降,その生涯のほとんどは78鍵のピアノとともにありました。
第1楽章の最後ですが,左手オクターブの和音が,B♭→E♭→B♭→E♭と下降を続け,最後はに至ります。
ショパンはをめったに使いません。
ショパンの作品の中では,まれにしか登場しない最大音量です。
このに到達したとき,低音の音域不足のため,左手オクターブの和音が1オクターブ上の音に戻ってしまいます。
ピアノは,低音ほど弦が太くなるので,音量が大きくなります。
最大音量を出したい場面で,音域不足から1オクターブ上の音に戻ってしまうのは不自然です。
何故このようなことになってしまったかというと,理由は明らかで,ピアノの音域が不足していたことが原因です。
現代ピアノではB♭0音も演奏可能なので,B♭0音も使用して演奏するのが一般的です。
今回の録音でもB♭0音を使用して演奏しました。
第2楽章 スケルツォ 4分の3拍子
左手アルペッジョは拍に先取りで演奏する
左手のアルペッジョが何度も出てきます。
テンポが速く,音域の広いアルペッジョなので,正しい奏法で演奏しなければテンポが崩れてしまいます。
正しい奏法とは具体的には上の「奏法」で図示しているように,最低音を拍よりも早く先取りで弾きはじめて,下から2~3番目の音が拍の頭にくるように演奏します。
今回の録音では上の譜例の「奏法」を忠実に再現しています。
前打音は拍の頭と同時に演奏する
主部が佳境を迎えると,右手に前打音が3回出てきます。
ショパンの前打音は拍と同時に演奏します。
実際に前打音を拍と同時に演奏するには,高い演奏技術が必要になるとともに,大きな手も必要となるため,前打音を正しい奏法で弾いている演奏には中々出会いません。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
ショパンの”下からのトリル”は拍と同時に弾き始める
中間部に”下からのトリル”が出てきます。
ショパンの“下からのトリル”は拍と同時に弾き始めます。
そうすることで,音にしゃくり(ベンドアップ)の効果を与え,また最初の音が不協和音として美しく響きます。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
最後の和音
最後の右手和音の最低音は,エキエル版ではB♭音が正解である可能性が高いとされています。
しかし今回の録音では和音をより印象的に響かせるため,多くの版で採用されているようにG♭音を使用しました。
このとき,ノンペダルで右手和音の鍵盤を抑えたままにすると,この4本の弦だけが開放されたままになり,左手低音でG♭音を鳴らしたときに,開放された4本の弦がやわらかく共鳴して,印象的に響きます。
今回の録音でも,音量を上げてよく耳を澄ましていただくと,右手和音がかすかに共鳴している響きを聴いていただくことができます。
第3楽章 『葬送行進曲』レント 4分の4拍子
名曲中の名曲『葬送行進曲』です。
ピアノソナタ全体がこの第3楽章を中心に組み立てられています。
あくまでも「行進曲」
『葬送行進曲』はあくまでも「行進曲」です。
その足取りは重くとも「行進」する曲ですので,テンポはあまり変化させず,しっかりと一歩ずつ歩を進めていくことで,格調高い荘厳な音楽となります。
ショパンの前打音や複前打音は拍と同時に演奏する
主部にも中間部にも前打音や複前打音が多用されていますが,ショパンの作品では前打音も複前打音も拍と同時に演奏します。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
“前打音付きアルペッジョ”も拍と同時に演奏する
複前打音の書式で書き下されていますが,これは前打音付きの右手のアルペッジョの一種です。
アルペッジョを弾いてから最後に前打音を弾くのが正しい奏法なのですが,間違えて前打音を先に弾いてしまう演奏者が多いため,ショパンはよく,葬送行進曲の11・12小節目のように,奏法をそのまま書き下して記譜していました。
ショパンの“右手のアルペッジョ”は拍と同時に演奏するのが正解です。
今回の録音では正しい奏法で演奏しました。
本当は同時に和音を抑えたかった・・・
上の譜例の和音ですが手が比較的大きい当サイト管理人でもギリギリ届かない和音です。
白鍵同士の11度ならギリギリ届くのですが,黒鍵と白鍵の増10度はギリギリ届かないんですよね・・・
届かないとはいってもしっかりと掴めないだけで,一応は届くので,大きな音を鳴らす必要がなければ同時に和音を抑えることができます。
ですので,1回目,の指示では和音を同時に抑えて演奏していますが,2回目以降,の指示では十分な音量を鳴らすために,アルペッジョで演奏しています。
本来ならば,ここはアルペッジョを用いずに,同時に和音を鳴らした方が,より格調高く和音が響きます。
今回の録音では手の大きさの限界から,理想の和音の響きを実現することができていません。
この和音を余裕をもってしっかりと掴めるような手を持っているピアニストは羨ましいです。
世の中には鍵盤の幅の小さいピアノも存在する(リンク先の「ショパンの時代はピアノの鍵盤が細かった!」の項を参照してください)そうですので,日本のピアノメーカーは,日本人に合わせて鍵盤の細いピアノを販売してくれても良いのにな・・・と思います。
ショパンの”下からのトリル”は拍と同時に弾きはじめる
ショパンの“下からのトリル”は拍と同時に弾きはじめます。
そうすることでテンポが崩れることなく,しゃくり(ベンドアップ)の効果がより際立ります。
また,不協和音が強烈な印象を残して響きます。
今回の録音ではこの奏法を忠実に再現して演奏しています。
中間部 ~稀代のメロディーメーカーショパンの遺した美しい旋律~
「ショパン」といえば,その美しい旋律の数々が代名詞と言っても良いでしょう。
たくさんの美しい旋律を生み出したショパンですが,『葬送行進曲』の中間部の旋律は特に美しさが際立っています。
儚げな美しい旋律は涙なくして奏でることはできません。
この美しい旋律には人為的なわざとらしい表情付けは一切不要です。
今回の録音ではただただ純粋に美しい音で旋律を奏でました。
ショパンの”短いトリル”は拍と同時に演奏する
ショパンは“短いトリル”の記譜に,3種類の記譜法を用いましたが,どれも奏法は同じです。
拍と同時に演奏します。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
“ターンで終わらせる下からのトリル” + “前打音”
ショパンの旋律の特徴の一つに,装飾音による「歌うような」旋律という際立った特徴を持ちます。
中でも,上の譜例の場面では装飾音が効果的に用いられています。
「こぶし」をまわしたり,「しゃくり(ベンドアップ)」を入れたり,といった効果が旋律に与えられ,まるでピアノが「歌うように」旋律を奏でます。
第4楽章 フィナーレ,プレスト 2分の2拍子
一切の表情付けを排した虚無の世界
第4楽章ですが,冒頭に sotto voce e legato;「声をひそめて,そしてレガートに」と書かれているのみで,アクセントやスラー,強弱記号,ペダリングなど一切のアーティキュレーションやデュナーミクの指示が書き込まれていません。
往年の名ピアニストたちはそれぞれの解釈で表情付けをおこない,表情豊かなロマン派の音楽として数々の名演を遺してきました。
しかし,当サイト管理人は,ショパンが意図的に「一切の表情付けを排除している」と考えています。
そこで,今回の録音では一切の表情付けを排して演奏しています。
表情付けを拝するために,テンポは遅め
一切表情を付けずに演奏するというのは,技術を要する,大変難易度の高い行為です。
そのため,一般に演奏されるテンポよりも若干遅いテンポで演奏せざるを得ませんでした。
本来ならば,今回の録音の1.2倍ぐらい速いテンポでの演奏がより望ましいです。
より技術のあるピアニストならば,当サイト管理人と同じ解釈で,もっと速いテンポで演奏することも可能だと思います。
いつか,そんな演奏を聴いてみたいと願います。
徹底してsotto voce e legato
この第4楽章の演奏ですが,sotto voce の指示があるにも関わらず,メゾ・フォルテぐらいの音量で演奏されることが多いです。
理由は単純で,Prestoの速いテンポで弾くためには,音量を抑えるのが難しいからです。
今回の録音ではテンポを若干遅く設定することで,徹底してsotto voce e legato で演奏しました。
また,アクセントなども付けず,一切のデュナーミクを排して演奏しています。
ピアノ上級者では,例えばスケールで音階を上がっていくときは自然とcresc.してしまいますし,音階を下るときには自然とdim.してしまいます。
今回の録音では,音程の上下による自然なcresc.やdim.も意識的に排除しています。
徹底して一定のテンポ
ピアノ上級者は,スラーなどが書かれていなくても,自然とフレージングを作ってしまいます。
無意識のうちにフレーズに分けて,前半に cresc.&accel. ,後半にdim.&rit.してしまうわけです。
今回の録音では徹底的に,テンポを一定に保ち,また音量も一定に保つことで,一切のフレージングを排除しました。
ショパン ピアノソナタ 第3番 ロ短調 Op.58【各楽章再生】
第1楽章 アレグト・マエストーソ 4分の4拍子
提示部は繰り返した方が良い
ピアノソナタOp.58では提示部の繰り返しを省略することが慣例となっています。
ショパンコンクールでも,提示部の繰り返しを省略することが推奨されています。
しかし,このピアノソナタは提示部を繰り返すことを前提に,再現部では第一主題が大幅に簡略化さています。
第1楽章全体の構成を考えると,提示部の繰り返しは必須であると考えています。
今回の録音では提示部の繰り返しを省略せずに演奏しました。
ショパンの”左手のアルペッジョ”は拍に先取りで演奏する
第1楽章では左手のアルペッジョが多用されています。
ショパンの作品では,低音部左手のアルペッジョは拍に先取りで演奏します。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
ショパンの”前打音”は拍と同時に演奏する
和音に“前打音”が付いているときに,ショパンは生徒に“前打音付きアルペッジョ”として演奏することをよく勧めていました。
エキエル版ではというように( )付きで示されています。
前打音として演奏するにしても,前打音付きアルペッジョとして演奏するにしても,拍と同時に演奏します。
今回の録音ではアルペッジョは用いずに”前打音”として演奏しました。
再現部では自筆譜の記譜を尊重して,136小節目の和音のみ”前打音付きアルペッジョ”として演奏しました。
ショパンの”右手のアルペッジョ”は拍と同時に弾きはじめる
ショパンの“右手のアルペッジョ”は拍と同時に弾きはじめます。
特に,上の譜例の場面では右手で2つの声部を弾き分けるのですが,
アルペッジョを正しい奏法で演奏することで,2つの声部を明瞭に弾き分けることができます。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
ショパンの”付点リズム&3連符”は同時に演奏する
ショパンは,3連符に,別の声部で付点リズムを重ねることがよくあります。
ソナタOp.58の第1楽章でも多用されています。
ショパンの作品では,タイミングをずらさずに同時に演奏します。
ただし,機械的に杓子定規にタイミングを揃えるのではなく,テンポ・ルバート(伴奏のテンポを一定に保ちながらメロディを自由に奏でる奏法)により発音のタイミングは自然とずれることになります。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
ショパンの”長いトリル” ~前打音のように見えるものは前打音ではない!~
ショパンの“長いトリル”ですが,前打音のようなものが付けられている場合がよくあります。
この前打音のように見えるものは前打音ではなく,トリルをどちらの音から弾き始めるのかを明示したものになります。
なお,ショパンの自筆譜では52小節目の長いトリルには,トリルの開始音が明記されていませんが,
エキエル版では( )付きで開始音が示されています。
ショパンの”長いトリル”は,開始音が明記されていない場合は主音(下の音)から弾き始めた方が良いと,当サイト管理人は考えています(下の参考記事内で議論済みです)。
また,160小節目の長いトリルは主音から弾き始めることが明記されていますから,52小節目でも弾き方を揃えるべきですので,エキエル版で示されている通り,主音(下の音)から弾き始めるのが正解です。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
下からのトリル,カデンツァ(任意の装飾音)
第二主題,そして提示部・再現部の終わり頃に,カデンツァ(任意の装飾音)が書かれています。
カデンツァは小さな音符で奏法そのままに記譜されている装飾音です。
54小節目などでは大きな音符で記譜されていますが,これも装飾音として演奏されるべき音群になります。
これら小音符は,主要な音符が作り出す音楽の骨格から飛び立ち,そのはるか上方で旋回する音群です。
軽く,なめらかに,明らかに違う音色で演奏されなければなりません。
また,カデンツァはあわてずにゆったりと演奏されます。
ショパンはテンポ・ルバートとは別に,自然なテンポの揺れも重要視していました。
カデンツァがゆったりと演奏されることで,リテヌートやリタルダンドなどの演奏指示がなくても,自然なテンポの揺れが発生します。
ショパンのカデンツァについては簡単には解説ができませんので,ぜひ下の参考記事もあわせてご覧ください。
ここにはカデンツァだけでなく“下からのトリル”も使われています。
ショパンの“下からのトリル”は拍と同時に弾きはじめます。
そうすることで,旋律にしゃくり(ベンドアップ)の効果があらわれ,さらには不協和音が美しく響きます。
“下からのトリル”は展開部の低音域にも出てきますが,同じように拍と同時に弾きはじめます。
この場面では不協和音が強烈な印象を与えます。
今回の録音ではこれらの装飾音も正しい奏法で演奏しています。
ショパンの”前打音”は拍と同時に演奏する
ショパンの“前打音”は拍と同時に演奏します。
なお,同じ音を繰り返す前打音は先取りで演奏するのが正解なのですが,
63小節目の前打音は,”前打音付きアルペッジョ”の形になっていますので,
今回の録音では63小節目の前打音も拍と同時に演奏しました。
ショパンの”短いトリル”は拍と同時に演奏する
ショパンの“短いトリル”は拍と同時に演奏します。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
提示部と再現部の違いを明確に表現する
提示部と再現部では細かな違いが散りばめられています。
今回の録音ではこれらの違いも明確に弾き分けました。
なお,前打音はすべて拍と同時に演奏します。
今回の録音では装飾音も正しい奏法で演奏しています。
第2楽章 スケルツォ,モルト・ヴィヴァーチェ 4分の3拍子
主部と中間部のテンポは変えない
主部を高速で弾き飛ばし,中間部を思いっきりソステヌートする演奏がありますが,
ショパンはそのような指示は書いていません。
今回の録音では,中間部もテンポを変えずに演奏しています。
主部はleggiero,中間部はペダル「なし」でlegato
主部と中間部はテンポの違いではなく,leggieroとlegatoによって対比されます。
中間部はペダルを使用せずに音が長く持続されるように,工夫されて見事に組み立てられています。
今回の録音ではペダルの指示も忠実に守りながら,leggieroとlegatoの対比を明確に演奏しました。
第3楽章 ラルゴ 4分の4拍子
Cantabile;歌うように,表情豊かに
ショパンはどんな作品でも,歌うように旋律を奏でることを求めていました。
ショパンの作品では cantabile と書いていなくても,カンタービレで演奏するのは当然といえます。
ショパンは”葬送行進曲”の中間部にも,”別れの曲”にも,cantabile とは書き込んでいません。
そんなショパンがあえて「cantabile」と書き込んでいます。
演奏者はもてる技術の全てをもって最大限「歌うように,表情豊かに」演奏しなければなりません。
ただし,テンポをくねくねと変化させるネチっこい演奏はショパンのスタイルではありません。
伴奏のテンポは一定に保たれながら,とはいえ機械的にテンポを一定にするのではなく,自然なテンポの変化も伴いながら,わざとらしくなく,繊細・優美に,Nobleに旋律を奏でなければなりません。
美しい旋律 ~装飾音の奏法が重要~
ショパンの旋律が特別に美しい理由の一つに,装飾音の効果的な使用があります。
ショパンの旋律を美しく奏でるためには,装飾音の正しい奏法が重要となります。
第3楽章の旋律にも,前打音,アルペッジョ,長いトリル,カデンツァが使われています。
これらの奏法については,繰り返しになりますので省略いたします。
この記事を再度振り返っていただいたり,下の参考記事をご覧になったりしてください。
今回の録音では,これら装飾音の奏法も忠実に再現しています。
中間部は sostenuto
第3楽章の中間部は長大です。
そのため,往年の名ピアニストたちは中間部のテンポを速くすることで,聴衆に退屈に感じさせないようにしていました。
最近でも中間部は速いテンポで演奏されることが多いです。
しかし,ショパンは釘を刺すように”sostenuto”と記入しています。
ピアノソナタ全体のバランスを考えたときに,第3楽章の長大さ(悪く言えば冗長さ)は重要です。
今回の録音では中間部もテンポを変えることなく演奏しました。
中間部最後の和音
中間部最後の和音はアルペッジョなしで同時に抑えることで,言葉にしがたい美しい響きとなります。
幸い,日本人としては大きい手をもつ当サイト管理人はアルペッジョなしでこの和音を抑えることができます。
ショパンの”付点リズム&3連符”は同時に演奏する
ショパンは,3連符に,別の声部で付点リズムを重ねることがよくあります。
第3楽章の再現部でも,このリズムが出てきます。
ショパンの作品では,タイミングをずらさずに同時に演奏します。
ただし,機械的に杓子定規にタイミングを揃えるのではなく,テンポ・ルバート(伴奏のテンポを一定に保ちながらメロディを自由に奏でる奏法)により発音のタイミングは自然とずれることになります。
今回の録音では正しい奏法で演奏しています。
第4楽章 フィナーレ,プレスト・マ・ノン・タント 8分の6拍子
イン・テンポで走り続けることによる,推進力と迫力
第4楽章は A – B – A – B – A – コーダ というロンド形式になっています。
一見すると,右手が高速のパッセージを弾き続ける「B」部分の方が難しく思えますが,
実際はロンド主題「A」の方が演奏難易度が高く,高い演奏技術を要します。
特に最後のロンド主題の6連符による左手伴奏はショパンの作品の中でも最難関といえます。
広い音域にわたって,Prestoかつフォルテで弾き続けるのは大変です。
そのため,ロンド主題,特に最後のロンド主題はテンポを落として演奏されることが多くなります。
しかし,ショパンはそのような指示は一切書き込んでいません。
イン・テンポで最後まで走り続けるのは,この楽章の表現の肝です。
今回の録音では最後までテンポをゆるめずに徹底してイン・テンポで演奏しています。
“前打音”は拍と同時,”左手のアルペッジョ”は最低音を拍よりも先取りで演奏する
装飾音の奏法については繰り返しになりますので,この記事を見返していただくか,下の参考記事をご覧ください。
今回の録音では装飾音の奏法も忠実に再現しています。
難易度の高い場面でも,当たり前の基本をきっちりと
難易度の高い場面では,演奏の基本が蔑ろになりがちです。
例えば,音階を上がるときは若干クレッシェンドし,音階を下るときは若干ディミヌエンドするのは,演奏の基本中の基本といえます。
指がよく動く技術の高いピアニストであっても,こういった基本がおろそかになっていることがあります。
右手の速いパッセージでは,ショパンは釘をさすように,当たり前の基本をしっかりと記譜しています。
最後のロンド主題の左手の分散和音による伴奏も,基本を守った自然な演奏であるべきです。
しかし,最低音をドカン,ドカンと打ち鳴らすような下品な演奏もよく耳にします。
今回の録音では,第1楽章の冒頭から最終楽章の最後まで,こういった基本もおろそかにしない演奏をこころがけました。
今回は以上です!