演奏は当サイト管理人,林 秀樹です。
アマチュアのピアニストの演奏ですので,至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
- ショパン練習曲集 Op.25【12曲全曲再生リスト】
- ショパン 練習曲集 Op.25【各曲再生】
- 第1番 変イ長調 『エオリアン・ハープ』 Etude in A-flat major ‘Aeolian Harp’
- 第2番 ヘ短調 Etude in F minor ‘The Bees’
- 第3番 ヘ長調 Etude in F major ‘The Horseman’
- 第4番 イ短調 Etude in A minor ‘Paganini’
- 第5番 ホ短調 Etude in E minor ‘Wrong Note’
- 第6番 嬰ト短調 Etude in G-sharp minor ‘Thirds’
- 第7番 嬰ハ短調 Etude in C-sharp minor ‘Cello’
- 第8番 変ニ長調 Etude in D-flat major ‘Sixths’
- 第9番 変ト長調『蝶々』 Etude in G-flat major ‘Butterfly’
- 第10番 ロ短調 Etude in B minor ‘Octave’
- 第11番 イ短調 『木枯らし』 Etude in A minor ‘Winter Wind’
- 第12番 ハ短調 『大洋』 Etude in C minor ‘Ocean’
ショパン練習曲集 Op.25【12曲全曲再生リスト】
作品の解説や演奏のポイントなどは別記事にまとめていきます。
この記事では,演奏を録音したときの苦労話などを日記感覚で綴ります。
ショパンの意図に忠実な参考演奏動画【練習曲集Op.10】の記事にも書きましたが,
ショパンの意図に忠実な演奏≒エキエル版に忠実な演奏の参考動画を録音する企画において,
最大の難関がショパンのエチュードです。
一つの超絶技巧を延々と繰り返す難しさ
どんな作品でも,弾きにくい場所や,難易度の高い場所はあるものです。
どれも技術的に弾きにくく,難易度の高い場面です。
が,このような弾きにくい場面がずっと続くわけではありません。
ここぞという場面で集中力を高めて乗り切ることができます。
ところが,ショパンのエチュードは,難易度の高いある一つの超絶技巧を最初から最後まで,2~4分にわたって延々と繰り返します。
1~2回繰り返すだけでも大変な超絶技巧を,何十回も繰り返す大変さがあります。
同じ神経,同じ筋肉を使い続けなければなりません。
最初から最後まで緊張感を解くことができません。
難易度の高い練習曲といえば,リストの練習曲も思い浮かびますが,
リストの練習曲は弾きにくいところもあれば,弾きやすい場面も適度に配置されており,
弾きにくいところをきっちり練習していれば,1曲を弾ききるのはそんなに大変ではありません。
ショパンの練習曲は集中力を切らす瞬間がない大変さがあります。
メトロノームによる速度指示
ショパンの練習曲が難しい最大の理由は,メトロノームによってテンポが指定されているところです。
本来はメトロノームの指示が書かれていたとしても,生真面目に従う必要はありません。
メトロノームの指示によって,ショパンがどういった表現を求めているのか,ショパンの意図を汲み取って演奏表現することが重要です。
テンポだけでなく,アーティキュレーションや強弱,ペダリング,タッチの軽さ・重さ,リズムの鋭さ,休符の長さ等々によって,音楽から感じられる速さの印象は大きく変化します。
音楽の速さはテンポだけで決まるものではないのです。
しかし,ショパンの意図を忠実に再現するための参考演奏資料ですから,ショパンがメトロノームによる指示を書き込んでいるなら,メトロノーム通りのテンポによる演奏を実現する努力が必要になります。
ショパンの練習曲集は,芸術性が高いために忘れてしまいそうになりますが,
ショパンの練習曲は,あくまでも『練習曲』であることを忘れてはなりません。
指の訓練,練習,という側面もありますし,
当時の最先端で発展途上にあったピアノという楽器の可能性と,ショパン独自のピアノメソードを具現化した作品です。
「ピアノっていう楽器は,こんなスゴイことができるんですよ! スゴイでしょ!」と音楽界・芸術界に知らしめる野望に満ちた作品です。
ピアノってこんなにスゴイ楽器なんですよ!
ポーランドを出てパリにやってきた若きショパンの意欲と意気込みは,メトロノームで指定されたトンデモない速さの指示からも感じ取れます。
ここまでの,この記事の内容は,ショパンの意図に忠実な参考演奏動画【練習曲集Op.10】の記事に書いた内容と同じですが,ここからは内容を追加しています。
Op.10-12『革命』やOp.25-1『エオリアン・ハープ』,Op.25-12『大洋』など,ショパンの練習曲の中でも「そんなに難易度が高くない」と言われている作品もありますが,
これらの作品もショパンがメトロノームで指定した速さで弾いてみると,Op.10-1やOp.25-6に匹敵する難曲であることがわかります。
Op.10-10やOp.10-11,Op.25-5の中間部なども,「そんなに難易度が高くない」と思われがちですが,
ショパンがメトロノームで指定したテンポで演奏しようとすると,高度な演奏技術が求められていることが分かります。
Op.25-11『木枯らし』は確かに難曲として広く認識されていますが,
演奏不可能な作品とは思われていません。
Op.10-1やOp.25-6と比べれば,まだ弾きやすい作品だと思っている方が多いでしょう。
しかし『木枯らしのエチュード』をショパン指定のテンポで演奏しようとすると,
人間の運動能力の限界を超えた超高速が求められる作品であることに気づかされます。
そして,世にあふれる一流ピアニストたちの『木枯らしのエチュード』の演奏が,
『安全運転』の演奏であることにも気づかされます。
ショパンの指定の速さで演奏するとどのような音楽になるのか。
ぜひとも,実際に耳で聴いてみたいものです。
何度も録りなおすことで,ショパンのメトロノーム指定を実現します。
本来,練習曲集の12曲は連続で演奏されるべきです。
しかし今回は,1曲ごとに何度も録音をやりなおすことで,
ショパンのメトロノームによる指定を再現するよう努力しました。
作品によっては,何十回どころか,100回以上も録音をやり直しました。
苦労の末完成した録音です。ぜひお聴きください!
映像は自筆譜や写譜など原典資料,演奏はエキエル版
画面に表示している画像は,自筆譜や写譜などの原典資料ですが,
演奏はエキエル版を使用しています。
資料映像として使用した原典資料
- Op.25-1 ショパンの自筆譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,ショパン自身の手による清書。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。 - Op.25-2 グートマンによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Adolphe Gutmannによる写譜(印刷原稿用の清書),
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
Op.25-2はショパンの自筆譜も2種類遺されていますが,ショパンの最終的な意図が反映されているグートマンの写譜を資料映像としました。 - Op.25-3 グートマンによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Adolphe Gutmannによる写譜(印刷原稿用の清書),
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
なお,ショパンの自筆譜は失われています。 - Op.25-4 フォンタナによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Julian Fontanaによる写譜(印刷原稿用の清書),
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
Op.25-4はショパンの自筆譜も遺っていますが,ショパンの最終的な意図が反映されているフォンタナの写譜を資料映像としました。 - Op.25-5,Op.25-6 フォンタナによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Julian Fontanaによる写譜(印刷原稿用の清書)。
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
なお,ショパンの自筆譜は失われています。 - Op.25-7 グートマンによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Adolphe Gutmannによる写譜(印刷原稿用の清書),
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
なお,ショパンの自筆譜は失われています。 - Op.25-8 ショパンの自筆譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,ショパン自身の手による清書。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。 - Op.25-9,Op.25-10,Op.25-11 グートマンによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Adolphe Gutmannによる写譜(印刷原稿用の清書),
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
なお,ショパンの自筆譜は失われています。 - Op.25-12 フォンタナによる写譜
ドイツ初版の原稿として書かれた,Julian Fontanaによる写譜(印刷原稿用の清書)。
ショパンの手による校正も加わっています。
ワルシャワのポーランド国立図書館が所蔵。
なお,ショパンの自筆譜は失われています。
ショパン 練習曲集 Op.25【各曲再生】
第1番 変イ長調 『エオリアン・ハープ』 Etude in A-flat major ‘Aeolian Harp’
一般的にゆっくりとしたテンポで演奏されるため,ショパンの作品の中でも演奏が容易な作品だと認識されています。
しかし,ショパン指定のテンポで演奏するとなると,高度な演奏技術が求められる作品です。
今回は,ショパン指定のテンポ通り演奏しました。
ショパン指定のテンポで弾くと,細かいたくさんの音符が絵の具のように混ざり合って美しい色彩をはなちます。
最後の2小節は,正しい奏法で装飾音を弾くことで,ピアノが自然に美しく鳴ります。
第2番 ヘ短調 Etude in F minor ‘The Bees’
決して演奏の難しい作品ではありませんが,
ペダルを極力使わわずにmolto legatoで演奏するのは簡単ではありません。
音量の小さな場面が続きますが,あまり軽いタッチで弾いてしまうとleggieroになってしまいます。
今回はノン・ペダルでレガートな演奏を実現させました。
左手の3拍子に引きづられないように,右手を2拍子で演奏するのも実は結構難しいです。
右手と左手を完全に独立させ,かつ互いに合奏・協演させないといけません。
これも上手く表現できたと思います。
第3番 ヘ長調 Etude in F major ‘The Horseman’
普段あまり弾かない曲なので,録音には苦労しました。
この曲は数十回録りなおしています。
最初から最後まで,ずっと同じ音型を繰り返し弾くので集中力をもたせるのが大変です。
しかも,手の開き具合が頻繁に変わるので音を外しやすいです。
冒頭から裏拍にアクセントを入れてしまう演奏が多いです。
2音がスラーで繋がれていたら「ターラン,ターラン,・・・」というように,
「重い→軽い」と演奏するのが自然です。
そして,29小節目からは裏拍にアクセントが移動します。
このアクセントのちがいを明確にして演奏しました。
また,ペダルをなんとなく踏んでいる演奏も多いです。
ショパンはペダル指示を丁寧に記譜していて,ペダルを短く踏み変える場所と,ペダルを長く踏んでピアノを豊かに響かせる場所を明確に指示しています。
今回は,ショパンのペダル指示を忠実に再現しています。
第4番 イ短調 Etude in A minor ‘Paganini’
この曲も普段あまり弾かない曲なので,録音には苦労しました。
弱音で,鋭いスタッカートを弾くのが難しいです。
左手伴奏は音域広い跳躍をくりかえすので,勢いあまって雑に大きな音が出てしまいそうになります。
そうなると,ハンガリー舞曲のようになってしまい,ショパンらしい気品がなくなり,大衆色の濃い演奏となってしまいます。
何度録音しても納得できず,50~60回録りなおしました。
最後のアルペッジョを正しい奏法で演奏していますので参考にしていただければと思います。
第5番 ホ短調 Etude in E minor ‘Wrong Note’
一般的にはエチュードの中では演奏が容易な曲だと認識されています。
中間部がかなり遅いテンポで演奏されているからでしょう。
この中間部をショパン指定テンポでしかもleggieroで演奏するのは,かなり難易度が高いです。
ショパン指定のテンポですと,中間部の後半,右手が16音符になるところでは,
ショパンのエチュードの中でも屈指の演奏の難しい場面となります。
しかもleggierissimo。
この中間部ですが,一般的な遅いテンポの演奏と比べて,ショパン指定のテンポで演奏すると,まるで違う輝きが生まれます。
今回はこの中間部がなかなか上手くいかず,結局何十回も録音をやりなおしました。
そのかいあって,理想的な中間部の録音を残せたと思います。
主部(と再現部)もleggieroの指示ですが,上手く表現できていると思います。
アルペッジョと前打音が多用されている作品です。
今回の録音は正しい奏法を心がけていますので,参考にしていただければと思います。
第6番 嬰ト短調 Etude in G-sharp minor ‘Thirds’
若い頃,かなり練習した作品です。
この曲を弾きたいがために,しばらくのあいだずっと3度の練習ばかりしていました。
ピアノの前に座っていないときも,机の上,ひざの上,指をおける場所さえあれば,ひたすら3度の指の動きを繰り返し訓練していました。
おかげで,手を机の上に置いていると,意識しないと勝手に指が3度を弾き始めるというヘンなクセがついてしまいました。
今でも手を机の上に置くと,指が勝手に動き出します。
得意な曲ではあるのですが,それでも手本として聴いていただくような録音を残そうと思うと大変でした。
この曲は100回前後録りなおして,ようやく納得いく録音を残すことができました。
3度の連続は,上の音さえハズさず鳴らしていれば,下の音は多少ミスして音が鳴らなくても音楽は崩れないので,ごまかして演奏しやすいです。
かくいう当サイト管理人も,普段はかなりごまかして演奏しています。
また,アゴーギクやルバートを効かせた上級者の演奏に見せかけることで,
弾きにくい場所をゆっくり弾くというごまかしテクニックもあります。
この,ごまかしテクニックも,当サイト管理人は普段よく使っています。
今回は参考としていだく演奏記録をのこすという目的がありましたので,
いっさいのごまかしテクニックを封印して,真正面から録音に取り組みました。
何度も録りなおした末,インテンポで,3度のすべての音が楽譜通りにちゃんと鳴っている録音が残せました。
テンポもショパンの指定どおりです。
第7番 嬰ハ短調 Etude in C-sharp minor ‘Cello’
この作品も,かなりゆっくり演奏されることが多いです。
今回は,ほぼショパン指定のテンポ通りに演奏しました。
ショパン指定のテンポで演奏した方が,ショパンらしい高潔な美しさが感じられます。
ゆっくり,ねっとり,という演奏はショパンらしくないです。
この曲は不自然にテンポをゆらして,くねくね,ねちねちと,下品な演奏をする方も多いです。
ショパンのテンポ・ルバートは,伴奏はインテンポに保たれることで,ショパンらしい上品さが生まれます。
このあたりも上手く表現できていると思います。
他の作品以上に,旋律を歌い上げる作品では装飾音の正しい奏法が重要となります。
前打音,トリル,任意のカデンツァ,下からのトリル,アルペッジョなど,いろいろな装飾音が出てきます。
参考演奏動画として,装飾音も正しい奏法で録音していますのでぜひ聴いてみてください。
第8番 変ニ長調 Etude in D-flat major ‘Sixths’
普段からよく弾く曲です。
ショパンの変ニ長調は最高です。
Op.25-6と同様,普段は”ごまかしテクニック”を使って演奏しているため,
ちゃんとした録音をのこそうと思うと大変な作品でした。
今回は奇跡的に7~8回弾いたところで満足行く録音が残せました。
たまたま上手くいきましたが,この曲もOp.25-6同様,100回録りなおしの可能性があった作品です
ほんの1分ほどの作品にショパンの魅力がぎゅっと濃縮してこめられた珠玉の名曲です。
第9番 変ト長調『蝶々』 Etude in G-flat major ‘Butterfly’
Op.25-8,Op.25-9の2曲を連続で演奏するのは,
ショパン愛好家にとっては至福のときです。
2曲ともショパンの魅力がぎゅっと濃縮された珠玉の名曲です。
当サイト管理人もこの2曲が大好きで,何度繰り返し聴いても飽きることがありません。
第10番 ロ短調 Etude in B minor ‘Octave’
一般的に中間部がかなり遅いテンポで演奏される作品です。
今回はほぼショパンの指定テンポ通りに演奏しました。
一般的に広まっている遅いテンポの演奏を聞き慣れていない文化圏の方に,
一般的な遅いテンポの演奏と,ショパン指定のテンポ通りの演奏とを聴き比べて,どちらが良いかアンケート調査をしてみたいです。
ショパン指定のテンポ通りに演奏したほうが格段に格調高く,ショパンらしい気高さと儚さの満ちた美しい演奏となります。
主部(と再現部)もショパン指定のテンポより遅く弾かれる傾向にあります。
弾きにくいところだけゆっくり弾いて,アゴーギク・ルバートを効かせた上級者の演奏だと思わせるような演奏も多いです。
慣れれば弾きやすい,などとよく言われていますが,上手くごまかして演奏しているからでしょう。
今回の録音は,主部(と再現部)もショパンの指定どおりのテンポで,インテンポで弾いています。
ショパンのペダル指示は少なく,暗にペダルをあまり使用しないように,という指示がされています。
ちょっとダンパーペダルを踏み込んで力を入れると,簡単に派手で乱暴な演奏になります。
今回の録音では,ショパンらしいNobleな演奏が実現できていると思います。
第11番 イ短調 『木枯らし』 Etude in A minor ‘Winter Wind’
更新履歴に書いていますが,というショパン指定の驚愕のテンポでの演奏を実現させようと,数日間奮闘しましたが,結局は無理でした。
指定のテンポをあきらめ,それでもできるだけ指定のテンポに近づけようとして,たどりついたのは,2分音符=58ぐらいのテンポでした。
偶然か,必然か,ボリーニやアシュケナージなど,テクニックのすぐれた一流ピアニストたちが演奏しているテンポとほぼ同じになりました。
これぐらいのテンポが人間の限界なのかもしれません。
もっと乱暴に,雑に演奏すれば,もう少しテンポを速めることもできますが,
それではショパンの演奏ではなくなってしまいます。
ショパンらしい繊細さ,上品さを保ちつつ,できるだけ速いテンポで,となると,
2分音符=58ぐらいが限界です。
数小節ならでも弾くことができますが,
まるで新しい世界への扉が開かれたように,
異次元の音楽になります。
無理だとは分かっていても,やはりショパン指定のテンポで演奏するべき作品だと思います。
コンピュータへの打ち込みによる演奏ならいくらでもテンポを速くすることができますし,
編集ソフトで「◯◯倍速」に編集することも可能です。
しかし,どうやっても不自然な演奏・録音になってしまいます。
いつかショパン指定のテンポでの,しかもショパンらしい気品に満ちた演奏を聴いてみたいです。
若く才能あるピアノ学習者,未来の一流ピアニストたち,
ぜひ,チャレンジしてほしいと思います。
第12番 ハ短調 『大洋』 Etude in C minor ‘Ocean’
練習曲集の最後にふさわしい,壮大な作品です。
ショパン指定のテンポより遅く弾かれることの多い作品ですが,
今回はショパンの指定したテンポの通り演奏しています。
ショパン指定のテンポで,音をハズさず演奏するのはかなり難しいです。
Op.10-1に匹敵する難易度です。
後述しますが,フォルテで弾き続けるため,
Op.10-1より格段に筋肉が疲労します。
恣意的に,わざとらしく,ピアノ(弱音)にする瞬間をつくる演奏が多いです。
デュナーミクを効かせた上級者の演奏に見せかけて,筋肉の疲労を回避するごまかしに過ぎません。
譜面を見たら分かるとおり,この曲は,最初から最後までクレッシェンドし続ける作品です。
最初から最後まで音量を上げ続けることは,この作品の演奏の肝です。
曲中,2回だけショパンがディミヌエンドを書き込んでいますが,
フレーズに合わせた自然なディミヌエンドであって,
極端に音量を下げる指示ではありません。
冒頭f;フォルテで始まります。
短調でf,情熱的に始まり,中間部では長調になります。
少し音量を落として,演奏するのが自然ですし,実際にそのように演奏されることが多いです。
しかし,ショパンはそういった常識的な演奏になってしまわないようにと,釘を差すようにfをわざわざ書き込んでいます。
中間部の後半,12小節にわたって息の長いクレッシェンドが続きます。
このクレッシェンドがはじまるときに,いったん音量を落としてからクレッシェンドを始める演奏者が多いですが,ショパンはそんな指示をいっさい書き込んでいません。
fのまま中間部後半に突入して,そこからさらに音量を上げていかないと,
音量を上げ続ける,という作品の重要な方向性が崩れます。
中間部後半はクレッシェンドを続けとうとうffとなります。
その後,ffからさらにクレッシェンドして再現部に入るのですが,
再現部に入る直前に,わざとらしく音量を落としてから再度クレッシェンドをして再現部に入るような演奏が多いですが,ショパンはそんな指示を書いていません。
ffから,さらにクレッシェンドさせて再現部に入るのがショパンの指示です。
再現部の後半,57小節目から再び息の長いクレッシェンドが記譜されています。
ここも,わざとらしくいったん音量を落としてからクレッシェンドする演奏者が多いです。
ここまでと同様に,上げ続けてきた音量をそのままに,さらにクレッシェンドさせていくのがショパンの意図です。
クレッシェンドの果てに,il piu forte possibile 可能な限りのフォルテの指示が書かれています。
そして,最後はfffフォルテシッシモに至ります。
fffは,ショパンはめったに書き込まない,特別な指示です。
「可能な限りのフォルテ」を超えた,さらなる特別な音量であるfffを持って,作品が終わります。
今回の録音では,クレッシェンドし続けるというショパンの意図を十分に再現できたと思います。
これだけフォルテで弾き続けると,どれだけ脱力を意識しても,筋肉が疲れます。
他の作品のように何度も弾きなおすのが肉体的に無理なため,
録音には数日かかりました。
ショパン指定のテンポでの演奏を実現しようとすると,
頻繁にミスタッチしてしまうため,
かなりの回数録りなおしています。
今回は以上です!