ショパンの練習曲Op.10-4嬰ハ短調のすべてをひとつの記事にまとめました!
特に今回はOp.10-4の構造を「動機労作(主題労作)」「紡ぎ出し」の観点で詳細に分析しています。
ぜひご覧ください!
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-4単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
- ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-4 概要
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 原典資料
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 構成
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 動機労作(主題労作,紡ぎ出し)
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 出版譜によく見られる間違い
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 自筆譜を詳しく見てみよう!
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 生徒の楽譜へのショパンの書き込みを見てみよう!
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 演奏の注意点
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 実際の演奏
ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-4 概要
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10,Op.25【概要と目次】
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10 Op.25 概要の章に練習曲集全体の概要をまとめています。
- 海外での呼び名の章に練習曲集全曲の海外での呼び名をまとめています。
- 各曲の練習課題の章に練習曲集全曲の練習課題をまとめています。
- ショパンの指づかいにショパンの運指法をまとめています。
- ショパン作品一覧ではショパンの全作品を一覧表にまとめています。
標題のない人気作品
ショパンの作品の中でもポピュラーで人気のある作品には,魅力的な標題がつけられていることが多いです。
エチュードだけを見ても『別れの曲』『黒鍵』『革命』『エオリアン・ハープ』『木枯らし』『大洋』などと魅力的な標題がつけられています。
ショパン自身は自分の作品に標題をつけられることを嫌っていたため,これらはショパン自身がつけた正式な標題ではありません。
しかし,作品の魅力を端的に分かりやすく表現しており,
これらの作品の人気を後押ししていることは間違いないです。
そんな中,練習曲はOp.10-4は標題がつけられていないにも関わらず,大変人気の高い作品です。
Op.10-2やOp.25-6のようないぶし銀の技巧ではなく,
誰が見ても分かりやすく「難しそう!」と伝わる,ストレートな技巧が魅力的だからでしょう。
いかにも技巧的で難しそうなOp.10-4は,
多くの人が「ショパンのエチュード」に抱く印象とピッタリ一致するのではないでしょうか。
「弾けたらカッコいい!」「いつか弾いてみたい!」と憧れている人も多い作品です。
2つの動機を繰り返し発展させて作品を仕上げるという,古典的な手法で作曲されているのも魅力です。
これは「動機労作」「主題労作」「紡ぎ出し」などと呼ばれる作曲手法で,
バッハやベートーヴェンの作品のような威厳が感じられる重厚な曲想につながっています。
なお,海外では24曲の練習曲全てに標題がつけられていて,Op.10-4は ‘Torrent'(激流)と呼ばれているそうです。
そこかしこで激しく渦がまいている様子を思い浮かべると,Op.10-4にふさわしい標題ですね。
冒頭がカッコいい!
アウフタクト(弱起)で始まる冒頭は,いきなり属音(G♯・ソ♯)から主音(C♯・ド♯)への音楽的解決から始まります。
両手オクターブのユニゾンによる内から外へ大きく飛躍するようなという音楽的解決と,スケール(音階)によるという音楽的解決が重なっていて,これ以上ないぐらいキャッチーな始まり方です。
どんなに上の空でぼんやりしている聴衆でも,一気に音楽の世界に引きずり込まれます。
そして,滞ることなく激流のように鳴らされ続ける16音符に心を奪われます。
映画やアニメなどで使用される機会も多い作品ですが,冒頭の数秒間だけで「難しい曲をかっこ良く弾いていますよ!」というのが分かりやすく劇的に伝わるので,作中で使いやすい作品なのかもしれません。
attacca il presto con fuoco
Op.10のフランス初版の清書原稿はショパン自身が書いていて,ショパン自筆の清書原稿のほとんどが遺されています。
Op.10-3『別れの曲』の清書原稿の最後にはattacca il presto con fouco と書かれています。
presto con fouco とはOp.10-4のことですので,
「第3番(別れの曲)を弾き終わったら,間をあけずにすぐに第4番を弾きなさい」という演奏指示です。
このことから元々はOp.10-3『別れの曲』とOp.10-4は一組の対になった作品として書かれていたことが分かります。
叙情的な『別れの曲』が静かに終わった後,間をあけずに突如Op.10-4の嬰ハ短調の音楽的解決が鳴らされるいうのは劇的な効果があります。
Op.10の各曲の調性を見比べると,前奏曲集Op.28と同じ用に平行調を柱に調性を配置しようとしていたようです。
ショパンは練習曲集を作曲するにあたって,バッハの平均律クラヴィーア曲集のように,長調と単調を関係のある調で組にして,24の調をすべて使った作品にしようと計画していたのでしょう。
しかしさすがのショパンも24のすべての調を使うというのは難しかったようで,
Op.10-7は再びハ長調となり,その壮大な計画は成し遂げられませんでした。
ショパンはOp.25の練習曲を出版した2年後に,
24の調性をすべて配置した『前奏曲集Op.28』を見事出版しています。
練習曲集Op.10ではハ長調の次の曲が平行調のイ短調となりますが,
イ短調の次には,ハ長調やイ短調と関係があまりないホ長調になっています。
前奏曲集Op.28では,ハ長調→イ短調の次の曲はト長調になっています。
ト長調はハ長調の属調(イ短調の属調平行調)です。
そしてその後も,5度上の属調へ推移し続け,前奏曲集Op.28の24曲全てが有機的に結びつけられています。
Op.10の練習曲集も本来ならば,第3番はホ長調ではなくて,ト長調にするべきなのでしょうが,ショパンはト長調の作品をあまり好んでいませんでした。
ショパンが生前に出版したト長調の曲はたったの3曲だけ。
・前奏曲Op.28-3
・ノクターンOp.27-2
・マズルカOp.50-1 の3曲だけです。
嬰ヘ長調()とか変ホ短調()の曲が少ないのなら分かりますが,ト長調()が3曲だけというのは少なすぎるでしょう。
なおショパンは生前に出版した曲だけでも,
・嬰ヘ長調の作品は4曲,異名同音調の変ト長調も含めると7曲
・変ホ短調の作品は4曲
も書いています。
当サイト管理人の勝手な想像ですが,どうしても納得のいくト長調のエチュードを作曲することができず,「24のすべての調を使った練習曲集」という計画を断念したのではないかと思っています。
作品番号,調性,作曲年
ショパンが練習曲集を作曲したときの時代背景は,以下の解説記事をご覧ください。
*ショパンが練習曲集を作曲したのは主にパリ時代になります。
1832年8月6日の日付が遺された自筆譜
Op10-4は「1832年8月6日」の日付が書かれた自筆譜が遺されています。
ショパンは1831年の9月にはパリに到着していますから,
Op.10-4はパリに到着した後の作品になります。
Op.10の12曲のうち,パリに到着したあとに作曲したのはOp.10-3,4,7の3曲だけです。
この3曲はOp.10の中では最も遅く作曲されたものになります。
Op.25-4,5,6,8,9,10と同じ時期に作曲されています。
ショパンお気に入りの”嬰ハ短調”
ショパンはその生涯の中で異名同音調も含めて25の調を作曲に使いました。
ショパンは15曲もの作品に嬰ハ短調を用いていて,
これは変イ長調(28曲),ハ長調(17曲),イ短調(16曲)に次いで4番目に多いです。
ハ長調やイ短調の作品は小品がほとんどで主要作品は少ないですが,
嬰ハ短調の作品は主要作品ばかりです。
嬰ハ短調の作品15曲中,13曲はショパン自身が作品番号をつけて生前に出版した作品です。
- マズルカOp.6-2,Op.30-4,Op.41-4(多くの版ではOp.41-1となっている),Op.50-3,Op.63-3
- エチュードOp.10-4,25-7
- ポロネーズOp.26-1
- ノクターンOp.27-1
- 前奏曲Op.28-10
- スケルツォ第3番Op.39 ※大曲
- 前奏曲Op.45
- ワルツOp.64-2
死後出版された2曲も,現在ではCMなどで頻繁に使われているポピュラーな作品です。
- 幻想即興曲Op.66
- ノクターン『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』
こうしてショパンの嬰ハ短調の作品を並べてみると,名曲ばかりが並びます。
夢の中の水墨画の世界のような嬰ハ短調の響きが,
ショパンの作品に適していたのでしょう。
Op.10とOp.25,全24曲の調性と作曲年の一覧表
ウィーン式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は青太字に,
イギリス式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は緑太字で表示しています。
No. | Op. | - | BI | 調性 | 作曲年 | 19才 | 20才 | 21才 | 22才 | 24才 | 25才 | 26才 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 10 | 1 | 59 | ハ長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
2 | 10 | 2 | 59 | イ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
3 | 10 | 3 | 74 | ホ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
4 | 10 | 4 | 75 | 嬰ハ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
5 | 10 | 5 | 57 | 変ト長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
6 | 10 | 6 | 57 | 変ホ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
7 | 10 | 7 | 68 | ハ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
8 | 10 | 8 | 42 | ヘ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
9 | 10 | 9 | 42 | ヘ短調 | 1829年 | 19才 | ||||||
10 | 10 | 10 | 42 | 変イ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
11 | 10 | 11 | 42 | 変ホ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
12 | 10 | 12 | 67 | ハ短調 | 1831年 | 21才 | ||||||
13 | 25 | 1 | 104 | 変イ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
14 | 25 | 2 | 97 | ヘ短調 | 1835年 | 25才 | ||||||
15 | 25 | 3 | 99 | ヘ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
16 | 25 | 4 | 78 | イ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
17 | 25 | 5 | 78 | ホ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
18 | 25 | 6 | 78 | 嬰ト短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
19 | 25 | 7 | 98 | 嬰ハ短調 | 1836年 | 26才 | ||||||
20 | 25 | 8 | 78 | 変ニ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
21 | 25 | 9 | 78 | 変ト長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
22 | 25 | 10 | 78 | ロ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
23 | 25 | 11 | 83 | イ短調 | 1834年 | 24才 | ||||||
24 | 25 | 12 | 99 | ハ短調 | 1835年 | 25才 |
作曲時に使用していたピアノ
- ショパンがエチュードの作曲で使用したピアノについての詳細な解説は,ショパン エチュード【ショパンが作曲に使用したピアノ】をご覧ください。
- ショパンの使っていたピアノの音域では,ショパンがその生涯で使っていたピアノの音域について解説しています。
ショパンはパリに来て最新式のピアノと出会った
Op.10-4は「1832年8月6日」の日付が書かれた自筆譜(ラフ原稿)が遺されています。
ショパンは1831年9月ごろにはパリに到着していて, その頃からプレイエルなどイギリス式アクションのピアノを使用していました。
Op.10-4は最新のイギリス式アクションのピアノを使って作曲されています。
現代のピアノもイギリス式アクションが使われています。
ショパンはパリに来て,現代ピアノと同じ機構を備えた最新式のピアノと出会ったのです。
イギリス式アクションのピアノでは,重力奏法が可能になり,デュナーミク(強弱による表現法)による表情付けが可能になりました。
”重い”→”軽い”のアーティキュレーション
Op.10-4には重い→軽いのアーティキュレーションが出てきます。
重力奏法だからこそ表現可能なフレージングです。
フォルツァンドの多用
中間部に入るとフォルツァンドが多用されています。
現在出版されている楽譜のほとんどが,をやに変えてしまっています。
Op.10-4を演奏するときは,エキエル版などの原典版を確認するようにしましょう。
ショパンのフォルツァンドは単に大きな音を出すのではなく,深みのある印象に残る表情付けをするように,という演奏指示です。
これもイギリス式アクションのピアノだからこそ,表情豊かな演奏が可能になりました。
Op.10-4 運指
ショパンの運指の研究にもエキエル版が便利!
ショパンの指づかい(運指法)を研究するときにもエキエル版が重宝します。
エキエル版では
- ショパン自身が初版譜に記譜した指づかいは太字
- 編集者(エキエル氏)が追加提案した指づかいは斜体
- ショパンが生徒のレッスン譜に書き込んだ指づかいは(太字)
というふうに明示されていて,めちゃくちゃ便利です!
エキエル版ですが,2021年5月より日本語版が順次発売されています!
2021年秋には,練習曲集の日本語版が発売になるようです!
同じ音型は同じ指遣い
フランス初版にはほとんど指遣いが書かれていませんが,カミーユ・デュボワやジェーン・スターリングのレッスン譜にショパン自身が多数の運指を書き遺しています。
その運指を見ると,同じ音型は同じ指遣いで演奏するように書かれています。
Op.10-4は速いパッセージのほとんどがとの2つの音型でできています。
それぞれの運指を・と固定することによって,
- 運指をその都度変えるよりも速く演奏できる
- 同じ音型がすべて同じ音色で演奏できる
ようになります。
ショパンより前の時代では,同じ音型でも,どの音が黒鍵でどの音が白鍵なのかによって運指を変えるのが普通でした。
ショパンならではの独特な運指法です。
親指で黒鍵を弾くことも厭わない
同じ音型を同じ運指で引き続けると,親指が黒鍵を弾く場面が出てきます。
特にOp.10-4は嬰ハ短調ですので頻繁に親指で黒鍵を弾くことになります。
ショパンより前の時代では親指で黒鍵を弾くことを避けるのが普通でしたが,
ショパンは親指で黒鍵を弾くことを躊躇しません。
これもショパンならではの独特な運指法です。
Op.10-4の練習課題
音量の変化による表情付け
Op.10-4にはが6回も書き込まれています。
これはショパンの練習曲集24曲の中で最多になります。
曲の前半にはとしか書かれていませんが,コーダ(曲の最後)にはが4回も書かれています。
さらに,Op.10で唯一のが書かれています。
また,が多用されています。
Op.10-4は音の強弱・音量の変化による表現(デュナーミク)が音楽表現の柱になっていることが分かります。
重力奏法が可能となったイギリス式アクションのピアノだからこその音楽表現です。
主部と再現部もデュナーミクによる対比がなされている
主部と再現部を比べて見ると,音は全部同じなのですが,書き込まれている強弱記号は大きく変化しています。
再現部ではがなくなりました。
主部の最後はで終わっていますが,再現部の最後はで終わっています。
主部と再現部も音の強弱・音量の差によって表情が変化されています。
固定された運指による手首の安定
重力奏法では身体の重さ,特に腕の重さの伝え方を色々な方法で変化させますが,
一番大きな影響を与えるのは手首の角度になります。
イスの高さや姿勢などの影響も大きいので一概には言えないのですが,
手首が下がれば重みが鍵盤に伝わり,手首が上がれば重みから解放されます。
繊細な音量のコントロールのためには,手首・手のひらの安定が重要です。
「運指」の章で解説済みですが,Op.10-4は同じ音型は同じ運指で演奏するようにショパンは指示しています。
Op.10-4は速いパッセージのほとんどがとの2つの音型でできています。
それぞれの運指を・と固定することによって,指超えや指くぐりによる手首の揺れがなくなり,手のひらが鍵盤と常に平行に保たれることになります。
手首が安定することで,
- 音色(≒音量)が安定し粒のそろった音が出せる
- 繊細な音色(≒音量)の変化を音に与えられる
ようになります。
16分音符中の8分音符も手首の安定のため
3小節目ですが,16分音符の2音目が8分音符になっています。
アクセントは1拍目についていますから,8分音符のを強調するために8分音符にしているわけではありません。
この8分音符を2指(人さし指)で押さえたままにすることで,手首が右に回転してしまうのを防ぐことができます。
結果として音色(≒音量)が安定するとともに,繊細な音色(≒音量)の変化を音に与えることができるようになります。
メトロノームによるテンポ指定
ショパン エチュード【ショパンが指定したテンポ】の解説記事では,ショパンが指定したテンポについて詳細をまとめています。
ショパンのエチュードの中でも最も速く演奏される曲
最終的な決定稿であるフランス初版にはと書かれています。
ということは1分間あたり16分音符を704回演奏することになります。
1秒間あたりだと約11.7回。
1小節がだったの約1.36秒で演奏されることになります。
打鍵回数が1分間あたり700回前後になると,ほぼヒトの運動能力の限界になります。
1分間あたりの打鍵回数は,Op.10-1とOp.10-4,Op.10-8が同じ704回/分で,
Op.25-11『木枯らし』のエチュードを除けば,
ショパンのエチュードの中でも最も速く演奏される曲になります。
ショパンのテンポ指定どおりなら,Op.25-11『木枯らし』は飛び抜けて速く演奏されることになります。
実際は『木枯らし』のエチュードは指定テンポ通りの演奏は不可能なので,指定テンポよりも遅く演奏されます。
一流のピアニストが演奏する『木枯らし』のエチュードはぐらい(これがヒトの運動能力のほぼ限界です)なので,1分間あたりの打鍵回数は696回となります。
やはり1分間あたりの打鍵回数は700回前後が限界なのだと思います。
Op.10-4とOp.10-8は,Op.10-1と比べれば格段に弾きやすい音型でできているため,
Op.10-1と比べれば随分と弾きやすく感じるでしょう。
とは言え,人間の運動能力の限界に迫る速さであることは間違いなく,
極めて高い演奏技術が必要とされます。
ショパンは実際にピアノを弾きながら作曲します。
ショパンの作品は机上の産物ではありません。
というテンポ指示も,実際に演奏が可能なギリギリ上限のテンポが指定されています。
「なんとなくメチャクチャ速いテンポにしておこう」と決められたテンポではなく,科学的に考え抜いて熟考の末決められたテンポです。
古い自筆譜にもPresto con fuocoが記譜されている
Op.10-4は「1832年8月6日」の日付が書かれた古い自筆譜(ラフ原稿)が遺されていますが,
メトロームによるテンポ指定はまだありませんが,「Presto con fuoco」は既に記譜されています。
ショパンが記譜した発想記号・速度記号
ショパン エチュード【ショパンが記譜した演奏指示】の解説記事では,ショパンが練習曲集に記譜した演奏指示をまとめています。
ショパンはOp.10-4に多くの強弱記号やフォルツァンドを書き込んでいますが,
それ以外の発想記号は3つしか書き込んでいません。
- 冒頭 Presto con fuoco;火のように極めて速く。
- 46小節目 con forza;力を込めて。
- 71小節目 con piu fuoco possibile;可能な限り,さらに熱烈に・火のように。
が6回も書かれていたり(ショパンの練習曲集24曲の中で最多),が書かれていたり(Op.10の中で唯一Op.10-4だけ)もします。
ショパンがOp.10-4に,いかに情熱的な表現を求めていたのかが分かります。
ゴドフスキー『ショパンのエチュードによる53の練習曲』
ゴドフスキーは練習曲Op.10-4を左手だけで演奏するように編曲しています。
ゴドフスキーの他の作品と同様にめちゃくちゃ難しい作品ですが,
左手しか使わないので,原曲の迫力はなくなってしまい,演奏効果に乏しい作品です。
ゴドフスキーの左手のための作品は,音楽的に素晴らしい作品が多いのですが,
この編曲にはあまり魅力がありません(当サイト管理人の個人的意見です)。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 原典資料
ショパン エチュード【原典資料】の解説記事では,ショパンの練習曲集全体の,初版や自筆譜,写譜などの原典資料について詳細をまとめています。
フランス初版は信頼できる一次資料
- 献呈;フランツ・リスト
- フランス初版 パリ,M.Schlesinger(M.シュレサンジュ),1833年6月出版
- ドイツ初版 ライプツィヒ,F.Kistner(F.キストナー),1833年8月出版
- イギリス初版 ロンドン,Wessel & C°(C.ウェッセル),1833年8月出版
フランス初版は珍しくショパン自身がちゃんと校正に関わっています。
フランス初版は決定版としての資料価値が高く,ショパンの作品でここまで信頼できる原典資料が存在するのは珍しいことです。
ドイツ初版は恣意的に勝手な変更を多数加えていて,しかも「原典」として校正の楽譜に多大な影響を遺しています。
譜面の間違いの大本をたどると,大抵はドイツ初版に行き当たります。
イギリス初版はフランス初版を元に作られていて,原典資料としての価値はあまりありません。
ショパンの自筆譜
Op.10-4も,他のOp.10の曲と同じ用にショパン自身がフランス初版の清書原稿を書いていたと思われますが,失われています。
「1832年8月6日」の日付が書かれている古い自筆譜だけが遺されています。
まだ清書されていないラフ原稿ですが,最終版に近い形にまで完成されています。
細部を見ると,最終版とは細かな違いがあります。
ショパンの生徒が使用していたフランス初版
ショパンの生徒がレッスンで使用していたフランス初版が3種類現存しています。
- カミーユ・デュボワが使用していたフランス初版
パリのフランス国立図書館所蔵 - ジェーン・スターリングが使用していたフランス初版
パリのフランス国立図書館所蔵 - ショパンの姉,ルドヴィカが使用していたフランス初版
ワルシャワのショパン協会所蔵
カミーユ・デュボワのレッスン譜とジェーン・スターリングのレッスン譜には,ショパン自身が運指をたくさん書き遺していて,フレージングの修正や注意点も書き込まれています。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 構成
分かりやすい三部形式
ショパンの練習曲集Op.10,Op.25の24曲はすべて三部形式で書かれています。
崇高な芸術作品でありながら決して難解ではなく,分かりやすい構成で作られているところは,
ショパンの作品の魅力の一つです。
中間部がどこからはじまるかハッキリしない
Op.10-4も三部形式なのは明らかなのですが,主部と中間部の境目がハッキリしません。
ショパン好きが集まって,もしも「どこからがOp.10-4の中間部なのか」という話題になってしまうと,熱い議論が交わされることになります(笑
51小節目から再現部なのは明らかで,これは必ず意見が一致します。
しかし,どこから中間部が始まるのか,となると意見は中々一致しません。
「13小節目から中間部」説
当サイト管理人は13小節目からが中間部だと考えています。
Op.10-4の骨格となっている動機(モチーフ)を,右手→左手→右手と繰り返し,小さな三部形式を構成して12小節目で一つの区切りを迎えるからです。
ただしこの場合は,63小節目からコーダに入ったことになります。
すると,コーダのはじめの3~4小節目は中間部と同じになっていて,中間部のはじめの数小節がこんなところにもう一度顔を出すのは,かなり変則的な構成になります。
「13小節目から中間部」説を唱えると,この点を突かれることになります。
「17小節目から中間部」説
次は「17小節目から中間部」説です。
1~14小節目と51~64小節目はほぼ同じになっています。
そして65・66小節目が15・16小節目をほんの少しだけ変形した形になっていて,
67小節目から(正確には71小節目からかな?)コーダへなだれ込みます。
再現部と同じ音符が並んでいる1~16小節目が主部である,という主張ですね。
上の譜例はフランス初版で,何箇所かがになってしまっていますが,
赤四角で囲ったところはすべてが正解です。
13小節目以降,
左手で高速パッセージからのフォルツァンド
→右手で高速パッセージからのフォルツァンド
→左手で・・・
と繰り返す構成になっています。
16小節目までは,17小節目以降とつながりが強く,音楽的に切れ目があるようには感じません。
他にもたくさんの説が
他にも,「21小節目から中間部」説,「25小節目から中間部」説,「29小節目から中間部」説を聞いたことがあります。
なお「説」とかって書いてしまっていますが,学術的に正式な説というわけではなく,そんな意見を聞いたことがある,というだけです。
でも,出版物や論文に構成が記載されている場合は,この5つの説のどれかと同じになっていました。
ただし出版物などではOp.10-4が三部形式であることは大抵書いてありますが,何小節目から中間部なのかは書いていないことが多いです。
これだけ境目がハッキリしないんだから,もしかしたら三部形式ではないのかも??と思うのですが,
中間部は明らかに主部と曲想に変化があります。
51小節目の再現部に入ったときには,強く「戻ってきた」感じを受けます。
何度聞いても三部形式であるのは明らかなのに,主部と中間部の境界がハッキリしない。
そんな作品です。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 動機労作(主題労作,紡ぎ出し)
練習曲Op.10-4はとの2つの動機(モチーフ)を繰り返し発展させながら作られています。
バッハの「紡ぎ出し」やベートーヴェンの「動機労作(主題労作)」に通じる,古典的で重厚な作曲技法です。
もふくめて,3つの動機から作られていると考えることもできます。
も作品を構成している動機の一つだと考えて,作品全体を・・の3つに色分けして見ていきましょう。
1~12小節目,3つの動機が順番に繰り返される
→→を,右手→左手→右手と3回繰り返す構成です。
この部分だけで小さな三部形式を形成しています。
,の2つ(も含めると3つ)の動機がこの作品の骨組みであることが念入りに強調されています。
ここまでで,小さな三部形式が完結するので,当サイト管理人はここまでが主部だと考えています。
2つの動機はそれぞれ「上昇」と「下降」を担っている。
1つ目の動機(モチーフ,)は音楽的な「上昇」を担っています。
クレッシェンド(音量の増加)や音楽的盛り上がりを担っていると言い換えても良いでしょう。
2つ目の動機()は音楽的な「下降」を担っています。
ディミヌエンド(音量の減少)や音楽的落ち着きを担っていると言うこともできます。
13~16小節目,左手の第1動機のみ
左手のだけで作られています。
「上昇」を担うだけで作られているので,切迫感が高まります。
最後にというように,オクターブがフォルツァンドで鳴らされています。
このように定期的にフォルツァンドでオクターブが鳴らされることが,
中間部前半の統一感につながっています。
なので,当サイト管理人はこの部分(13小節目~)は既に中間部であると考えています。
17~24小節目,第1動機と第2動機の繰り返し
- 右手で → →左手
- 左手で → →右手
- 右手で → →左手
- 左手でのみ
という構成です。
最後の左手はの連続で一気に緊張感が高まりそうですが,
右手の和音がどんどん下がっていくため,緊張感を高めながらも,やや落ち着きをもって次へ移ります。
25~28小節目,右手の第1動機のみ
右手はの連続,左手も上昇を続け,音楽が大きく緊張感を増します。
定期的に鳴らされてきたにもより一層力が入ります。
このままクライマックスに突入か?とも思うのですが,
右手の最後の音型がと形が変えられていて,音楽に少しの落ち着きがもたらされて,次へ移ります。
29~32小節目,第1動機の飛躍と第2動機の対称形
ここまで一貫して,
- は少しずつ坂を上るように上昇
- は少しずつ坂を下るように下降
という使われ方をしてきました。
ところが,右手はなのに4度上へ跳んでは5度下に降りる,というように飛躍や下降を繰り返しています。
左手の音型は新しく登場した音型に見えますがの対称形(上下を逆さまにした形)になっています。
このように,冒頭から使われてきた2つの動機が,突如複雑に展開されています。
動機の対称形を使っているところなんかはバッハやベートーヴェンのようです。
いかにも古典的でかっこ良いですね。
その後,両手ユニゾンでの下降となります。
音型が下降するのですが,音楽的盛り上がりを担うが高密度で固まっているので,
音楽はいよいよ佳境を迎えます。
33~40小節目,同じ高さの第1動機の連続
音楽の興奮は高まってきましたが,まだまだクライマックスに至りません。
同じ高さのの繰り返しにより,さらに緊張感が高まっていきます。
左手で同じ高さのを繰り返して盛り上がり,右手ので落ち着きを取り戻す,というのを2回繰り返します。
この2回繰り返すという反復進行(ゼクエンツ)が,より音楽的効果を高めています。
41~46小節目,なんとクライマックスは第3の動機
中間部に入って一度も出てきていなかったの動機がようやく登場します。
曲のクライマックスに遅れて登場してくるあたり「影の主役」と言っても良いかもしれません。
- 4小節で一つのカタマリになっている→の反復進行(ゼクエンツ)に続き,
- 1小節のカタマリでできている→の反復進行,
- その後,2拍で1つのカタマリになっているを半音ずつ上昇させて3回繰り返す反復進行と,
時間的間隔がどんどん短くなる反復進行(ゼクエンツ)を繰り返すごとに音楽は急速に緊張感を高め,いよいよクライマックスへと至ります。
そのクライマックスは,ここまで大活躍していたとの動機は使われておらず,
なんとの動機だけでクライマックスが作られています。
演奏中にこの事実を思い出すと「なんで,そこ,おまえ( )やねん!」と思わずツッコんだり笑ったりしてしまいそうになるので特に関西人は気をつけましょう。
当サイト管理人は,これもショパンのウィットに富んだ遊び心だと解釈しています。
47~50小節目,そして51小節目から再現部
中間部で盛り上がったあとは,穏やかに再現部に入るのがショパンのスタイルですが,
Op.10-4はクライマックスを過ぎても,高ぶりはおさまりません。
たしかに音量はになりましたが,ずっとが鳴らされていて,気持ちは一向に穏やかにはなりません。
2回鳴らされる左手のが,おさまりきらない気持ちをより刺激します。
51~65小節目,再現部は主部とほとんど同じ
再現部はコピーしてきたかのように主部とほとんど同じです。
強弱記号などが少し変わっただけで,ほとんど違いがありません。
いくら三部形式といっても,ここまで主部と再現部が同じだと面白みに欠けそうな気がしますが,
Op.10-4は主部が魅力的かつ短いので,冗長さやつまらなさを感じさせることはありません。
65小節目の4拍目を,15小節目からほんの少し変化させただけで,一気にコーダへとなだれ込んでいきます。
こんな僅かな変化で,音楽の劇的な変化へとつなげるショパンの作曲技術はさすがです。
65~70小節目,Op.10で唯一のfff
左手で連続するが一気に音楽を盛り上げコーダへとなだれ込みます。
そして69小節目のに続けて70小節目ではが書かれています。
ショパンは強弱記号にもこだわりがあり,でさえ「ここぞ」というときにしか使いませんでした。
ましてやはよほどのときにしか書き込まない特別な演奏指示になります。
はショパンの作品ではごくまれにしか書き込まれない,最大音量です。
Op.10の12曲の練習曲の中でが書き込まれているのは,ただ1箇所,Op.10-4の70小節目だけです。
Op.10の12曲全体でも,ここが最大音量で演奏される場所だということになります。
Op.10の12曲を連続で演奏する場合は,ここに最大音量を持ってこなければなりません。
なお,Op.10と25の24曲を連続演奏する場合は,Op.25-5,10,11,12にもが書き込まれています。
典型的な嬰ハ短調の和声進行なのに芸術的
クライマックスの和声ですが,教科書のように典型的な和声進行で作られています。
右手は嬰ハ短調の主和音であるC♯mの和音を鳴らしているだけ。
左手は嬰ハ短調の単純な下降スケール(音階)です。
最後はF♯m6→G♯m7→C♯mというように,サブドミナント→ドミナント→トニックと順番に和音を鳴らす典型的なカデンツ(終止形)です。
にも関わらず,端的に言って芸術的です。
心に迫り,強く印象に残ります。
典型的な和声進行というのはこうやって使うのだ,というお手本のようです。
71小節目~ラスト,con piu fuoco possibile
ff con piu fuoco possibile「可能な限り,さらに熱烈に・火のようにffで」という熾烈な演奏指示とともに,左手が凄絶な音楽となります。右手はの動機だけでできています。
その後,とその対称形だけで音楽は少し落ち着きを取り戻し,
最後は4小節間にわたって嬰ハ短調の主和音のみを堂々と響かせて音楽は終わります。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 出版譜によく見られる間違い
嬰ハ短調の作品なので調号が多く(),多くの楽譜で臨時記号の間違いや音の間違いがあります。
長年使ってきた楽譜が間違えている場合,それが当たり前になってしまっていると思います。
一度エキエル版などの原典版で良く音を確認した方が良いと思います。
また,Op.10-4ではショパンがフォルツァンドを多数書いていますが,
フランス初版が多くのを印刷しなかったため,現在でもがやになってしまっている楽譜が多いです。
拍子
ラフ原稿の段階ではありますが,ショパンの自筆譜では拍子が(4分の4拍子)ではなく(2分の2拍子)になっています。
フランス初版では4分の4拍子になっていて,これがショパンの最終的な意志だと考えられますが,
フランス初版の単純なミスという可能性もあります。
当サイト管理人は(2分の2拍子)の方が作品の性格にふさわしいと思います。
フォルツァンド
上の譜例の黄色で丸をつけた箇所はフォルツァンドが書かれているのが正解,もしくは正解だと考えられます。
これらのはほとんどの楽譜でやになっていると思います。
これはショパン練習曲集のフランス初版がを頻繁に印刷し忘れてしまっていることが原因です。
(フォルテピアノ,強くそのあとすぐ弱く)をショパンが記譜することはありません。
お手元の楽譜でとなっているところは間違いで,が正解です。
また,多くの箇所でがになってしまっています。
特に中間部の前半は6回出てくるが何箇所かになってしまうと,
音楽的表現に統一感が出ません。
12小節目は小節全体がフォルテ
12小節目は4拍目にだけフォルテをつけている楽譜が多いですが,
音楽的にオカシイです。
小節全体にフォルテの指示があるのが普通でしょう。
自筆譜(ラフ原稿)ではフォルテではなくフォルテシモですが,小節全体にフォルテシモの指示があります。
64小節目&14小節目,音が違っている場合がある
64小節目の左手の音が,ドイツ初版では間違えています。
このドイツ初版の間違えを受け継いでしまっている楽譜が散見されます。
また,64小節目が間違えている場合,それにあわせて14小節目も同じ間違えた音になっている場合があります。
15小節目,音が間違えている場合がある
3番目の16分音符は「シ♮」が正解です。
間違えて「ラ♯」になっている楽譜があります。
なお「ラ(ダブルシャープ)」になっている楽譜もありますが,これは「シ♮」と同じ音です。
19小節目,ここにも音の間違えが
15小節目と同様です。
3番目の16分音符が「ファ♯」や「ミ」になっていれば正解です。
26小節目,ダブルシャープが正解
がついているのが正解ですが,
がついていなかったり,かわりに♯がついている楽譜があります。
75小節目,G音(ソの音)には♯が必要
G音(ソの音)には♯がついていなければなりません。
この♯をつけ忘れている楽譜があるかもしれません。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 自筆譜を詳しく見てみよう!
Op.10のフランス初版の清書原稿はショパン自身が書いていますが,
残念ながらOp.10-4の清書原稿は失われています。
「パリ1832年8月6日」と書き遺された古い自筆譜
「パリ1832年8月6日」と書き遺された古い自筆譜(ラフ原稿)が遺されています。
個人所有されていますが,ワルシャワのショパン協会がコピーを所蔵しています。
最終版であるフランス初版とは細部が細かく違っていますが,
ほぼ,最終形に近いところまで完成されています。
書き直したり修正した跡もほとんどなく,
ラフ原稿とはいえ,清書原稿に近いレベルでしっかり書き込まれています。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 生徒の楽譜へのショパンの書き込みを見てみよう!
ショパンの姉,ルドヴィカのレッスン譜のOp.10-4のページにはショパンの書き込みが遺されていません。
Op.10-4は難易度の高い作品なので,ルドヴィカはOp.10-4のレッスンを受けていなかったのかもしれませんね。
カミーユ・デュボワとジェーン・スターリングのレッスン譜にはショパンの書き込みが遺されています。
プロのピアニストだったデュポワがOp.10-4のレッスンを受けているのは分かりますが,
スターリング嬢もOp.10-4のレッスンを受けていたんですね。
アマチュアのピアノ愛好家でしかなかったスターリング嬢ですが,
どの程度のレベルなのかは置いておいて,Op.10-4のレッスンを受けるレベルでピアノが弾けたということになります。
カミーユ・デュボワのレッスン譜へのショパンの書き込み
運指の書き込みが多数
ショパン自身が指遣いを多数書き遺しています。
29小節目は鉛筆が薄いですが,赤丸の中に「3」と書かれています。
「フレーズをしっかり区切るように」という縦線
フレーズをしっかり区切るように,という指示が書き込まれています。
16~17小節目,スラーの追加
ここも鉛筆が薄いですが,スラーが書き込まれています。
エキエル版では,こういった生徒の楽譜への書き込みもちゃんと楽譜に反映されています。
ジェーン・スターリングのレッスン譜へのショパンの書き込み
運指の書き込みが多数
ジェーン・スターリングのレッスン譜にはショパン自身が運指を多数書き遺していて,
ショパンの運指法を伝える重要な資料になっています。
16~17小節目,左手スラーの延長
左手のスラーが次の小節まで伸ばされています。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 演奏の注意点
強弱の変化をしっかりつける【デュナーミク】
Op.10-4は速いパッセージが続きます。
この速いパッセージを正確に粒のそろった音で演奏することが,Op.10-4の練習課題の一つではあります。
しかしそのことにばかり注意が奪われてしまって,強弱の変化による表情付けをおろそかにしてはいけません。
Op.10-4は新しいイギリス式アクションのピアノによる,繊細かつダイナミックな音量の変化による表現付け,デュナーミクが練習課題です。
主部はフォルテとピアノの対比による音楽表現
主部はとの対比によるデュナーミクが重要です。
その中で,クレッシェンドやアクセント,重い→軽いのフレージングなど,細部のデュナーミクもしっかり表現しましょう。
中間部はフォルツァンドによる音楽表現
中間部はフォルツァンドが多用されています。
前提として「ドカン!」「ズドン!」と大音量を打ち鳴らすのはショパンのスタイルではありません。
単に大きな音を出すのではなく,深みのある印象に残る音を鳴らします。
ほとんどの楽譜でがやに変えられてしまっていますので気をつけてください。
主部と再現部の音量の差
主部はとの対比が重要でしたが,
再現部にはが書かれていません。
また,F#mの音域広いアルペッジョが,主部ではだったのがに変わっています。
この主部と再現部の音量の違いもしっかりと表現しましょう。
より大きなフォルテではなく,より小さなピアノを意識
音量の差による表現(デュナーミク)をするために,をより大きな音で弾こうと意識してしまうと,音楽は騒がしいものになっていきます。
フォルテやフォルツァンドを際立たせるためには,をより小さな音で弾こうと意識すると,バランスの良い演奏になります。
fffはOp.10に1回しか書かれていない最大音量
コーダにはが書かれています。
はOp.10の12曲の中でたった1回しか書かれていない最大音量です。
この箇所は大きな音量を出すのが難しいです。
- 右手と左手で弾いている音域が遠く離れている
- 左手が速いパッセージ
- 右手が4音の和音
というのが理由です。
大きな音を出そうとするあまり,無理な弾き方になっていると手指を痛めることにもなりかねませんから,練習をするときは気をつけましょう。
この部分を繰り返し練習していて,少しでも指が痛いとか筋肉に疲労がたまるような感覚があるならば,早急に弾き方を見直した方が良いです。
イスの高さ,イスの位置(鍵盤との距離),手の形,打鍵前にどれぐらい鍵盤から離しているか,背筋の曲がり具合など,できれば信頼できるピアノの先生に相談して,演奏スタイルを試行錯誤をした方が良いでしょう。
生まれ持った体格は誰ひとりとして同じではなく,最適な演奏姿勢というのも各人各様です。
長時間弾き続けても疲れることがなく,指が痛みを感じることもなく,迫力ある大音量から繊細なピアニシモまで演奏可能な奏法というのは確実に存在します。
やはりポイントは「脱力」と「重力奏法」だと思います。
指遣い
同じ音型は同じ指遣いで固定する
Op.10-4は速いパッセージのほとんどがとの2つの音型でできています。
それぞれの運指を・と固定することによって,
- 運指をその都度変えるよりも速く演奏できる
- 同じ音型がすべて同じ音色で演奏できる
ようになります。
左手の場合は,という指遣いになります。
これらの運指はショパン自身が生徒の楽譜に書き込んだ指遣いです。
拍の頭にほんの少しだけアクセント
拍の頭の音に,ほんの少しだけアクセントをつけると拍子感がはっきりします。
アクセントをつけすぎるとオカシイので気をつけましょう。
アクセントをつけるというよりは,拍の頭の音だけ少し鍵盤を押さえたままにして音を長く持続させるようにすると良いかもしれません。
3小節目は2指を軸に
3小節目は各拍の2番目の音が8分音符になっています。
この8部音符を2指で長く押さえることで手首が安定し,不要なモーメントにより思わぬ音量が出てしまうのを防ぐことができます。またミスタッチの防止にもなります。
これは前奏曲Op.28-5やOp.28-24でも使われている奏法です。
ペダルは控えめに
基本的にはペダル「なし」
Op.10-4には,ショパンはペダル指示をほとんど書き込んでいません。
ショパンはペダル指示も熟考の末に書き込んでいます。
ペダル指示を書いていないというのは,暗に「ペダルの使用を控えるように」という指示になります。
音を豊かに響かせるためにハーフペダルを使用するのは必要ですが,
過度にペダルを使いすぎないように注意しましょう。
特に,練習段階でペダルを使ってしまうと,習得できるはずの技術が身につきません。
練習ではペダルを使わない方が良いです。
最後のC♯mはペダルをベタ踏み
ダンパーペダルを大胆に踏みっぱなしにする,というのもショパンがよく使う奏法です。
ずっとペダルを控えめにしてきて,行き着いた最後の和声だけペダルを思い切りベタ踏みにすると,
目覚ましい音響効果が生まれます。
また,senzaが書かれていません。
曲の最後にsenzaを書かず,最後の和音をペダルによって長時間鳴らしたままにするというのもショパンが良く使う手法です。
現代のピアノでは,かなりの長い時間音は響き続けますので,
徐々にペダルを浅くしていき,徐々に音の響きを消すようにします。
ペダルをバッと勢いよく離して,音の響きを断ち切らないようにしましょう。
左手のアルペッジョ
左手アルペッジョは拍より先取りで弾きはじめる
Op.10-4には左手のアルペッジョが何回か出てきます。
左手のアルペッジョは拍よりも先取りで弾き始めます。
ショパンの作品では,装飾音を先取りで演奏するのは珍しいので気をつけましょう。
現在,世界中で流されているショパンの演奏は,そのほとんどが間違えてショパンの装飾音を先取りで演奏していますので,
左手のアルペッジョは正しく先取りで演奏されていることが多いです。
ショパンの作品を深く勉強し,正しくショパンの装飾音を拍と同時に演奏するようになっている演奏者の方が,左手のアルペッジョも拍と同時に弾きはじめるのが正しいと思ってしまうことがあると思います。
左手のアルペッジョは例外的に先取りで演奏するので気をつけてください。
拍よりも先取りで鳴らされるべきなのは,和声の根音である一番下の音だけです。
最低音以外の音は,重ねたときにより和声が美しく響くように,右手の音と重ねます。
例えば3小節目は上の譜例のように演奏するのが最も美しく和声が響きます。
上の譜例のようにがんばって弾こうとする演奏者が多いです。
このように演奏するのはヒトの運動能力ではほぼ不可能です。
無理にこんな弾き方をしようとすると,テンポが崩れます。
もしもこの通り演奏できたとしても,アルペッジョの目的が失われています。
ショパンがアルペッジョを使っているのは,和音をやわらかく響かせるためです。
速い速度でアルペッジョを弾くと,音が鋭くなってしまって逆効果です。
最低音に過度なアクセントをつけない
左手アルペッジョの最低音は和声の根音を担っていることが多く,和声の中で重要な音ではあります。
しかし最低音を過度に打ち鳴らすのはショパンのスタイルではありません。
またショパンのアルペッジョは下から上へ順番に音を鳴らします。
小さなクレッシェンドを発生させるのが自然です。
最低音はよく響かせつつも,過度に大きな音が鳴らないようにし,
上の音へ向かって小さなクレッシェンドを発生させることを意識しましょう。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-4 実際の演奏
当サイト管理人 林 秀樹の演奏です。2021年5月録音
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-4単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
本来,練習曲集は12曲(もしくは24曲)全曲を通して演奏するべきなのですが,
原典に忠実な録音を残すために,1曲ずつ何回も(ときには100回以上も)録り直して録音しました。
演奏動画を録音したときの苦労話はショパンの意図に忠実な参考演奏動画【練習曲集Op.10】をご覧ください。
今回は以上です!