ショパン全作品一覧【備考】
ショパン全作品一覧【備考】は全ページ同じ内容ですので,一度ご覧いただいた方は
目次など利用してスキップしてください!
難易度
作品の演奏難易度というのは客観的に示すのは難しいため,
思い切って主観的に難易度を判定しました。
一般的なテンポで楽譜通り音を鳴らすメカニズムの難易度を,当サイト管理人の主観で判定しています。
メカニズムの難易度が低くても,音楽的に演奏するには高い表現力や構成力が必要な作品もありますが,
ここではメカニズムの難易度のみを判定しています。
バラードやソナタなど演奏時間が長い作品は,難易度を1~2ランク上に設定しています。
人気度
作品の人気度について,きちんと統計をとるのは難しいため,
当サイト管理人の独断で,各作品の人気度を判定しています。
演奏時間
一般的なテンポで演奏したときの,おおよその演奏時間を記載しています。
作品番号
- 作品番号Op.1からOp.65までは,ショパン自身がつけた作品番号です。
- 作品番号Op.66からOp.74までは,ショパンの死後に,フォンナタがつけた作品番号です。
- WN整理番号は,ナショナル・エディション(エキエル版)で付与されている番号です。
- ショパンが生前に出版しなかった作品に番号が付けられています。
旧版と新版で一部番号が異なりますが,新版の番号を掲載しています。 - 作品番号がつけられずにショパンの生前に出版された作品には,Dbop.がつけられています。
- ショパンが生前に出版しなかった作品に番号が付けられています。
- BI整理番号は,モーリス・ブラウンが作成した,作品目録の番号です。
- KK整理番号は,クリスティナ・コピラニスカが,全作品を分類した整理番号です。
- Ⅴa;個人所有などで入手不可能な作品
- Ⅴb;ルドヴィカの作品目録に存在が確認される,失われた作品
- Ⅴc;ショパンの手紙に存在が確認される,失われた作品
- Ⅴd;フォンタナとスターリングの手紙から存在が確認される,失われた作品
- Ⅴe;その他の出典から存在が確認される,失われた作品
- Ⅴf;少年時代の作品
献呈
ショパンの時代の社交界・音楽界では「献呈」という文化がありました。
「献呈」とは作曲家が作品を特定の個人に捧げる行為です。
献呈者の名前は初版楽譜の表紙に明記されます。
お気に入りの作曲家や人気の作曲家の作品の表紙に名前が記載されることは,
大変名誉なことだったでしょう。
作曲家が貴族の保護なしには活動ができなかった時代です。
お世話になっている貴族へ献呈の打診をし,楽譜表紙に名前を入れて,初版楽譜を贈呈する,という貴族とのお付き合いは,昭和時代の日本のお歳暮やお中元のように欠かせないものでした。
ショパンが作品を献呈した献呈者をみると「~公爵」「~令嬢」「~男爵夫人」などと貴族の名前がずらりと並びます。
また,ショパンの時代には音楽家どうしで互いに作品を献呈しあうことで友情を深めるという付き合いもありました。
エチュードOp.10をリストに献呈したり,バラードOp.38をシューマンに献呈したりしています。
「献呈」は作品を出版する際に行われる行為です。
ショパン自身が生前に出版したOp.1からOp.65までの作品以外には,正式には献呈者が存在しないことになります。
しかし,ショパンが生前に出版しなかった作品であっても,特定の人物に贈呈されていることが多いですので,その場合は献呈者として掲載しています。その際は「※正式な献呈ではない」と注釈を入れています。
ショパン ピアノソナタ ~ピアノソナタの歴史~
ソナタは器楽曲,室内楽曲の形式の一つで,その多くは複数楽章から構成されます。
ピアノ独奏のためのソナタをピアノソナタと呼び,原則として3楽章または4楽章で構成され,第1楽章はソナタ形式で書かれます。
原則に従わないピアノソナタも多いですが,ショパンのピアノソナタはこの原則に従って構成されています。
語源はイタリア語の「ソナーレ sonare (鳴り響く)」で,日本では奏鳴曲と訳されます。
小規模のソナタはソナチネと呼ばれます。
17世紀にスカルラッティがチェンバロのためのソナタを500曲以上書いていますが,これはチェンバロのための練習曲が後にソナタと呼ばれるようになったものです。
ソナタ形式を持つ複数楽章で構成されたピアノソナタはハイドンによって確立され,
ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンが多くの名作を生み出したことで,
ピアノソナタは鍵盤作品において重要な形式の一つとなりました。
特にベートーヴェンのピアノソナタは「ピアノの新約聖書」と呼ばれ,世界中で愛奏されるとともに,ピアノ学習者にとって避けては通れない課題となっています。
その後,シューベルトが多くのピアノソナタを書いたものの,以降の作曲家は,スクリャービンやプロコフィエフなどの例外もありますが,ピアノソナタをあまり書かなくなります。
しかし,ピアノソナタという形式が軽視されるようになったわけではなく,ロマン派以降の作曲家も記念碑的な作品として力作を書きのこしています。
ショパンもその生涯で書き遺したピアノソナタは3曲だけですが,すべてがそれぞれの活動時期の集大成というべき力作です。
ショパン ピアノソナタ【初期に書かれた習作】
Op.4 BI;23 ピアノソナタ第1番 ハ短調
難易度 【5】最高難易度
人気度 【2】レア作品
演奏時間 第1楽章;約9分 第2楽章;約4分30秒 第3楽章;約4分 第4楽章;約6分30秒
*第1楽章の演奏時間は提示部の繰り返し「あり」の場合
- 作曲;1828年(18才)
- フランス初版;パリ,S.リショー 1851年
- ドイツ初版;ウィーン,T.ハスリンガー 1851年
- イギリス初版;ロンドン,R.コックス 1852年
- 献呈;ユゼフ・エルスナー
- 自筆譜;ニューヨーク,レーマン・コレクション(ピアポント・モーガン・ライブラリー)
*1851年にイタリアでも出版されている
ピアノソナタ第1番ハ短調Op.4は18才の作で,エルスナーからの作曲指導の集大成として書かれました。献呈もエルスナーに捧げられています。
形式習得のための習作とされていて,「ショパンソナタ集」の中に入っていないことも多く,演奏される機会の少ない作品です。
かつてショパンコンクールの課題曲になったこともありますが,この作品を選択したコンテスタントはいませんでした。
確かに伝統的な形式にとらわれているところがあり,冗長だと言わざるを得ないですが,
凝った構成の4楽章からなる巨大な作品で,個性的な展開手法が使われており,3楽章では5拍子が使われるなど型破りの開拓精神が感じられる意欲作です。
ショパンの後年の作品と比べれば未熟に感じられますが,古典的形式を踏襲しながらもショパンの独創性や霊感の片鱗は感じられ,18才の学生が書いたとは思えない佳作です。
18才のショパンがこの曲を書き上げたとき,おそらく大変な自信作だったと思われます。
出版用の清書原稿を書き上げ,作品番号もつけて,恩師エルスナーに献呈し,地元ポーランドではなくウィーンでの出版を計画します。ところがウィーンの出版社に断られてしまいます。
結局,作品番号がつけられ献呈までされているのに,出版されないまま時が過ぎていくことになります。
ショパンの作品では,このような事態は他に例がなく,異例中の異例です。
12年も後の1841年になってから,今度は出版を断った出版社から,改めて出版の申し出が出ます。
しかしショパンは出版に難色を示します。
フォンタナに宛てた手紙には出版社の態度への不快感をあらわにしていますが,ショパンがこの作品を出版しなかった理由は,出版社の態度以前に,いくら力作だとはいえ,学生時代に書いた作品を今さら出版する気になれなかったのだろうと思われます。
18才のショパンにとっては革新的な作品でしたが,その後ピアノ音楽の最前線を開拓し続けて31才になったショパンにとっては時代遅れの作品になってしまっていました。
最晩年に手直しを試みますが,生前に出版されることはありませんでした。
ショパンの死後2年経った1851年に出版されています。
258曲あるショパンの作品の中で,生前にショパン自身が作品番号をつけながら出版されなかった唯一の作品となりました。
現在でも演奏の機会が少ないですが,その理由は,作品の完成度よりも,その演奏難易度に起因しています。
メカニズムの難易度の高さとともに,構成が巨大なので聴き手を飽きさせないように演奏をまとめるのが難しく,ピアニストにとっては労力に見合わない作品といえます。
演奏の機会が少なく録音も少ないため,名演に恵まれていませんが,いつか誰かの手によって名演が生まれたとき,ショパンの初期の傑作として再評価を受ける可能性を秘めた作品です。
第1楽章 アレグロ・マエストーソ 2分の2拍子
構成 ソナタ形式
├提示部; 第1主題-第2主題-小結尾
├展開部
├再現部;第1主題-第2主題-小結尾
└コーダ
譜例(ドイツ語初版)
序奏はなく,バッハを意識したような古風な動機で始まります。
対位法的に展開されながら複雑な転調を繰り返す様子は見事で,とても18才の作品とは思えません。
提示部全体が半音階の動機で念入りに作り込まれていて,ベートーヴェン的な主題労作ともいえる力の入れようなのですが,同じ動機を繰り返すことが裏目に出てしまっており,主題の対比が薄く,冗長に感じる要因となっています。
穏やかな変イ長調への転調から始まる展開部の展開手法も見事ですし,全音低い変ロ短調で始まり,ト短調を経て主調のハ短調で終結する再現部の作りかたも凝っていて,18才の青年がここまで高い作曲技法を身につけているというのは驚くべきことです。
しかし最初から最後まで,結局は同じ主題の展開を繰り返しているだけなので,どんなに展開の手法が優れていてもやはり冗長に感じられてしまいます。
第2楽章 メヌエット,アレグレット 4分の3拍子
構成 三部形式
├主部;A-B-A
├中間部;C-D
└再現部;Da Capoによる主部の繰り返し
譜例(ドイツ語初版)
ショパンの作品では唯一のメヌエットです。
古風な作風の愛らしい楽章ですが,ショパン特有の霊感があまり感じられず,聴き手の記憶に残らず通り過ぎてしまいます。
第3楽章 ラルゲット 4分の5拍子
譜例(ドイツ語初版)
明確な形式は持ちませんが,5拍子で書かれているというのが特筆すべき特徴でしょう。
もっと後の時代になれば,3拍子+2拍子(強弱弱-強弱)や,2拍子+3拍子(強弱-強弱弱)のように拍子を組み合わせた5拍子は見られるようになりますが,この楽章で書かれているのは純粋な5拍子(強弱弱弱弱)で,音楽の歴史全体を眺めても珍しい拍子が使われています。
スラブ地方では伝統的に民謡などで使われている拍子で,ポーランド土着の音楽を取り入れながら,革新的な音楽を作ろうとした意欲が感じられます。
ショパンらしい詩情あふれる楽章で,この楽章が単独作品だったならば,もっと演奏されていたかもしれないと感じます。
第4楽章 フィナーレ,プレスト 2分の2拍子
構成 ロンド形式
├A
├B–経過部
├A
├C–展開部
├A
├B–経過部–展開部
├A
└コーダ
譜例(ドイツ語初版)
力強く印象的な低音部のオクターブ連打で始まります。
技巧的な速いパッセージが続くため,聴衆受けが良さそうなものですが,実際は省略なしのロンド形式に,展開部や経過部がふんだんに盛り込まれていて,しかも同じような曲想に終始するため,第1楽章同様に冗長の感がいなめません。
ショパン ピアノソナタ【生前に出版された作品 2曲】
Op.35 BI;128 ピアノソナタ第2番「葬送行進曲付き」 変ロ短調
*第3楽章のみ BI 114
難易度 【5】最高難易度
人気度 【4】名曲・代表作
演奏時間 第1楽章;約8分 第2楽章;約7分 第3楽章;約9分 第4楽章;約1分30秒
*第1楽章の演奏時間は提示部の繰り返し「あり」の場合
*第3楽章『葬送行進曲』は 【5】有名作品
- 作曲;1837年(27才)~1839年(29才)
*第3楽章は1837年(27才),他は1839年(29才)作曲 - フランス初版;パリ,E.トルプナ 1840年
- ショパンの自筆譜を元に出版されましたが,その自筆譜は紛失されています。
- ショパン自身は初版と第2版の校正には関わっていなかったようですが,
第3版と第4版の校正には関わっていたようです。
- ドイツ初版;ライプツィヒ,ブライトコップフ・ウント・ヘルテル 1840年
- グートマンの写譜を元に出版されました。
- イギリス初版;ロンドン,C.ウェッセル 1840年
- フランス版の第2版を元に出版されました。
- 献呈;なし
- 自筆譜
- 作品全体の自筆譜は紛失。
- 第3楽章の31~38小節目(中間部の前半部分)の自筆譜が個人所有されている。
1837年11月28日の日付が書かれている。 - 第4楽章の最初の12小節の自筆譜をワルシャワのショパン協会が所蔵。
1846年の日付が書かれている。
- 写譜
- ドイツ初版のための清書原稿である,グートマンの筆写譜をワルシャワ国立図書館が所蔵。
- 写譜者不明の葬送行進曲の筆写譜をウィーン,オーストリア国立図書館が所蔵。
- 生徒のレッスン譜へのショパンの書き込み
ショパンの生徒たちがレッスンで使用していた楽譜がのこされていて,そこにはショパン自身の注意書きが遺されています。- シェルバトフ(Marie de Scherbatoff)が使っていたフランス版第2版をハーバード大学ホートン図書館が所蔵。
- ジェーン・スターリングが使っていたフランス版第3版をパリ国立図書館が所蔵。
- カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)が使っていたフランス語版第4版をパリ国立図書館が所蔵。
ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35は前奏曲集Op.28とともに,マジョルカ島からノアンへのサンドとの旅路の中で書かれた作品です。
従来のピアノソナタの常識を破った革新的な作品で,シューマンは「最も狂気に満ちた4人の子どもたちを無理やり一緒にした」と批判めいた言葉を残しています。
しかし実際は2年早く完成されていた第3楽章『葬送行進曲』の2つのモチーフを軸に作品全体が構成されていて,全楽章が見事に有機的に結び付けられている傑作です。
前奏曲集Op.28と並んで,ショパンの創作活動前半の集大成といえます。
ある音楽学者が「ショパンがソナタ形式を習得できなかったのではなくて,ソナタ形式がショパンを征服できなかったのだ」と言ったそうですが,正にその通りでしょう。
ショパンの死生観が色濃く反映されているところも前奏曲集Op.28と同じで,
全楽章が短調で書かれており,悲劇的で陰鬱とした曲想に支配されていますが,天国のように甘美な箇所も多く,その対比からより悲愴感が色濃く表現されています。
第1楽章 提示部の繰り返しは冒頭まで戻るのが正解
ショパンのソナタは提示部を繰り返し記号で繰り返すように指定されています。
一般に普及している楽譜では4小節目と5小節目のあいだに繰り返しの縦線が入っていて,Doppio movimento から繰り返すような指示になっています。
しかし,各国の初版を見ると,ここに繰り返しの縦線が入っているのはドイツ初版だけであることがわかります。
しかも,ドイツ初版の元になった,グートマンによる清書原稿には繰り返しの縦線がありません。
明らかにドイツ初版が間違えであり,ここには繰り返しの縦線が入っていなくて,
冒頭まで戻って序奏から繰り返すのが正解です。
ドイツ初版が恣意的に手を加えたものが,ミクリ版やコルトー版,パデレフスキ版に受け継がれて,一般的に普及してしまうという,いつものパターンですね。
第1楽章の最後 現代では音域を広げて演奏される
ショパンが当時使用していたピアノはC1からF7までの78鍵のピアノでした。
16才のときに78鍵のピアノと出会い,それ以降,その生涯のほとんどは78鍵のピアノとともにありました。
第1楽章の最後ですが,左手オクターブの和音が,B♭→E♭→B♭→E♭と下降を続け,最後はに至ります。
ショパンはをめったに使いません。
ショパンの作品の中では,まれにしか登場しない最大音量です。
このに到達したとき,低音の音域不足のため,左手オクターブの和音が1オクターブ上の音に戻ってしまいます。
ピアノは,低音ほど弦が太くなるので,音量が大きくなります。
最大音量を出したい場面で,音域不足から1オクターブ上の音に戻ってしまうのは不自然です。
何故このようなことになってしまったかというと,理由は明らかで,ピアノの音域が不足していたことが原因です。
現代ピアノではB♭0音も演奏可能なので,B♭0音も使用して演奏するのが一般的です。
第1楽章 グラーヴェ-ドッピオ・モヴィメント 2分の2拍子
構成 ソナタ形式
├提示部; 序奏-第一主題-第二主題-小結尾
├展開部
├再現部;第二主題-小結尾
└コーダ
悲劇的な第一主題と天国のように美しい第二主題との対比,「死」と「安息」の対比によって,第一主題はより一層凄絶さを増し,第二主題はより一層儚さを増しています。
展開部がほぼ第一主題のみで構成されていて,再現部は第一主題が省略されて第二主題のみでできているという変則的なソナタ形式になっています。
このことにより,展開部の激しい悲愴感と,再現部の儚い美しさがより際立ち,深く胸を打ちます。
ソナタ形式の基本パターンにしばられることなく,大胆に形式をカスタマイズすることで,音楽表現が高い境地へと至っています。
第2楽章 スケルツォ 4分の3拍子
構成 三部形式
├主部;A-B-経過部
├中間部;C-D-C’
├再現部;A-B
└コーダ
激しく踊り狂うような音響世界と,儚げで優美な中間部との対比による恐ろしい音楽からはもはや狂気すら感じます。
中間部後半にあらわれる低音部のトリルは第3楽章『葬送行進曲』との結びつきを高めています。
再現部で再び阿鼻叫喚の音響世界が繰り広げられたあと,静かに中間部が回想されて葬送行進曲へと続きます。
第3楽章 『葬送行進曲』レント 4分の4拍子
構成 三部形式
├主部;A-B
├中間部;C-D-C
└再現部;A-B
ショパン愛好家に限らず一般に広く知られている曲です。
さまざまなメディアで頻繁に使用されています。
古いテレビゲームでは,ゲームオーバー時に流れるBGMの定番でした。
ショパンの亡骸をペール・ラシェーズ墓地に埋葬するときには,管弦楽編曲による『葬送行進曲』が演奏されました。
第3楽章は他楽章よりも2年早く書かれていて,ピアノソナタ全体がこの第3楽章を中心に構成されています。
葬列の行進は荘厳で格調高く,純粋な悲しみと諦観に支配されています。
中間部の旋律は,稀代のメロディメーカーだったショパンが生み出した数々の美しいメロディの中でも,特に美しい旋律の一つです。
儚げな美しい旋律は涙なくして聴くことはできません。
第4楽章 フィナーレ,プレスト 2分の2拍子
両手ユニゾンが最初から最後まで続き,はっきりした構成はなく,定まった主題もなければ,調性も明確ではありません。
まるで現代音楽のようで,とても19世紀の音楽とは思えません。時代を100年先取りしています。
ショパンは自身の作品が文学的に解説されることを嫌っていましたので,当サイト管理人も文学的な解説は避けようと思いますが,第4楽章にあらわれているのは「死」そのものなのではないかと思います。
Op.58 BI;155 ピアノソナタ第3番 ロ短調
難易度 【5】最高難易度
人気度 【4】名曲・代表作
演奏時間 第1楽章;約14分 第2楽章;約2分30秒 第3楽章;約10分 第4楽章;約5分30秒
*第1楽章の演奏時間は提示部の繰り返し「あり」の場合
- 作曲;1844年(34才)
- フランス初版;パリ,J.メソニエ 1845年
- フランス初版の元となった自筆譜は失われていますが,フランス初版および第2版の校正にショパン自身がしっかりと関わっていたようです。
- ドイツ初版;ライプツィヒ,ブライトコップフ・ウント・ヘルテル 1845年
- 現存する自筆譜を元に出版されました。校正にショパン自身は関わっていなかったようです。
- イギリス初版;ロンドン,C.ウェッセル 1845年
- イギリス初版の元となった自筆譜は失われていて,イギリス初版の校正にショパン自身は関わっていなかったようです。
- 献呈;ド・ペルトゥイ伯爵夫人
- 自筆譜
- 元々自筆譜は3種類存在していたようですが,フランス初版とイギリス初版の元となった自筆譜は紛失されています。
- ドイツ初版の元となった自筆譜は現存していて,ワルシャワ国立図書館が所蔵しています。
- 写譜
- リストの筆写譜をパリ,ロシュブラーヴ家が所蔵。
- 生徒のレッスン譜へのショパンの書き込み
ショパンの生徒たちがレッスンで使用していた楽譜がのこされていて,そこにはショパン自身の注意書きが遺されています。- ジェーン・スターリングが使っていたフランス版第2版をパリ国立図書館が所蔵。
- カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)が使っていたフランス語版第2版をパリ国立図書館が所蔵。
ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58は1844年,34才の作品です。
翌年1845年に書かれた幻想ポロネーズや舟歌などとともに,円熟期の作品で,作曲家人生の集大成といえる作品です。
1844年はこの曲しか作曲しておらず,ショパンが全精力を傾けた作品です。
第2番と打って変わって古典的な構成美を持ちます。
ショパン固有の優美・繊細で詩情豊かな叙情性と,古典的な形式美が融合した音楽史上に燦然と輝く金字塔です。
この頃のショパンは既に健康状態がかなり悪化していました。
さらに,1844年の5月には父ニコラス死去の報により,精神的打撃から病状はさらに悪化します。
夏には恒例のノアンへ向かいますが,気候の良いノアンに来ても一向に健康は回復しません。
サンドはフレデリックの様子を伝える手紙をフレデリックの母ユスティナに送ります。
サンドがフレデリックの家族に堂々と手紙を送るのは初めてでした。
「あなたの息子を最大限の努力で看病します」
「私の献身をどうぞ信じてください」
母ユスティナからすぐに返事がきます。
「私は心からあたなに感謝しております。どうぞ息子のことをよろしくお願いいたします」
そしてフレデリックの姉ルドヴィカがノアンまで会いにくることになりました。
姉ルドヴィカと会うのは14年ぶりのことでした。
姉ルドヴィカとサンドはすぐに打ち解けます。
道徳的で保守的だったショパンは,長年にわたるサンドどの関係に,常にうしろめたさを感じていました。
姉ルドヴィカとサンドが親しくなったことは,ショパンの呪縛を解くように彼の心を軽くしました。
姉ルドヴィカとの再会ですっかり元気を取り戻したショパンは,ロ短調のソナタOp.58を書き上げます。
第1楽章 アレグト・マエストーソ 4分の4拍子
構成 ソナタ形式
├提示部;第一主題-第二主題-小結尾
├展開部
├再現部
└コーダ
優美な主題が次から次へとあらわれて溶け込んでいき,ショパンの「美」の極致があらわれています。
泉のように湧き出る美しい楽想が惜しげもなく盛り込まれ,円熟の作曲技法によって巧緻に組み上げられていて,大きな感動を与えます。
第2楽章 スケルツォ,モルト・ヴィヴァーチェ 4分の3拍子
構成 三部形式
├主部;A-A’-A”
├中間部;C-D-C
└再現部;A-A’-A”
諧謔的に軽やかに駆け回るような主部と,落ち着いたコラール風の中間部からなる天真爛漫で優美な楽章です。
第3楽章 ラルゴ 4分の4拍子
構成 三部形式
├主部
├中間部;A-A-経過部-A
└再現部
流麗で甘美なノクターン風の楽章です。
中間部は同じ部分が何度も繰り返されるため冗長に感じますが,この中間部の長さが作品全体のバランスを整えています。
第4楽章 フィナーレ,プレスト・マ・ノン・タント 8分の6拍子
構成 ロンド形式
├A
├B
├A
├B
├A
└コーダ
巨大な傑作の最後にふさわしい,超絶技巧による華麗なフィナーレです。
ショパンは若い頃にはヴィルトゥオーゾ的な作品も書いていましたが,芸術性に欠けていて技巧を凝らしただけ,という傾向がありました。
ソナタロ短調のフィナーレはショパンの芸術性と超絶技巧の両方をあわせ持つ稀有な音楽となっています。
楽器による音楽演奏において,難易度の高い演奏技術の見事さから受ける感動というのも,重要な要素の一つであることが再認識させられます。
形式はいたって単純なロンド形式なのですが,全く同じことの繰り返しではなく,音を増やしながらより技巧的に盛り上がっていくため,推進力と迫力が圧巻です。
一時も息をつかせず音楽は最後まで走り続け,最後は華々しく堂々たる超絶技巧のフィナーレで曲が終わります。
当サイト管理人は中学3年生の文化祭でこの第4楽章を弾いたことがあり,個人的に思い出深い作品です。
今回は以上です!