ショパンの練習曲Op.10-7の解説記事です。
ショパンデータベースはマイナー作品の解説も充実した内容でお届けします!
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-7単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
- ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-7 概要
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 原典資料
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 構成
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 出版譜によく見られる間違い
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 自筆譜を詳しく見てみよう!
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 演奏の注意点
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 実際の演奏
ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-7 概要
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10,Op.25【概要と目次】
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10 Op.25 概要の章に練習曲集全体の概要をまとめています。
- 海外での呼び名の章に練習曲集全曲の海外での呼び名をまとめています。
- 各曲の練習課題の章に練習曲集全曲の練習課題をまとめています。
- ショパンの指づかいにショパンの運指法をまとめています。
- ショパン作品一覧ではショパンの全作品を一覧表にまとめています。
単独で演奏される機会の少ない作品
ショパンの作品の中でも人気曲が多い練習曲集の中にあって,
Op.10-6に続きOp.10-7も単独で演奏される機会の少ない作品です。
海外では‘Toccata'(トッカータ)と呼ばれることがあるようですが,
メジャーな呼称ではありません。
「ショパンの作品で一番好きな曲は?」と聞かれて,その候補にOp.10-7を挙げる人はあまりいないでしょう。
理由は色々あるでしょうが,
- 響きが独特
- 中途半端に難易度が高い
というのが大きな理由だと思います。
響きが独特
ハ長調の作品なのですが,ハ長調らしいストレートで開放的な響きがしません。
「独創的な音色と響き」というのはショパンの魅力の一つですが,
Op.10-7はショパンらしい美しい響きともまた違った独特な響きがします。
特に高音部の旋律の響きが独特で,高音部の旋律だけ取り出して聴くと,
A♭が多用されていることにより,ショパンの作品とは思えない現代的な響きがします。
RPGの戦闘シーンとか,マリオのクッパ城とか,ゲームのBGMで流れそうな響きです。
決して不快な音楽ではなく,十分に魅力的な作品なのですが,
一言でいうと「ショパンっぽくない」響きがします。
「ショパンの作品」に期待する響きとは何か違うんですよね。
中間部やコーダはショパンらしい美しい和声進行で,つまりは曲の大部分はショパンらしい響きで作られているのですが,主部の独特な響きが曲全体の印象を決めてしまっています。
ショパンの作品としては「風変わり」で「奇妙」な響きのする作品です。
中途半端に難易度が高い
気軽に楽しめる難易度ではない
さんざん「ショパンらしくない」と書きましたが,先ほども書いた通り,主部以外はショパンらしい美しい和声進行で作られています。
風変わりな主部も,エキゾチックな響きと無窮動的な曲想が面白く,
もっと人気があっても良さそうなものです。
ピアノを弾かない方が聴くと,発表会などにちょうど良さそうな楽しい作品と感じられるのではないでしょうか。
しかしOp.10-7は実際に演奏するとなると,難易度が高すぎます。
とてもアマチュアのピアニストが気軽に楽しめるような難易度ではありません。
Op.10-7を人前で演奏できるレベルまで仕上げるには,
相当な訓練が必要です。
かなりの技術と経験をもったピアニストであっても,
ちょっとした練習でサラッと弾けるようになる,というような作品ではありません。
右手は響きだけでなく音型も独特で,他の作品に出てくることがほとんどない,しかも弾きづらい音型が延々と続きます。
どんなにピアノ歴の長いピアニストでも,Op.10-7を弾いたことがなければ,
Op.10-7の右手の音型は初めての経験になるでしょう。
10年,15年とまじめにピアノに取り組んできたピアニストでも,
何週間も継続して毎日数時間,真剣に取り組んでやっと弾けるようになるレベルの作品です。
それだけの努力を重ねてやっと人前で演奏できたとしても,
その苦労に見合うような芸術的喜びや感動はあまりありません。
気軽に演奏できればもっと楽しめる曲だったと思うのですが,
実際は相当な意気込みをもって取り組まないと弾けるようにならない作品です。
当サイト管理人も,この曲の参考演奏動画の録音は苦労しました。
50~60回録りなおしてようやく公開できるレベルの録音がのこせました・・・
特別な難曲として紹介されるほどの難易度でもない
ショパンの練習曲には「難曲」として特別視されている作品もあります。
例えばOp.10-1やOp.25-6,Op.25-11『木枯らし』はピアニストたちにとって特別な曲でしょう。
登山家にとってのエベレストやマッキンリー(デナリ)のように,到達目標として圧倒的な存在感があります。
特にOp.25-6は異彩を放っています。
Op.10-1やOp.25-11『木枯らし』はピアノを弾かない方にとっても,
人気の作品ではないでしょうか。
ところがOp.25-6は,ピアノを弾かない方にとっては特に印象の強い作品ではないでしょう。
実際にピアノを演奏する人,Op.25-6の練習に取り組んだことがあるピアニストにとっては特別な作品であり,強い思い入れを抱く作品です。
また,Op.25-6は難曲として有名で,普段ピアノを弾く・弾かないに関わらず,Op.25-6が難曲であることはよく知られています。
Op.25-6を弾く,というだけで関心を持って聴いてもらえますし,大崩れせずに弾ければ苦労に見合うだけの称賛がもらえます。
アマチュアのピアニストでも,Op.25-6はピアノ学習の到達点として,練習に挑戦した方も多いのではないかと思います。
当サイト管理人もOp.25-6に取り組んだ時のことは鮮明に思い出として残っています。
Op.25-6はいつかは弾けるようになりたい曲として常に頭の片隅にあり,
挑戦しては挫折して,を繰り返しながら,1フレーズごとに様々な指遣いを試行錯誤して,
授業中も,バスに乗っていても,歩いていても,常に頭の中は3度の指遣いのことばかり考え,
机の上,太ももの上,指が触れる場所さえあれば常に指を動かしていました。
今でも,机の上などに指を置いていると,無意識に指が3度の指遣いで動き出してしまうようなクセがついてしまったほどです。
一方,Op.10-7はそこまでの難易度ではありません。
Op.10-7も十分難しいんですけどね。
ショパンのエチュードを全曲弾けるようになりたい,というより高い目標を持たない限り,
もしくは本格的にピアノのレッスンを受けていて,課題曲として与えられない限り,
Op.10-7の練習に本気で取り組むことはないのではないでしょうか。
人気曲であるOp.10-5『黒鍵』やOp.10-8に取り組んでいるときに,楽譜をめくっているとOp.10-7も目に入りますから,「ちょっと弾いてみようかな」と思うこともあるでしょう。
1~2小節試しに弾いてみて,意外にも難しすぎるため練習しようともしない,そんな作品なのではないかと思います。
「難易度ランキング」のような企画でもOp.10-7が挙げられることはほとんどありません。
もう一歩難易度が高ければ,Op.25-6のようにピアニストの目標としてベンチマークされる存在になっていたかもしれません。
気軽に弾こうと思っても簡単に弾けるような曲ではなく,かといって,挑戦しようという意気込みが湧くほどの難易度でもない,という「中途半端な難易度」の作品です。
Op.10-7の練習課題
訓練用の練習課題としては効果バツグン
音楽作品としてはあまり目立たない作品ですが,訓練用の教材としてはバツグンの効果を発揮します。
Op.10-7にマジメに取り組むことで得られる恩恵は大きいです。
ピアニストとして上級者を目指すなら,必ず取り組むべき曲ですし,
プロやセミプロのピアニストになるなら避けては通れない曲でしょう。
右手は延々と同じ音型の繰り返し
右手はずっと同じ音型の繰り返しになります。
二つの声部に分かれていて,上の声部は345指,下の声部は12指で弾くことになります。
この右手の音型が独特で,他の作品にはまず出てこない音型です。
Op.10-7を弾くことがなければ,他の作品で経験することのない音型です。
見た目から想像できないほど弾きづらい音型で,Op.10-7の難易度が高くなっている原因は,ひとえにこの音型の弾きづらさにあります。
ショパンがOp.10-7で考案した,この独特で弾きにくい音型ですが,
音楽的な表現のために考え出されたというよりも,訓練用の課題として作られた音型だといえるでしょう。
この独特な音型は,手や手首の正しい使い方を訓練するための練習課題として科学的に考えられていて,驚くほど効果的で画期的な音型です。
上の声部は3-5指のトレモロと似た動き
上の声部だけ取り出してみましょう。
1・2指は下の声部で使われるため,3-5指のトレモロと似た動きになります。
正しいピアノの弾き方,手指の使い方が身についていない方が,上の声部だけを取り出して3-5指で弾いたとき,手首が左右に回転してしまうのではないかと思います。
トレモロは手首の回転が大事ではありますが,目に見えるほど手が動いてしまっていては,音が安定しません。
手の平と鍵盤が常に平行に保たれていることは,粒のそろった音を出すためには大変重要なことです。
正しい手の使い方が身についていない演奏者の場合,手首が回転し過ぎないように気をつけていても,
上の声部だけを取り出して弾き続けている限りは,どうしても手首が回転しまうことになります。
下の声部は同音連打
次に下の声部だけ取り出して見てみます。
345指は上の声部で使うため,1・2指で同じ音の連打を繰り返すことになります。
これも手指の使い方がちゃんと訓練されていない演奏者だと,下の声部だけ取り出して弾いてみた場合は手首,もしくは腕全体が上下に動いてしまうのではないかと思います。
そして,手や腕が上下に触れてしまうような弾き方をしてしまうと,安定した粒のそろった音を鳴らすことはできませんし,すぐに疲労がたまってくることになるでしょう。
2つの声部を同時に演奏することで自然と手が安定する
では,改めて2つの声部を同時に弾いてみるとどうでしょうか。
手が回転してしまうと下の声部が弾けませんし,手が上下に動いてしまうと上の声部が弾きにくくなります。
どちらかというと,下の声部にあわせて腕を上下させながらガチャガチャと弾くのは可能ですが,
音は安定せず,騒がしい演奏になり,腕もすぐに疲れてしまうことになります。
疲れずに安定して2つの声部を弾こうと繰り返しているうちに,
自然と手や腕が正しい弾き方で安定するようになります。
あまり他の曲では見かけない風変わりなOp.10-7の右手の音型ですが,
正しい演奏姿勢を身につけるために考え出された,画期的な音型であることに気付かされます。
上半身がしっかりと脱力され,手指を柔らかく動かすことで繊細な打鍵のコントロールが可能となり,
粒のそろった音を出すことができるようになります。
不思議なことに繰り返し訓練して手や腕が安定すると,単純に1-2指で連打を繰り返すよりも,3-5指のトレモロを併せて弾いた方が,1-2指の連打も弾きやすくなります。
ピアノの演奏において,手・腕の安定がいかに重要なのかを実感させられますし,
1-2指による同音連打という単純な奏法でさえ,まだまだ手・腕が無駄な動きをしていることも実感させられます。
ポジション移動の訓練
ショパンが生み出した画期的な訓練課題ですが,
この音型を同じ場所で繰り返しているだけでも十分な訓練効果がありますが,
実際にはポジションの移動も伴います。
音型が上昇しているときは,1-5指で6度を弾いたあとの,2-3指の3度は内側にあるため,
脱力して自然に打鍵するだけで,ある程度容易に弾くことができます。
ポジション移動の距離も小さいので,手や腕が不安定になることもありません。
ところが音型が下降しているときは,1-5指の6度から2-3指の3度まで大きくポジションが移動します。
すばやくポジション移動をするために勢いをつけてしまうと,余計な力が働き,
1-5指の5指や,2-3指が思いもしない大きな音を鳴らしてしまうことになります。
繊細にコントロールされた音を鳴らすためには,正確で静かなポジション移動が欠かせませんし,
ポジションを移動したあとに,一瞬手を静止させて,ポジション移動の勢いを消してから打鍵しなければなりません。
手・腕の正確で静かなポジション移動には,脱力と体幹の安定が欠かせません。
自分の出している音を耳でよく確認しながら繰り返し訓練することで,正しいポジション移動が訓練され,つまりは脱力と体幹の安定というピアニストにとって重要な基本が身につきます。
繰り返し訓練することで,脱力や体幹の安定,柔軟性が身につく,というのは,Op.10-1と同じで,
ピアニストにとっては大きな恩恵を得ることができます。
指定テンポ
ショパン指定のテンポはです。
16分音符は1分間あたり504回打鍵されることになり,
1小節弾くのにかかる時間はたったの約1.43秒,
16分音符は約0.12秒間隔で打鍵し続けることになります。
重音奏法でこのテンポは異常といって良いほどの速さです。
乱暴にならず,静かで落ち着いた美しい演奏をするためには,限界の速さです。
Op.10-7の独特な音型の演奏と,すばやいポジション移動のためには,
脱力と体幹の安定,柔軟性が必要と書きましたが,遅いテンポで弾くのならば間違えた弾き方でもなんとかなるかもしれません。
しかしこのテンポで演奏するためには,完全な脱力と体幹の安定,柔軟性が身についていなければ演奏することはできません。
訓練のすえ,ショパン指定のテンポで演奏ができるようになったとき,
脱力と体幹の安定,柔軟性というピアニストにとって重要な素養を手に入れることができます。
ショパンは出版直前までテンポ指定にこだわっていた
練習曲集のフランス初版の出版については,最後までショパン自身が校正作業に関わっていました。
印刷用の清書原稿もショパン自身が書いていて,ショパンの自筆譜が遺されています。
その清書原稿を見るとと書き込まれています。
ところが,実際に出版されたフランス初版ではとなっています。
清書原稿を書いた後,校正段階でショパン自身がテンポを変更したことになります。
しかも,その修正はたったの「4」!
とって,人間の感覚ではほとんど区別できないぐらいの差です。
You Tubeで公開されているメトロノームの動画がありましたので,貼り付けておきます。
聴き比べてみてください。
(You Tubeには探せばこんな動画もあるんですねぇ)
メトロノームをただ聴いていてもその違いはほとんどわかりませんが,
メトロノームにあわせてOp.10-7を弾いてみると,その差は歴然です。
弾いた感じの難易度がまるで変わります。
ならばギリギリ演奏可能ですが,だと演奏できない場所が出てきます。
特に,右手の1指が黒鍵を弾くところはだと演奏不可能です。
ショパンが,テンポの指定についても熟考した上で書き込んでいることがわかります。
実際にピアノに触れながら,テンポ指定の最適解を探して熟慮を重ねているショパンの様子が伝わってくるようです。
自筆の清書原稿は1832年9月から1833年3月の間に書かれたものだと考えられています。
フランス初版の出版は1833年6月ですから,出版直前の3ヶ月ほどのあいだにテンポ「4」の微修正を加えたことになります。
ショパンがテンポ指定についても,いかにこだわりを持って書き込んでいたのかが分かります。
なお,当サイト管理人が録音した参考演奏動画はで弾いていますので,
良ければ聴いてみてください。
Op.10-6のピカルディ終止からのつながり
Op.10-6の最後ですが,G♮音が印象的に響きます。
これはピカルディ終止と呼ばれる終止形(カデンツ)です。
古い時代,短調の主和音は終止形とみなされておらず,
教会音楽などでは,短調の曲でも同主調の長調の和音で終止するのが普通でした。
バロックよりも前の時代では,短調のままだと曲が終わった感じがしなかったらしく,
最後は長調に転調させて曲を終わらせるのが普通でした。
バロック時代の作品でも,短調の作品はピカルディ終止をすることが多く,
バッハの作品でもよく見られる終止形です。
バッハを敬愛していたショパンも,ピカルディ終止の作品がたくさんあります。
例えばショパンのノクターンのうち,短調の作品は10曲ありますが,
というように,10曲のうちの8曲がピカルディ終止で曲が終止しています。
エチュードの短調の作品13曲をみても,
というように,13曲のうち6曲でピカルディ終止が用いられています。
変ホ短調のOp.10-6のあと,Op.10-7は調性的に関係のあまりないハ長調です。
しかし,Op.10の12曲を連続で演奏したときに,Op.10-6とOp.10-7は大変スムーズにつながります。
これは,Op.10-6がピカルディ終止で終わることにより,
Op.10-6の最後に鳴らされるG♮音と,Op.10-7の最初に鳴らされるG♮音が,橋渡しとして機能しているからでしょう。
ポリリズム(ヘミオラ)による拍子感が惑わされる仕掛け
拍子感が惑わされる中間部が楽しい
中間部やコーダでは,ポリリズムの手法により拍子感が惑わされるのが楽しいです。
中間部の後半,24~31小節目です。
楽譜を見ずに初めてこの曲を聴いたとき,今が何拍目なのか分からなくなるのではないでしょうか。
まず,24~25小節目の左手が,2拍目にがあり,小節をまたぐようなフレーズもあります。
この時点で,今が何拍目なのか惑わされはじめます。
そして26~27小節目ではヘミオラが使われていて,まるで2拍子のように聴こえます。
ヘミオラというのは3:2のポリリズムのことです。
バロック時代から使われているポリリズムで,ベートーヴェンの作品にもよく見られます。
その後28小節目から29小節目の2拍目まで音型が単純に上昇するだけなので,
どこが何拍目なのか,いよいよ分からなくなります。
そして29小節目の左手がF♯音をならしてメロディを弾き始めます。
拍子感が惑わされていますから,このF♯音が小節の頭,1拍目であるように感じられます。
ところが30小節目から通常のリズムに戻るため,
まるで29小節目だけが5拍子になったように聴こえます。
ショパンらしいイタズラ心を感じる楽しい仕掛けです。
心が浮き立つようなヘミオラのリズム
コーダにもヘミオラのリズムが出てきます。
Op.10-7の主部(再現部)はA♭音によりハ長調の開放的な明るい響きがしませんでしたが,
曲の最後にきて,ドミナントG7(ソシレファ)とトニックC(ドミソ)の連続が明るく響きます。
ヘミオラのリズムも合わさって,踊りだしたくなるような楽しい雰囲気に包まれます。
変則的なリズムが目立たないように,拍の頭にアクセントがつけられているところにも注目です。
作品番号,調性,作曲年
ショパンが練習曲集を作曲したときの時代背景は,以下の解説記事をご覧ください。
*ショパンが練習曲集を作曲したのは主にパリ時代になります。
Op.10-7は1832年の春ごろの作曲だと考えられています。
Op.10の中では,1832年の8月に作曲されたとされたと考えられているOp.10-3『別れの曲』とOp.10-4の2曲に次いで,作曲時期の遅い作品になります。
ショパンは1832年の2月25日にパリでのデビュー・リサイタルを開き大成功でしたが,経済的な利益はありませんでした。
その後,5月に参加した慈善音楽会に集まっていた社交界の人々の間で評判となり,
上流階級の夜会に招かれるようになったことで,名家の夫人や令嬢がショパンのレッスンをこぞって求めるようになり,ショパンは経済的な問題が一気に解決します。
Op.10-7が書かれていたときは,ちょうど経済的問題に悩み,アメリカへの移住を考えていた時期だと思われます。
ショパンが多用したハ長調
ショパンが遺した作品で調性が確認できる254曲のうち,実に17曲がハ長調で作曲されています。
これは作品全体の6.69%になり,変イ長調に次いで,2番目に多く使われた調になります。
ただし生前に出版された作品ではハ長調の作品は9曲だけで,しかも小品がほとんどです。
特にショパンが気に入っていた調というわけではなさそうです。
ショパンのハ長調の作品には主要作品がほとんどなく,Op.10-7もショパンの作品の中では目立たない作品といって良いでしょう。
Op.10とOp.25,全24曲の調性と作曲年の一覧表
ウィーン式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は青太字に,
イギリス式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は緑太字で表示しています。
No. | Op. | - | BI | 調性 | 作曲年 | 19才 | 20才 | 21才 | 22才 | 24才 | 25才 | 26才 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 10 | 1 | 59 | ハ長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
2 | 10 | 2 | 59 | イ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
3 | 10 | 3 | 74 | ホ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
4 | 10 | 4 | 75 | 嬰ハ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
5 | 10 | 5 | 57 | 変ト長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
6 | 10 | 6 | 57 | 変ホ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
7 | 10 | 7 | 68 | ハ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
8 | 10 | 8 | 42 | ヘ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
9 | 10 | 9 | 42 | ヘ短調 | 1829年 | 19才 | ||||||
10 | 10 | 10 | 42 | 変イ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
11 | 10 | 11 | 42 | 変ホ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
12 | 10 | 12 | 67 | ハ短調 | 1831年 | 21才 | ||||||
13 | 25 | 1 | 104 | 変イ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
14 | 25 | 2 | 97 | ヘ短調 | 1835年 | 25才 | ||||||
15 | 25 | 3 | 99 | ヘ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
16 | 25 | 4 | 78 | イ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
17 | 25 | 5 | 78 | ホ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
18 | 25 | 6 | 78 | 嬰ト短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
19 | 25 | 7 | 98 | 嬰ハ短調 | 1836年 | 26才 | ||||||
20 | 25 | 8 | 78 | 変ニ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
21 | 25 | 9 | 78 | 変ト長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
22 | 25 | 10 | 78 | ロ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
23 | 25 | 11 | 83 | イ短調 | 1834年 | 24才 | ||||||
24 | 25 | 12 | 99 | ハ短調 | 1835年 | 25才 |
作曲時に使用していたピアノ
- ショパンがエチュードの作曲で使用したピアノについての詳細な解説は,ショパン エチュード【ショパンが作曲に使用したピアノ】をご覧ください。
- ショパンの使っていたピアノの音域では,ショパンがその生涯で使っていたピアノの音域について解説しています。
ショパンは1831年の9~10月ごろにパリに到着してまもなく,プレイエルのピアノと出会っています。
1832年の2月25日にはプレイエル・ホール (サル・プレイエル) でのパリ・デビューリサイタルも成功させていて,
Op.10-7を作曲していた1832年の春には,すっかりイギリス式アクションを備えたプレイエルのピアノに慣れ親しんでいたころだということになります。
しかし,Op.10-7は明らかにウィーン式アクションのピアノの方が弾きやすい作品です。
Op.10-7は音量の変化による表情付け(デュナーミク)が重要ではない作品です。
指先の軽い力で明るい音が鳴り響き,多少のタッチのムラがあっても均一な音量が鳴ったであろうウィーン式アクションのピアノならば,Op.10-7は随分弾きやすかったと思います。
Op.10-7が1832年に書かれたという明確な証拠は見当たらないため,1830年ごろ,ポーランドを出発する直前に書かれていた可能性もあります。
当サイト管理人は,Op.10-7はポーランド時代にほぼ完成された作品で,ウィーン式アクションのピアノのために書かれた作品なのではないかと想像しています。
ショパンが記譜した発想記号・速度記号
ショパン エチュード【ショパンが記譜した演奏指示】の解説記事では,ショパンが練習曲集に記譜した演奏指示をまとめています。
書き込まれている演奏指示は2個だけ
練習曲集Op.10は,ショパンの他の作品と比べて,演奏指示がたくさん書き込まれています。
そんな中,Op.10-7はたったの2個しか演奏指示が書かれていません。
Op.10-7に書かれている演奏指示は,
- 冒頭にVivace;生き生きと。速く。
- 17小節目(中間部の冒頭)にdelicato;繊細に。優美に。
の2個だけになります。
ショパンの作品は特に指示がなくても「繊細に」「優美に」演奏するのは暗黙の了解といえるでしょう。
「粗雑で」「俗悪な」演奏などショパンの作品ではありえないことです。
そんなショパンがとりわけ「delicato」と書いているということは,よい一層「繊細で」「優美な」演奏が求められているということです。
中間部から左手がリズミカルに跳躍を繰り返します。
躍動感あふれる舞踏的な表現にならないように釘をさしているのでしょう。
清書原稿とフランス初版でテンポ指定が少しだけ異なる
1833年の3月ごろまでに書かれた清書原稿と,1833年6月に実際に出版されたフランス初版を見比べると,テンポ指定が少し違っています。
ショパンが校正段階で書き直したことになります。
そのテンポの差はたったの「4」!
細部にこだわるショパンの性格がよくあらわれていますね。
また,清書原稿をみると,Prestoと書いたものを消してVivaceに書き換えているようです。
強弱記号もペダル指示もあまり書かれていない
Op.10-7は強弱記号も少なく,ペダル指示(上の図に緑色で図示)も少ないです。
コーダにはやが書かれていますが,曲全体を通しての指示です。
中間部には「delicato;繊細に,優美に」と書かれていますし,
Op.10-7は繊細に,静かに演奏するのが基本です。
ショパンはペダル指示も熟考のすえ書き込んでいますので,ペダル指示がないということは,暗に「ペダルをあまり使わないように」と指示していることになります。
ペダル指示が書かれている箇所と,書かれていない箇所がはっきりと区別されています。
演奏の際にも明確な違いを表現するべきでしょう。
ゴドフスキー『ショパンのエチュードによる53の練習曲』
ゴドフスキーはOp.10-7を元に3曲の編曲を書いています。
1st Study in C major (“Toccata”)
1曲目は,原曲と右手左手の役割を入れかえたバージョンです。
右手で弾くだけでもあれだけ難しい音型を左手で弾くわけですから,その難易度はぶっ飛んでいます。
途中から右手も複雑になり,大変なことになります。
譜面を見ただけで練習する気力がなくなります(笑
中間部では低音ベース音も右手が弾くため,右手が大忙しになります。
もちろん左手は例の難しい音型を弾き続けています。
2nd Study in G♭ major (“Nocturne”)
2曲目は変ト長調に転調され,叙情的な曲に編曲されています。
”Nocturne”という標題がつけられています。
大幅に書き換えられているため,何も知らずに聴いたらOp.10-7の編曲とは気づかないかもしれません。
半音階的な移ろいゆく甘い和声進行が美しく,ゴドフスキーらしい素晴らしい作品です。
もはや編曲の域をこえてしまっていますが,ゴドフスキーらしい美しい作品として楽しめます。
まるでショパン自身が書いたようなカデンツァが美しいです。
3rd Study in E♭ major (left hand only)
出ました。ゴドフスキーといえば「For the left hand alone」です。
変ホ長調に転調されています。
音の厚みがあまりなく,左手だけで弾いている感じが伝わってしまう作品です。
『ショパンのエチュードによる練習曲」の53曲の中では,パッとしない作品かな,と思います。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 原典資料
ショパン エチュード【原典資料】の解説記事では,ショパンの練習曲集全体の,初版や自筆譜,写譜などの原典資料について詳細をまとめています。
ショパンの自筆譜
ショパン自筆によるフランス初版の清書原稿を,ニューヨークのピアポント・モーガン・ライブラリーが所蔵しています。
信頼できる原典資料~フランス初版~
パリ,M.Schlesinger(M.シュレサンジュ),1833年6月出版。
めずらしく,ショパンは校正にしっかりと関わっています。
この頃のショパンは,パリなどヨーロッパの主要都市でデビューしたばかりの新人作曲家でした。
後年のように友人に任せっきりにするのではなく,ショパン自身が校正にちゃんと関わっていました。
練習曲集Op.10のフランス初版は,信頼できる一次資料です。
他の初版
ドイツ初版
ライプツィヒ,F.Kistner(F.キストナー),1833年8月出版。
フランス初版の校正刷り(ゲラ刷り)をもとに作られています。
いつも勝手な判断で譜面を変えてしまい,しかも「原典版」として後世の出版譜に多大な影響を与えているドイツ初版ですが,Op.10-7については特別変に手を加えているところはありません。
イギリス初版
ロンドン,Wessel & C°(C.ウェッセル),1833年8月出版。
フランス初版をもとに作られています。
原典資料としてはあまり価値がありません。
ショパンの生徒がレッスンで使用していたフランス初版
ショパンの生徒がレッスンで使用していたフランス初版が3種類現存しています。
- カミーユ・デュボワが使用していたフランス初版(フランス版の第三版)
パリのフランス国立図書館所蔵 - ジェーン・スターリングが使用していたフランス初版(フランス版の第二版)
パリのフランス国立図書館所蔵 - ショパンの姉,ルドヴィカが使用していたフランス初版(フランス版の第三版)
ワルシャワのショパン協会所蔵
ジェーン・スターリングとルドヴィカが使っていたフランス初版のOp.10-7のページには書き込みが遺されていません。
難易度の高い作品ですから,ショパンのレッスンを受けていないのでしょう。
カミーユ・デュボワの楽譜にはショパン自筆の手で,強弱記号やアクセント,cressc.,dim.など,
デュナーミクに関する書き込みが多数遺されています。
詳細は「自筆譜を詳しく見てみよう!」の項目でご紹介します。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 構成
分かりやすい三部形式
ショパンの練習曲集Op.10,Op.25の24曲はすべて三部形式で書かれています。
崇高な芸術作品でありながら決して難解ではなく,分かりやすい構成で作られているところは,
ショパンの作品の魅力の一つです。
Op.10-7も典型的な三部形式で書かれています。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 出版譜によく見られる間違い
現在出版されている多くの出版譜が,本来ついていないはずのタイをつけてしまっています。
順番に解説します。
11小節目,左手C♯音は「タイなし」が正解
11小節目の左手ですが,自筆譜も各初版もC♯音にタイはついていません。
にも関わらず,何故かミクリ版ではタイをつけてしまっていて,
現在出版されている多くの出版譜にこの間違いが受け継がれてしまっています。
タイをつけないのが正解です。
30~31小節目,左手旋律には「タイがない」のが正解
30~31小節目の左手の旋律ですが,フランス初版や他初版,ミクリ版など主要出版譜にはタイがついていません。
しかし,多くの出版譜がコルトー版のように勝手にタイをつけてしまっています。
清書原稿ではタイがつけられていましたが,校正段階で消されています。
タイをつけないのが正解です。
細かい間違いを挙げだしたらキリがない
ショパンの作品は様々な出版社が出版しています。
特に練習曲集Op.10のような人気作品になると,ちょっとした楽譜専門店にいけば,数え切れないほどの楽譜が並んでいます。
そして,どれひとつとして同じ楽譜がない,と言っていいぐらい,出版譜によって譜面に違いがあります。
とくに,アクセントやスラー,タイなどのアーティキュレーション(フレージング),強弱記号,ペダル指示などは,校訂者が思い思いに勝手な変更を多数加えています。
「ショパンの楽譜は参考例に過ぎないから,自分の頭で考えて,自分なりの演奏表現を探さないとダメ」みたいな教え方をしている先生方も多いと聞きます。
出版譜が変われば譜面が変わってしまうため,事情を理解している先生方にとっては,出版譜は信頼できないものなのでしょう。
当サイト管理人もまったくその通りだと思います。
しかし,エキエル版の出版によって状況は変わりました。
エキエル版は原典版として全幅の信頼を置くことができる楽譜です。
パデレフスキ版やコルトー版で長年勉強されてきた先生方にとっては,いまさら違う出版譜を使い始めると,勉強のやり直しになって大変かとは思います。
しかし,目の前の生徒さんのために,まずは先生方がエキエル版を勉強し,生徒にはエキエル版を与え,エキエル版でレッスンをしていただければと願っております。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 自筆譜を詳しく見てみよう!
ショパン自筆の清書原稿
ショパン自身が書いたフランス初版の清書原稿が遺されていて,
ニューヨークのピアポント・モーガン・ライブラリーが所蔵しています。
全景
ショパンらしい丁寧な記譜です。
冒頭
メトロノームによるテンポ指定がフランス初版とは,ほんの少しだけ違っています。
Prestoを消してVivaceに書き換えている跡も遺っています。
スラーやアクセントなどのアーティキュレーションも,最終的なフランス初版とほぼ同じところまで書き上げられています。
指遣いも既に書かれています。
Op.10-7も,塗りつぶすのではなくてインクを丁寧に削り取って修正した跡が多数遺されています。
譜面づくりへの意気込みとこだわりが伝わってきます。
削り取った跡をピックアップして拡大画像をご紹介します。
丁寧にインクを削り取って修正した跡
丁寧に削り取られているため,注意して見ないと見逃してしまうぐらい,きれいに修正されています。
ペダル指示も,フランス初版とほぼ同じ状態にまで完成されています。
ペダル指示が書かれているのは中間部の前半と,曲の最後のハ長調で解決・終止を迎えるところだけです。
生徒の楽譜へのショパン自身の書き込み
ジェーン・スターリング,ルドヴィカが使っていたフランス初版のOp.10-7のページには書き込みが遺っていません。
スターリングもルドヴィカもアマチュアのピアノ愛好家だったので,難易度の高いOp.10-7のレッスンは受けていなかったのでしょう。
カミーユ・デュボワが使っていたフランス初版(フランス版の第三版)
カミーユ・デュボワが使っていたフランス初版(フランス版の第三版)にはショパンの書き込みが多数遺されています。
9小節目,アクセントの追加
アクセントや強弱記号,クレッシェンドやディミヌエンド(デクレッシェンド)など,
デュナーミクに関する書き込みです。
9小節目の左手2拍目にアクセントが追加されています。
エキエル版にはショパンの最終的な決定だとして,このアクセントは譜面に印刷されています。
25小節目,フォルテの追加
25小節目にはが書き込まれています。
エキエル版には( )付きで印刷されています。
27~28小節目,cresc.が消されて,dim.が書き込まれている
27小節目のcresc.が消され,28小節目にdim.が書き込まれています。
当サイト管理人の参考演奏動画では,この指示に従って弾いています。
エキエル版では脚注にこのことが明記されています。
29小節目,フランス初版の間違いの訂正
ショパンは横に長いアクセント記号を多用していました。
ショパン自身がはっきりと明言しているわけではありませんが,普通のアクセントと,横に長いアクセントは,表現の仕方が違います。
横に長いアクセントは,単に音を強めるのではなくて,表現として強調する指示だと考えられます。
エキエル版ではアクセントに訂正されています。
なお,ショパンの自筆譜を見ると,さすがに横に長すぎじゃないかと思います。
これはディミヌエンド(デクレッシェンド)だと勘違いされてもしょうがないですね。
エキエル版ではアクセントに訂正されています。
36小節目,クレッシェンドの追加
36小節目には右手音型にクレッシェンドが書き加えられています。
44小節目,p(ピアノ)の書き込み
元々印刷されていたの上からわざわざを書いています。
何があったのでしょうね?
印刷が不鮮明だったのでしょうか。
56~57小節目,クレッシェンドが消されてdim.が書き込まれている
最後,ハ長調で解決・終止を迎えている場面です。
56小節目のcresc.や57小節目のが消されて,dim.が追加されています。
エキエル版では脚注に明記されています。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 演奏の注意点
「練習課題」の章を事前にお読みいただくようにお願いします!
訓練用教材としてOp.10-1に匹敵する恩恵が得られる
「練習課題」のところで解説しましたが,Op.10-7は訓練用の練習課題としてバツグンの効果を発揮する作品です。
正しく反復訓練をすれば,Op.10-1と同じように,脱力や体幹の安定,柔軟性といった,ピアニストにとって大切な素養が強化されます。
しかし,ショパンが遺した訓練課題から恩恵を受け取るためには,正しい姿勢で練習しなければなりません。
間違えた弾き方で集中的に訓練をすると,その間違えた弾き方を体が覚えてしまったり,
腱鞘炎など手指を痛めてしまったり,ということにもなりかねません。
試験やコンクールの課題になっていたりすると,気持ちが焦ってくるかもしれませんが,焦りは禁物です。
急がば回れ,とも言います。
せっかくOp.10-7という素晴らしい教材で勉強するのですから,
身につけられるものをしっかりと自分のものにしましょう。
重要なポイント 1.疲れない,2.痛くならない
正しい姿勢になっているか,正しい弾き方になっているか,というのは,できれば先生に見ていただいて,確認や助言をいただきながら練習をするのがベストですが,
いつもいつも先生につきっきりで見ていただくわけにもいかないでしょう。
正しい弾き方ができているかどうかのセルフチェックのポイントは2つ。
長時間繰り返し練習したときに,
- 疲れない
- どこも痛くならない
ような弾き方ができていれば,とりあえず安心です。
十分に遅いテンポで練習をしよう
「疲れない」「痛くならない」弾き方というのは,
具体的には「ゆっくり遅いテンポで」弾くことと言ってよいでしょう。
速く弾こうとするから,余計な力が入ったり,無理な弾き方になったりして,
「疲れたり」「痛くなったり」することになります。
弾いているうちにどうしても速くなってしまうと思います。
メトロノームを使用するのが良いでしょう。
ぐらいのテンポで練習するのがベストだと思います。
遅いテンポで隅々まで完璧に弾けるようになったら少しずつテンポを上げていきますが,
焦らなくても大丈夫です。
遅いテンポで確実に弾けるようになれば,テンポを上げるのはそう難しいことではありません。
気持ちばかり焦って,ちゃんと弾けるようになっていないのにテンポを上げていっても,結局は弾けるようにならないです。
「こんな遅いテンポで練習していて,本当に速いテンポで弾けるようになるのか?」と焦る気持ちは分かりますが,遅いテンポでしっかりと練習を積むことが,結局は近道になります。
もしくはで弾きながら,体の状態や,ピアノから鳴っている音をよく確かめて,
- 全身がしっかり脱力できているか
- 上半身や肘,手首がくねくね動いていないか
- 手の平が鍵盤と平行に保たれているか
- どこか疲れている箇所や,痛みを感じている箇所はないか
- 不用意に大きな音が鳴っていないか
- 打鍵がカスッて鳴っていない音はないか
など,入念に確かめながら繰り返し練習します。
また,練習段階ではペダルは使わないようにしましょう。
ペダルに頼らずに,手指のコントロールだけで粒のそろった音を出すように練習します。
右手は声部を分けて練習しない
Op.10-7のように難易度の高い作品は,部分ごとに分解して練習するのが基本ですが,
右手の2つの声部を分けて練習するのはNGです。
「練習課題」のところにも書きましたが,右手の音型は正しい演奏姿勢を身につけるために考え出された,画期的な音型です。
2つの声部を一緒に弾くことで,自然と手の平が鍵盤と平行に保たれるようになっていきます。
2つの声部を分けて練習すると,手首の回転や腕の上下運動など,不要な動きを誘発しかねないので,やめておきましょう。
細かく区切って分解練習
Op.10-7のような難易度の高い作品は,小さく区切って部分練習するのが基本です。
右手と左手を分けて練習するのはもちろんですが,
特にOp.10-7は1拍ごとに手の形,指の配置を変化させなければなりませんから,
1拍ごとに区切って練習します。
1拍(16分音符2つ)ずつ正確に弾けるようになったら,
→2拍ずつ→3拍ずつ→両手で→1小節ずつ→・・・・
というように,少しずつ範囲を広げて反復訓練を重ねます。
「反復訓練など不要」「反復訓練は害にしかならない」という意見があります。当サイト管理人もこの意見には賛成です。
しかし残念ながら,Op.10-7のレベルになると,反復訓練をしない限り,永遠に弾けるようにはなりません。
具体的には上の譜例のような反復訓練になります。
上の譜例の反復訓練によって,ようやく3拍目,1小節目の半分だけが弾けるようになります(笑
Op.10-7の右手の音型は,音型が下降するときのタッチのコントロールが難しいので,
下降音型はより入念に練習を積みます。
また,Op.10-7は右手だけでなく,実は左手も結構難しいです。
音程広く飛躍することが多く,腕のポジションを移動させた勢いそのままに打鍵してしまうと思わぬ大きな音が出てしまいます。
かといって慎重になりすぎると打鍵がカスッて音が鳴りません。
目を閉じて鍵盤を見ていなくても正確に打鍵できるようになるまで,腕や手のポジションを体に覚え込ませましょう。
特に弾きにくい箇所
右手音型はずっと同じことをしているように見えますが,実際に弾いてみると,特に弾きにくい箇所がいくつかあります。
右手音型が下降する箇所
右手音型が下降する箇所は,手首の回転を利用してポジションを下に移動させようとすると,5指に思わぬ力が入ってしまいます。
手首の回転による勢いは,2-3指による打鍵のコントロールも難しくします。
手首の回転に頼らず,腕全体のポジションをしっかり移動させる必要があります。
右手の1指(親指)が黒鍵を弾く箇所
右手の1指が黒鍵を弾くところも音が崩れやすいです。
手のひら全体が鍵盤の奥まで移動することになるので,その前後での打鍵コントロールが非常に難しいです。
手の形や指の配置など「これしかない」というポジションにピタッと当てていかないと,演奏がぐずぐずになります。
Op.10-7は1拍ごとにポジションの移動を伴います。
ショパン指定のテンポで弾いているときには,なんと約0.24秒ごとに適確なポジションに移動しなければなりません。
考えながら意識してポジション移動をするのは無理なので,
ゆっくりと遅いテンポで最適なポジションを繰り返し身体に覚えさせる必要があります。
中間部の左手
中間部の左手は広い音程を飛びまわるので,タッチコントロールが難しいです。
Op.10-7の音楽的な主体は左手にあります。
右手が多少崩れても上手くごまかせば音楽そのものは崩れませんが,
左手が崩れてしまうと,音楽そのものが崩れます。
人前で演奏するときには,左手の安定は欠かせません。
右手音型が白鍵ばかりを弾く箇所
さらに,右手音型が白鍵ばかりを弾くところはミスタッチをしやすいです。
数小節にわたって白鍵しか弾かない場面では,黒鍵を目印にポジションを決められないので,
事前のポジション確認がより一層重要になります。
遅いテンポでゆっくりと繰り返し手や腕のポジションを身体に覚え込ませるのがポイントです。
ペダルの踏む,踏まないを明確に
ペダルの踏む・踏まないを明確に表現
ショパンがペダルの指示を書き込んでいる場所を緑色で示しました。
中間部の前半と,曲の最後のハ長調で解決・終止を迎える場面以外は,ペダルの指示がありません。
ショパンはペダル指示も熟考のすえ書き込んでいます。
この偏ったペダル指示はショパンが意図的に書いたものです。
- ペダル指示のないところでは極力ペダルの使用を控えて,
- ペダル指示があるところではしっかりとペダルを踏んで,
明確に響きを変化させないとペダルによる演奏表現がぼやけます。
曲の大半はペダル指示がありませんので,基本的にはペダルなしで演奏することになります。
演奏会などで演奏するときはピアノが豊かに響くようにハーフペダルは使うことになりますが,ここであまり深く踏みすぎると,ペダルを踏み込む箇所と明確な響きの変化が作り出せないので気をつけましょう。
練習するときには,できるだけノン・ペダルで練習した方が,練習課題の訓練効果が高まります。
中間部の前半ではペダルを深く踏んで主部や再現部との響きをしっかり変化させましょう。
著作権の切れたショパンの作品をどのように演奏するのかは演奏者の自由ですが,
中間部に入ったところで逆にペダルを浅くして軽やかに演奏するのは,ショパンの意図するものとは真逆の表現だということになります。
最後はペダルをベタ踏み
Op.10-7の最後はきもちよくハ長調に解決されて終わります。
4小節にわたって演奏されるハ長調は実に爽快です。
この最後のハ長調の終止ですが,ショパンは
- 4小節にわたってペダルをベタ踏みするように,
- そして最後はペダルを踏んだままにするように,
書いています。
ペダルをベタ踏みにする,という弾き方は初心者がよくやってしまう失敗の一つです。
ピアノ上級者は,ペダルをベタ踏みすることに抵抗があるのではないでしょうか。
しかし,ショパンの作品にはペダルをベタ踏みにする場面がよく出てきます。
そして,素晴らしい音響効果を生み出します。
出版譜のペダルの指示は校訂者によって好き勝手に書き換えられていることが多いです。
常識的なペダルの踏み変えをしてしまうと,せっかくの素晴らしい音響効果があらわれません。
前打音,アルペッジョの奏法
低音部の前打音の奏法
ショパンの装飾音は拍と同時に演奏するのが基本ですが,
低音部の前打音は先取りで演奏します。
低音符の前打音は「先取りで」演奏する珍しい例の一つです。
普段から間違えて装飾音を先取りで演奏している演奏者が多いでの,
低音部の前打音を間違えて演奏している演奏はほとんどありません。
普段から正しく装飾音を拍と同時に演奏している演奏者だけ,注意してください。
低音部アルペッジョの奏法
低音部のアルペッジョも先取りで演奏する珍しい例の一つです。
先取りで演奏されなければならないのは,一番下の音だけです。
具体的には上の譜例のような弾き方になります。
先取りしなければならないのは最低音の「C音(ドの音)」だけです。
下から2番目の「G音(ソの音)」は先取りで弾いても良いですし,拍の頭や拍の後で弾いても良いです。
G音も先取りで弾くと音が詰め込まれすぎて,テンポが崩れたり,打撃音が鋭くなってしまったりするかもしれません。
G音は拍の頭か,拍よりも後で弾く,つまりは上の譜例の左側のように弾くのが良いと思います。
どうしてもOp.10-7の練習に気持ちが向かないときは・・・
Op.10-7の練習に気持ちが向かないときは,いったん他の作品の練習に取り組むのも良いのではないでかと思います。
Op.10-7を気に入って「好きな曲だから弾けるようになりたい!」というような動機があれば練習もがんばれるのですが,
どちらかというと,何かしらの課題で仕方なく練習することになってしまった,という方のほうが多いのではないでしょうか。
ショパンのエチュードを順番にレッスンしていただいているのでしたら,
Op.10-7に取り組んでいるということは,そろそろショパンのエチュード全曲制覇が間近なのではないかと思います。
これは大きなモチベーションにつながりますね。
どうしてもOp.10-7に取り組む気力がわかないときは,もしもまだOp.10-1に取り組んだことがなければ,先にOp.10-1のレッスンをお願いするのも良いかもしれません。
「アルペッジョの練習なんかしても関係ないでしょ?」と言われるかもしれませんが,
Op.10-1は単なるアルペッジョの練習曲ではありませんし,Op.10-7も単なる重音連打の練習曲ではありません。
Op.10-1もOp.10-7も脱力と体幹の安定,柔軟性が求められる作品で,
両曲とも,演奏のために必要な基礎技術が似ています。
この2曲を比べれば,Op.10-1の方が格段に難しいですが,Op.10-1はいつかちゃんと弾けるようになりたいと憧れている方も多いでしょう。
Op.10-1の方が練習のやる気が湧くのではないでしょうか。
Op.10-1をしっかりと反復練習した後でOp.10-7に取り組むと,随分と弾きやすく感じられるようになると思います。
同じようにOp.25-8やOp.25-10,Op.25-12『大洋』も,Op.10-7と似た技術が必要な作品ですが,
Op.10-7と訓練課題がまったく同じというわけではありません。
Op.10-7と必要な技術が一番近いのはOp.10-1です。
Op.10-7に取り組んでいる段階だと,Op.25-10やOp.25-12はレッスン済みかもしれません。
Op.25-10やOp.25-12はショパン指定のテンポに近い速さで,疲れを感じずに弾けるようになっておりますでしょうか。
そうでなければ,もう少しOp.25-10やOp.25-12の練習に時間をかけても良いかもしれません。
くれぐれも注意していただきたいのは,少しでも疲れを感じるような弾き方で繰り返し練習すると,
悪い演奏姿勢を体が覚えてしまうとともに,腱鞘炎などの原因となってしまうこともあります。
何回繰り返し弾いても,どこも疲れず,どこも痛みを感じない,そのような弾き方と,十分すぎるほどの遅いテンポで練習してください。
要するに「無理してOp.10-7に取り組まずに,まずは他の曲で基礎技術の向上を図ってみてはいかがでしょうか?」ということなのですが,
試験やコンクールの課題曲がOp.10-7なのだとしたら,避けては通れないですよね・・・
Op.10-7に取り組むことで大きな恩恵が得られることは間違いないので,
前向きにとらえてがんばってください。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-7 実際の演奏
当サイト管理人 林 秀樹の演奏です。2021年5月録音
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-7単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
本来,練習曲集は12曲(もしくは24曲)全曲を通して演奏するべきなのですが,
原典に忠実な録音を残すために,1曲ずつ何回も(ときには100回以上も)録り直して録音しました。
Op.10-7も50回~60回ほど録り直しています(なんと!)
演奏動画を録音したときの苦労話はショパンの意図に忠実な参考演奏動画【練習曲集Op.10】をご覧ください。
今回は以上です!