ショパンの作品の中でも屈指の人気曲,ノクターンOp.9-2のすべてを解説します!
特に,ショパンが生徒の楽譜に書き込んだヴァリアント(変奏)の詳細な解説をしていますので,ぜひご覧になってください。
ノクターン全般の解説については『ショパン ノクターン(夜想曲)【概要と作品一覧】』をご覧ください。
【2021年8月21日一部書き直し】
Op.9-2のフランス初版が信頼できない版のような書き方になっていたため,修正しました。
パリにやってきたばかりのショパンはマジメにフランス初版の校正作業に取り組んでいるため,この頃のフランス初版は信頼できる一次資料になります。
当サイト管理人,林 秀樹の演奏です。
音楽資料とするための演奏なので,ヴァリアントは一切入れず,フランス初版に忠実に演奏しています。
- ショパン ノクターンOp.9-2 概要
- ショパン ノクターンOp.9-2 についてのエピソード
- ショパン ノクターンOp.9-2 構成
- ショパン ノクターンOp.9-2 発想記号・速度記号
- ショパン ノクターンOp.9-2 原典資料
- ショパン ノクターンOp.9-2 楽譜による違い
- ショパンの装飾音を正しく演奏しよう!
- ショパンがヴァリアントを書き遺した箇所
- ショパンが遺したヴァリアント【小節ごとに分類】
- ①2小節目~ヴァリアントは2種類~
- ②4小節目~ヴァリアントは3種類~
- ③5小節目~ヴァリアントは1種類~
- ④6小節目~ヴァリアントは1種類
- ⑤7小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑥8小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑦13小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑧13小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑨14小節目~ヴァリアントは2種類~
- ⑩⑪15小節目~ヴァリアントはそれぞれ1種類~
- ⑫15小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑬16小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑭21小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑮21小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑯21小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑰22小節目~ヴァリアントは4種類!~
- ⑱23小節目~ヴァリアントは1種類~
- ⑲23小節目~ヴァリアントは2種類~
- ⑳24小節目~ヴァリアントは2種類~
- ㉑26小節目~ヴァリアントは1種類~
- ㉒31小節目~ヴァリアントは2種類~
- ㉓32小節目~ヴァリアントは1種類~
- ㉔32小節目~ヴァリアントは2種類~
- ㉕34小節目~ヴァリアントは3種類~
- ショパンのヴァリアントが遺されている楽譜
ショパン ノクターンOp.9-2 概要
- 作品番号;Op.9-2 *Op.9-2はショパン自身がつけた作品番号です。
- BI54 *BI54はモーリス・ブラウンが作成した作品目録の番号です。
- 作曲年;1830年~31年 *ショパン20才~21才の作曲
- 形式;ノクターン *夜想曲
- 調性;変ホ長調 (独)Es-Dur (英)E flat major
- 初版;
- フランス初版;パリ,M.シュレサンジェ,1833年
- ドイツ初版;ライプツィヒ,F.キストナー,1832年
- イギリス初版;ロンドン,C.ウェッセル,1833年
- 献呈;マリー・プレイエル
- ショパンが生涯愛したピアノ制作会社プレイエルの社長であり,ショパンの友人でもあったカミーユ・プレイエルの夫人です。
- カミーユ・プレイエル本人は,後に前奏曲集Op.28を献呈されています。
- カミーユ・プレイエルは,ショパンのパリでの演奏活動を全力で支援していた人物です。
1832年に,ショパンのパリデビューリサイタルが開かれたのも,プレイエルが好意で準備したプレイエル・ホール (サル・プレイエル) でした。
広い会場での演奏を嫌っていたショパンは,コンサートホールでのリサイタルは数えるほどしか行っていません。
そのうちのほとんどは,プレイエル・ホール (サル・プレイエル) で開催されています。 - 1837年には,マリア・ヴォジニスカに婚約を破棄されたショパンを元気づけるために,ロンドンまで一緒に旅行しています。
- ショパンの葬儀に際しては,ドラクロワやフランショームらと共に,ショパンの棺を担ぎました。
- ショパンの墓石を発案したのもプレイエルです。
ショパンの曲の中で,最もよく知られた曲の一つです。
ショパンの死後も,ヴァイオリン,チェロ,声楽など,たくさんの編曲が作られました。
アニメ,ゲーム,テレビCM,ジャズの演奏などでも頻繁に使われています。
往年の名ヴァイオリニスト,ハイフェッツがショパンのノクターンOp.9-2をヴァイオリンで演奏しています。
ピアニストにとっても,ヴァリアントを入れて演奏する際の参考になる名演です。
繰り返されるエレガントでキャッチーな旋律は聴くものの耳に残ります。
貴婦人の集まるサロンで,ろうそくの光にほのかに照らし出されたピアノの前に静かに目を伏せて,囁くように夢見るような柔らかいタッチで演奏するショパンの姿が思い浮かぶようです。
ショパンの作品の中では比較的容易に演奏可能な曲です。
ショパンの入門曲としてピッタリの名曲です。
はじめて練習したショパンの曲が,この曲だという人も多いでしょう。
初版の出版直後から,大変人気のあった曲です。
ショパンにこの曲のレッスンをしてもらった生徒もたくさんいて,
ショパンがレッスン中に書き込みをのこした楽譜が,たくさん遺されています。
これら,ショパンの生徒の楽譜には,指遣いや注意書き,ミスの修正に加えて,生徒の演奏技術にあわせて,多種多様なヴァリアント(変奏)が書き遺されています。
ショパン ノクターンOp.9-2 についてのエピソード
「君のノクターンとマズルカはライプツィヒで再版され,数日で売り切れたよ」
1833年4月13日,父ニコラスからフレデリックへ宛てた手紙より。
「お兄様が2つ目のノクターンを上手に弾くことが期待している,と書いていたので,私は毎日楽しく練習しています」
1834年ワルシャワの妹イザベラからフレデリックへ宛てた手紙より。
「ショパンは,最初に伴奏だけを両手で弾くように指示しました。正確に整ったピアノ(小さな音)で,完全に均一なテンポで伴奏が奏でられるようになると,次は左手のみで同じように伴奏を練習させました。右手で旋律を合わせるときにも,左手の伴奏は引きずられることなく正確なテンポを保つことを求めました。
右手の旋律は表現力豊かに歌われましたが,大げさなものではなく,節度のある上品なものでした。
2回目の変奏(13小節目から)は1回目よりもゆっくりと,3回目の変奏(21小節目から)はさらにゆっくり演奏されました」
ヴィルヘルム・フォン・レンツ(*ロシア国籍でドイツ人の作家。ショパン,リスト,ベルリオーズなどと親交があった。ショパンの生徒の一人でもあった)著。ショパンに関する論文より。1872年9月18日。
「ショパンは私の楽譜に,小さな,でも私にとってはとても大切なヴァリアントをいくつか書き込みました」
ヴィルヘルム・フォン・レンツ著。ショパンに関する論文より。1872年。
「グートマンは多くの装飾を施して2回目,3回目の主題を演奏しました。また,終結部分も別の形に変えられていました。グートマンは,ショパンは常にこうやって演奏した,と述べました」
フレデリック・ニークス(ショパンやシューマンの伝記で知られたドイツの作家)。1888年。
ショパン ノクターンOp.9-2 構成
変ホ長調,アンダンテ,8分の12拍子
最後の2小節をのぞいて,すべて4小節のフレーズで作られています。
AーA1ーB1ーA2ーB2ーA3ーC1ーC2ーコーダ,という構成です。
ロンド形式に近いですが,ロンド形式よりも現代のpop musicのような形式です。
簡素で分かりやすい構成です。
B部分は変ロ長調です。
ショパンは,ピアノを教えていた生徒たちの楽譜に数多くのヴァリアントを書き遺しています。
しかし,B1,B2,C1にはヴァリアントを書きのこしていません。
ヴァリアントを入れて演奏する演奏者には,B1,B2,C1にはヴァリアントを入れないのが望ましい,というのを覚えておくと良いでしょう。
ショパン ノクターンOp.9-2 発想記号・速度記号
冒頭,速度の指示はAndanteなのですが,メトロノームによる指定もあります。
その指定は,驚きの「4分音符=132」!
実際にその通り演奏すると,数倍速で早送りしている状態になります。
おそらく「8分音符=132」が正解だと思います。
「8分音符=132」でも速すぎるぐらいですので,実際はもう少しゆったりと演奏しても良いと思います。
当サイト管理人は8分音符=120ぐらいで演奏します。
一番最後,34小節目にppp(ピアニシッシモ)が出てきます。
ショパンがpppを使うのは大変めずらしいことです。
- 冒頭
- espress.;=espressivo,表情豊かに
- dolce;甘く,やわらかく
- 速度を落とす指示
- 10小節目 poco rit.;=poco ritardando,少しだけだんだん遅く(なる)
- 12小節目 poco rallent.;=poco rallentando,少しだけだんだん遅く(する)
- 20小節目 poco rall.;=poco rallentando
- 32小節目 rall.;=rallentando
- 26小節目 poco rubato;=poco tempo rubato,少しだけテンポを自由に変化させて
- 27小節目 dolciss.;=dolcissimo,dolceの最上級,大変甘く柔らかく
- 30小節目
- con forza;力強く
- stretto;だんだんせき込んで,緊迫して速く
※accelerandoではありません。accelerandoは加速の指示ですが,strettoは速くすることよりも,切迫した感じを表現するようにという指示です。
- 32小節目 senza tempo;自由なテンポで
ショパン ノクターンOp.9-2 原典資料
自筆譜は現存していない
自筆譜は失われてしまっています。
しかし幸いなことに,フランス初版はショパン自身が校正に関わっていました。
さらには,生徒の楽譜へのショパン自身の書き込みが多数遺っています。
ショパンの自筆譜が遺されている作品では,各初版がいかに杜撰かを思い知らされています。
一次資料として,初版はとても信用できるものではありません。
とはいえ,自筆譜が遺っていない以上,ショパンが校正したというフランス初版を一次資料とするしかなさそうです。
2021年8月21日
上記2段落を打ち消し線で消し,下記「フランス版」の章を書き直しました。
フランス版
ショパンは楽譜の清書や出版前の校正作業などは友人たちに任せっきりにしていました。
しかし,そうなるのはもう少し後になってからで,
パリに出てきたばかりのショパンは,印刷原稿用の清書も,校正作業も,ショパン自身がマジメに行っていました。
特に,パリにやってきた直後に出版したノクターン集Op.9の3曲と練習曲集Op.10の12曲は,
フランス初版の出版に最後まで熱心に関わっていました。
ノクターンOp.9-2のフランス初版は,ショパンが自身の手で作り上げた決定稿として,信頼のできる一次資料です。
- フランス初版;パリ,M.シュレサンジェ,1833年
- 失われてしまった自筆譜が元になっています。
ショパン自身が校正に関わっており,信頼できる一次資料です。
- 失われてしまった自筆譜が元になっています。
- フランス第二版
- フランス初版の直後に出版されています。
- 初版と比較すると,明らかに修正された箇所があります。
- フランス第三版,1846年
- 若干の修正が加えられているそうです。
- フランス第四版,1853年
- さらに修正が加えられてるそうです。
ショパンのレッスンで使用されたフランス初版
4人の生徒の楽譜が遺っています。
- カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスンで使用されていたフランス初版
- フランス国立図書館が所蔵しています。
- 職業ピアニストとして成功を収めた優秀な生徒の一人です。
1843年から48年まで,ショパンのレッスンを受けていました。
- ザレスカ・ローゼンガルトのレッスンで使用されていたフランス初版
- ワルシャワのショパン博物館が所蔵しています。
- ワルシャワで活躍したピアニストです。
1843年からパリに住んで,ショパンに師事しました。
- ジェーン・スターリングのレッスンで使用されていたフランス初版
- フランス国立図書館が所蔵しています。
- スターリングについてはショパンの生涯の解説記事をご覧ください。
1843年ごろからショパンのレッスンを受けていました。
- ショパンの姉,ルドヴィカが使用していたフランス初版
- ワルシャワのショパン博物館が所蔵しています。
- ショパンがポーランドを出てからは,姉ルドヴィカと直接会っていた時期は限られます。
ショパンがルドヴィカにレッスンをしていたことがあるのでしょうか・・・・?
詳細をご存知の方は,ぜひ教えてください!
ドイツ版
- ドイツ初版;ライプツィヒ,F.キストナー,1832年
- ショパンが校正する前の,フランス初版の原稿がもとになっています。
- 出版社が勝手な判断で,追加や修正を加えてしまっています。
- ドイツ第二版,1841年ごろ
- 修正が加えられています。
- これ以降ドイツで出版された版は,この第二版とほぼ同じで,修正はほとんど加えられていないそうです。
- 人気の作品なので,Op.9の中から,Op.9-2だけ,頻繁に再版されていたそうです。
ショパンのレッスンで使用されたドイツ初版
運指や印刷の修正,注意書きなど,ショパン自身の書き込みが遺されている,ショパンの生徒が使用していたドイツ初版を,ポーランドのトルンにある,ニコラウスコペルニクス大学図書館が所蔵しているそうです。
イギリス版
- イギリス初版;ロンドン,C.ウェッセル,1833年
- フランス初版が元になっていますが,アーティキュレーションなど,勝手な変更が加えられています。
- 以降,イギリスで出版された版は,イギリス初版とほぼ同じで,修正はほとんど加えられていないそうです。
ヴァリアントの自筆譜
- ヴィルヘルム・フォン・レンツのために書かれた,いくつかのヴァリアントの自筆譜が遺っています。
- フィラデルフィアの,ペンシルバニア大学図書館が所蔵しています。
- レンツは,ロシア国籍でドイツ人の作家で,ショパン,リスト,ベルリオーズなどと親交がありました。。
ショパンのピアノの指導も受けています。
ショパン ノクターンOp.9-2 楽譜による違い
2小節目 ターンの臨時記号
各初版では,2小節目のターンへの臨時記号をつけ忘れています。
カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスンで使用されていたフランス初版には,ショパンが修正を書き込んでいます。
正しくは,エキエル版の通りとなります。
現在出版されている楽譜は,臨時記号をつけて正しく出版されています。
なお,エキエル版では,ショパンが自ら生徒の楽譜などに書き込んだ指遣いは,太字で印刷されています。
7,15,23小節目 トリルのターンに♮のつけ忘れ
トリルの最後をターンで終わるように書かれています。
このターンの最初のE音には♮が必要です。
各初版では♮が抜けていますが,現在出版されている楽譜ではちゃんと修正されています。
厳格な演奏ではなく,自由な変奏が大切
ショパンが生前に自ら出版した作品では,音,アーティキュレーション,ペダル,発想や速度,強弱の指示など,隅々まで推敲を重ねて「これしかない」という完全な状態に仕上げています。
(出版譜は,その完全な状態を忠実に再現していないことがほとんどですが・・・)
ところが,この作品はショパンが数多くのヴァリアントを書き遺していることから,厳格に原典通り演奏することよりも,自由に変奏することを想定して書かれています。
各初版の細かな違いを挙げていくときりがありませんし,
細かな違いなどは,ショパンが書き遺した数多くのヴァリアントの前では,特に問題になりません。
出版譜による違いを見ていくのはここまでにして,ショパンが書き遺した数多くのヴァリアントを見ていきたいと思います。
ショパン ノクターンOp.9-2 ショパンが書き遺したヴァリアントとその演奏法
ショパンの装飾音を正しく演奏しよう!
ショパンが書き遺したヴァリアントは「装飾音」です。
ショパンの装飾音は,正しく演奏することで,その効果が最大限発揮されます。
ここでは,ショパンが書き遺した数多くのヴァリアントを見ていきながら,その演奏法もまとめていきます。
ショパンの装飾音については,別の解説記事に詳しくまとめています。
まだの方は,こちらもぜひご覧ください!
ショパンがヴァリアントを書き遺した箇所
上の画像は,フランス初版です。
ショパンがヴァリアントを書き遺している箇所に①から㉕まで番号を入れました。
エキエル版をあわせてご覧になる方のために,エキエル版の番号にそろえています。
ショパンが遺したヴァリアント【小節ごとに分類】
上記①から㉕までで,どのようなヴァリアントを遺しているのか,順番に見ていきます。
①2小節目~ヴァリアントは2種類~
2小節目のヴァリアントは2種類あります。
- 1つ目(譜例のa)はターンの後,1オクターブ上に上がる前に前打音が入っています。
- 前打音は拍と同時に演奏します。
具体的には上の譜例のように,左手のC音と前打音を同時に弾きます。
- 前打音は拍と同時に演奏します。
- 2つ目(譜例のb)はターンが拍よりも少し早くはじめられます。
②4小節目~ヴァリアントは3種類~
4小節目の一番最後,カデンツァが3種類書き遺されています。
ショパンのカデンツァはあわてて音符を詰め込むのではなく,ゆったりと時間をかけて演奏します。
その結果,カデンツァは,テンポルバートとは別に,自然なテンポの揺れを発生させます。
ショパンのノクターンでは通常,左手の伴奏は一定のテンポを保つのですが,
カデンツァが書き込まれているところはritenutoします。
そしてカデンツァが終わったら,a tempoとなります。
③5小節目~ヴァリアントは1種類~
5小節目の最後,F♯をはさみ入れて3連符にするヴァリアントです。
④6小節目~ヴァリアントは1種類
この部分は3回繰り返されます。
フランス初版(一般に普及している版)では,3回目(22小節目)だけ前打音が入るのですが,
このヴァリアントでは1回目(6小節目)から前打音を入れています。
前打音を入れるなら,前打音は拍と同時に演奏します。
⑤7小節目~ヴァリアントは1種類~
長いトリルを,下からのトリルに変えるヴァリアントです。
2種類の記譜が遺っていますが,両方とも同じ奏法になります。
ショパンの下からのトリルは,拍と同時に弾きはじめます。
⑥8小節目~ヴァリアントは1種類~
ショパンのテンポ・ルバートをそのまま記譜したようなヴァリアントです。
左手の伴奏は一定のテンポを保ちながら,右手の旋律は自由に揺れ動く。
ショパンのテンポ・ルバートを感じ取ることができるヴァリアントです。
なお,初版でもヴァリアントでも,前打音が出てきます。
前打音は拍と同時に演奏します。
⑦13小節目~ヴァリアントは1種類~
アルペッジョを,「初めの音を繰り返すアルペッジョ」に変えるヴァリアントです。
いずれの場合も,拍と同時に弾きはじめます。
⑧13小節目~ヴァリアントは1種類~
③5小節目のヴァリアントと同じものです。
⑨14小節目~ヴァリアントは2種類~
24連符,さらには31連符のカデンツァです。
技術のある人は高速で弾き飛ばしてしまいそうですが,
十分にritenutoさせて,時間をかけて弾いたほうが情緒豊かになります。
⑩⑪15小節目~ヴァリアントはそれぞれ1種類~
⑩は,⑤7小節目のヴァリアントと同じものです。
前述しましたが,2種類の記譜は同じ奏法です。
下からのトリルは拍と同時に弾きはじめます。
⑪は,③5小節目と同じ種類のヴァリアントが,5小節目とは違う場面で出てきています。
⑫15小節目~ヴァリアントは1種類~
ポップミュージックや演歌のオブリガート(相槌)のようなヴァリアントです。
⑬16小節目~ヴァリアントは1種類~
初版では13連符だったカデンツァを,31連符に変えるヴァリアントです。
⑭21小節目~ヴァリアントは1種類~
⑦13小節目のヴァリアントと同じものです。
アルペッジョを,「初めの音を繰り返すアルペッジョ」に変えるヴァリアントです。
いずれの場合も,拍と同時に弾きはじめます。
⑮21小節目~ヴァリアントは1種類~
メロディラインを変化させるヴァリアントです。
この曲の旋律は耳に残るので,ちょっとメロディを変化させるだけでハッとさせられます。
⑯21小節目~ヴァリアントは1種類~
⑧13小節目のヴァリアントと同じものです。
⑰22小節目~ヴァリアントは4種類!~
長大なカデンツァが4種類も!遺されています。
⑱23小節目~ヴァリアントは1種類~
⑤7小節目,⑩15小節目のヴァリアントと同じものです。
前述しましたが,2種類の記譜は同じ奏法です。
下からのトリルは拍と同時に弾きはじめます。
⑲23小節目~ヴァリアントは2種類~
トリルのあとに長いカデンツァが追加されています。
⑳24小節目~ヴァリアントは2種類~
初版のカデンツァをさらに拡張するヴァリアントです。
aのヴァリアントでは,なんと3度の和音の36連符!となっています。
数多くのヴァリアントの中でも,突出して演奏が難しいヴァリアントです。
㉑26小節目~ヴァリアントは1種類~
たったこれだけのことで,表情が大きく変わることに驚きます。
㉒31小節目~ヴァリアントは2種類~
㉓32小節目~ヴァリアントは1種類~
左手伴奏のヴァリアントは,ここだけです。
㉔32小節目~ヴァリアントは2種類~
長大なカデンツァが追加されています。
㉕34小節目~ヴァリアントは3種類~
コーダのヴァリアントが3種類遺されています。
美しいアルペッジョです。
ショパンのヴァリアントが遺されている楽譜
ショパンが遺したヴァリアントを,25箇所全部に入れてしまっては装飾音が多すぎてクドい演奏になります。
ショパンがヴァリアントを遺した楽譜は,ヴァリアントの組み合わせ方の参考になります。
カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスンで使用されていたフランス初版
書き込まれているヴァリアント;2a,2b,5,10
ザレスカ・ローゼンガルトのレッスンで使用されていたフランス初版
書き込まれているヴァリアント;1a,2c,24a,25a
ジェーン・スターリングのレッスンで使用されていたフランス初版
書き込まれているヴァリアント;2a,2b,5,7,14,17b,22b,25a
ショパンの姉,ルドヴィカの楽譜に遺されていたヴァリアントと,ほとんど同じです。
ショパンの姉,ルドヴィカが使用していたフランス初版
書き込まれているヴァリアント;2a,2b,5,7,9a,9b,10
ジェーン・スターリングの楽譜に遺されていたヴァリアントと,ほとんど同じです。
ショパン自身の書き込みが遺されている,ショパンの生徒が使用していたドイツ初版
書き込まれているヴァリアント;1a,4,5,12,17c,17d,19a,23,24b,25c
ヴィルヘルム・フォン・レンツのために書かれた,いくつかのヴァリアントの自筆譜
書き込まれているヴァリアント;19b,24a,25a
ショパン ノクターンOp.9-2 演奏上の注意点
左手の伴奏は拍子を正確に保つ
イチ,ニ,サン,ニ,ニ,サン・・・
拍子を正確に保つ,といっても,機械的に,メトロノームのようにずっと同じテンポで弾く,という意味ではありません。
ショパンはritardandoやrallentando,rubato,stretto,senza tempoなどの指示を書いていますから,これらの指示には当然従います。
右手旋律にターンやカデンツァが入ってきたときは,自然とテンポがゆるやかになります。
「拍子を正確に保つ」というは,「イチ,ニ,サン,ニ,ニ,サン,サン,ニ,サン,ヨン,ニ,サン」という拍子の感覚が感じ取れる,という意味です。
左手の伴奏は,音楽の3要素のうち,リズムとハーモニーを担っています。
左手の伴奏に拍子感が伴っていないと,音楽として成立しません。
「イチ,ニ,サン,ニ,ニ,サン,・・・・」この拍子の感覚を常に意識しましょう。
伴奏を両手で弾く練習
「ショパンは,最初に伴奏だけを両手で弾くように指示しました。正確に整ったピアノ(小さな音)で,完全に均一なテンポで伴奏が奏でられるようになると,次は左手のみで同じように伴奏を練習させました。右手で旋律を合わせるときにも,左手の伴奏は引きずられることなく正確なテンポを保つことを求めました。
右手の旋律は表現力豊かに歌われましたが,大げさなものではなく,節度のある上品なものでした。
2回目の変奏(13小節目から)は1回目よりもゆっくりと,3回目の変奏(21小節目から)はさらにゆっくり演奏されました」
ヴィルヘルム・フォン・レンツ(*ロシア国籍でドイツ人の作家。ショパン,リスト,ベルリオーズなどと親交があった。ショパンの生徒の一人でもあった)著。ショパンに関する論文より。1872年9月18日。
ヴィルヘルム・フォン・レンツによる逸話は,この曲の練習をする上で,参考になります。
なかなかうまく演奏できない方は,旋律を声に出して歌いながら,両手で伴奏を弾く練習をしてみてください。
最低音をドカン!ドカン!と鳴らさない
左手伴奏の最低音は,和声のベースとなる音なので,豊かに響かせる必要があります。
しかし,ドカン!ドカン!と派手に打ち鳴らしてしまうと,ショパンのスタイルではなくなります。
左手の伴奏は広い音域を跳躍するため,左手を移動させた勢いそのままに低音を打鍵すると,思いの外大きな音が出てしまうことがあります。
左手の小指をまずは鍵盤に接触させてから打鍵するようにしましょう。
装飾音を正しく演奏する
ショパンの作品にとって,装飾音は重要ですが,ノクターンの演奏においては,より重要となります。
装飾音を正しく演奏することで,旋律は歌声のように奏でられ,心地よいテンポの揺れが自然に発生します。
ターンとカデンツァ
1.あわてずゆったりと演奏する
ショパンは,テンポ・ルバートとは別に,自然なテンポの揺れも重要視していました。
ショパンは,テンポがゆるやかになるところは,その時間を装飾音で埋め,加速して元の速さに戻すところは音符を少なくし,自然に,流れるようにテンポを変化させることに成功しています。
そして,多くの場面で,リタルダンドやアッチェレランド,ソステヌート,ア・テンポなどの指示は書き込まずに,装飾音によって自然にテンポの揺れが発生するように作曲しています。
一定のテンポを保つことを優先して装飾音を高速で弾き飛ばしてしまうと逆効果です。
あわてず,急がず,歌うように演奏することで自然に音楽が流れます。
2.軽やかになめらかに演奏する
これらの音群は,作品の骨組みとなる主要な音で構成された音楽的空間から飛び立ち,はるか上方の音楽的霊気のなかで旋回する音群です。
骨組みとなる主要な音とは,明確に弾き分ける必要があります。
これら霊的空間で奏でられる音群は,神秘的で気品あるものでなければなりません。
3.前半はアッチェレランド&クレッシェンド,後半はリテヌート&ディミヌエンド
32小節目のカデンツァでショパンが指示しているように,これらの音群は,ゆっくり小さな音で弾きはじめて,徐々に加速,音量を増加させ,最後は減速,音量を落として弾き終えます。
「前半はアッチェレランド&クレッシェンド,後半はリテヌート&ディミヌエンド」という弾き方は,特別な演奏法ではなく,音楽を自然に奏でるための基本中の基本ですね。
短いトリル,前打音,アルペッジョは拍と同時に弾きはじめる
短いトリル,前打音,アルペッジョが何箇所か出てきます。
すべて,拍と同時に弾きはじめます。
このことを隅々まで意識して演奏している録音はほとんどありません。
一流のピアニストでも,というよりも一流のピアニストほど,装飾音の細かい奏法など気にしていないような演奏がほとんどです。
一流のピアニストは,ショパンのオリジナルを演奏するというよりも,それぞれの独自の世界観を持っていますからね・・・
演奏家として,自分のスタイルがあるのなら,好き勝手に演奏するのは構いません。個人の自由です。
しかし,ショパンの芸術を忠実に再現するのなら,これらの装飾音を拍と同時に演奏することは必須の基本となります。
ヴァリアントを入れてみよう!
ショパンは数多くのヴァリアントを書き遺しています。
エキエル版には多くのヴァリアントが紹介されています。
ピアノ上級者は,お気に入りのヴァリアントを演奏に取り入れてみましょう。
才能ある方は,ご自身でヴァリアントを作っても良いでしょう。
いくつか注意点を。
- ヴァリアントを入れる場所
AーA1ーB1ーA2ーB2ーA3ーC1ーC2ーコーダ という構成で,
ショパンはB1,B2,C1にはヴァリアントを遺していません。
このスタイルは踏襲するべきでしょう。 - Aに入れるヴァリアントに統一感をもたせる。
上の構成でAの部分は4回繰り返されます。
例えば,A1部分の7小節目の長いトリルを下からのトリルに変えたのなら,
A2部分の15小節目,そしてA3部分の23小節目の長いトリルも下からのトリルに変えたほうが良いです。 - Aに入れるヴァリアントは,少しずつ拡大させる。
例えば,A3に入れるヴァリアントを,A2に入れるヴァリアントより簡素なものにしてしまうのはおかしいです。
曲がすすむにつれて,ヴァリアントはより拡張されるべきでしょう。 - 演奏者オリジナルのヴァリアントを入れるのは危険
「才能ある方は,ご自身でヴァリアントを作っても良いでしょう。」と前述しましたが,これは大変危険な行為でもあります。
ショパンが遺した多くのヴァリアントは,ショパンが書き遺しただけあって,どれもショパンらしさに溢れています。
ヴァリアントはちょっとした変奏であって,編曲ではありません。
どんなにすばらしいヴァリアントでも「ショパンらしさ」が欠けていては,もはや編曲になってしまいます。
ショパンらしさ,というのは科学的に分析,再現できるものではありません。
よほどの音楽的才能に恵まれた方でない限り,オリジナルのヴァリアントを入れるのは危険だと思います。
ショパンがたくさんのヴァリアントを遺していますから,この中からお気に入りのヴァリアントを組み合わせるだけでも,十分に演奏を楽しむことができます。 - ヴァリアントを過度に入れすぎない
ヴァリアントを詰め込みすぎると,コテコテのクドい演奏になります。
ショパンの書き遺したヴァリアントはどれもすばらしく,たくさん盛り込みたくなりますが,ヴァリアントの入れすぎには注意しましょう。
ショパン ノクターンOp.9-2 実際の演奏
当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。*2021年2月24日録音
音楽資料とするための演奏なので,ヴァリアントは一切入れず,フランス初版に忠実に演奏しています。
小学生のころ,気に入って弾いていた思い出深い曲です。
親戚の結婚式で演奏したりしていました。
普段はヴァリアントを入れて演奏しているのですが,
今回は音楽資料とするため,ヴァリアントは一切入れず,フランス初版に忠実に演奏しました。
ぜひお聴きください!