ショパンの練習曲Op.10-10の解説記事です。
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-10単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
- ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-10 概要
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 原典資料
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 構成
- ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 出版譜によく見られる間違い
ショパン 練習曲(エチュード) Op.10-10 概要
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10,Op.25【概要と目次】
- ショパン エチュード(練習曲集)Op.10 Op.25 概要の章に練習曲集全体の概要をまとめています。
- 海外での呼び名の章に練習曲集全曲の海外での呼び名をまとめています。
- 各曲の練習課題の章に練習曲集全曲の練習課題をまとめています。
- ショパンの指づかいにショパンの運指法をまとめています。
- ショパン作品一覧ではショパンの全作品を一覧表にまとめています。
ショパンが生涯で最も多用した調性である変イ長調で書かれたエチュードです。
ショパンの練習曲集の中では,演奏される機会がそんなに多い作品ではありませんが,
エレガントで華やかなショパンらしい魅力のあふれる名曲です。
西洋では ‘Harp'(ハープ) や ‘Prism'(プリズム) と呼ばれることがあります。
両方ともしっくりこない呼び方ですね。
右手音型が,1指(親指)で単音を,他指で重音を,高速で交互に弾く音型となっています。
ショパンがときおり用いた演奏テクニックです。
Op.25-8とともに,手のひらを柔らかく解きほぐすのに最適な作品です。
ハンス・フォン・ビューローは「この練習曲を完全に演奏しうる人が真のピアニストである」と言っています。
Op.10-10の練習課題
3連符と2連符のアーティキュレーションの弾き分け
Op.10-10の右手の音型は単音と重音が交互に現れます。
ずっと同じ音型が繰り返されるだけのように見えますが,よく見ると,
連桁(音符どうしを横に繋ぐ線)によって3連符になっていたり2連符になっていたりします。
この3連符と2連符を明確に弾き分けることが,Op.10-10の主な練習課題になります。
3連符と2連符それぞれのアーティキュレーション(アクセントやスラーなどによる表情付け)は,最初に現れるタイミングで細部まで書かれています。
以降,細かなアーティキュレーションが省略されている箇所もありますが,最初に示された奏法に従って演奏します。
1箇所だけ,13小節目から16小節目までは,スタッカートによるアーティキュレーションが書かれています。
この箇所も,他の箇所とは明確に弾き分けなければなりません。
これら細部のアーティキュレーションは漠然と書かれているわけではなく,ショパンは熟考の上,これらのアーティキュレーションを書き込んでいます。
上の譜例では,3連符のところを赤色,2連符の箇所を青色,スタッカートのところを緑色に塗って示しました。
3連符になったり,2連符になったりと,頻繁にアーティキュレーションが変えられています。
という高速のテンポで演奏しながら,アーティキュレーションが変わるたびに弾き方を変えなければなりません。
39小節目のように,小節の途中でアーティキュレーションが変化する箇所もあります。
というテンポで明確に弾き分けるためには,繊細で柔軟な手指のコントロールが必要となります。
手のひらの柔軟性と拡張
Op.10-10の音型ですが,両手とも広い音程にひろがっていて,常に手のひらが大きく開いた状態となります。
左手の音型は広い音域にひろがっていますし,右手の音型は8度の広がりしかないもののアーティキュレーションを頻繁に変えなければならず,
さらに曲の終盤には,右手音型にも最大で12度の広い音程が現れます。
というショパン指定の速いテンポで演奏するためには,柔らかく大きく開く手が必要となります。
手のひらの柔軟性と拡張というのも,Op.10-10の練習を通して身につけることのできる素養の一つです。
3指,4指を軸にして手首を安定させる奏法
左手の音型をよく見ると,各小節の4音目と10音目が2分音符や4分音符,付点4分音符になっています。
基本的にダンパーペダルを使用していますので,これらの音を,2分音符として長く押さえたままにしても,8分音符としてすぐに指を上げてしまっても,奏でられる音に大きな違いは生まれません。
では,何のためにショパンはこのような指示を書いているのかというと,手首や腕を支えて安定させるためです。
これはショパンが時おり用いた奏法で,3指(中指),4指(薬指)を軸にして手や腕を支えることで音色(音量)が安定し,さらには音を外しにくくなります。
上の譜例のように,エチュードOp.10-9やプレリュードOp.28-24,ノクターンOp.9-3などでも,この奏法が使われています。
また,左手音型の最低音にスタッカートが書かれていますが,これも音楽的にスタッカートを表現するのではなく,メカニカル的な手の動きが譜面に書かれているだけです。
最低音を弾いたあと,10度以上音程が離れた音を弾くことになるため,その素早い動きがスタッカートとして記譜されているわけです。
指の動きはスタッカートの動きになりますが,ダンパーペダルによって,この最低音は長く持続されることになります。
Op.10-10 運指
ショパンの運指の研究にもエキエル版が便利!
ショパンの指づかい(運指法)を研究するときにもエキエル版が重宝します。
エキエル版では
- ショパン自身が初版譜に記譜した指づかいは太字
- 編集者(エキエル氏)が追加提案した指づかいは斜体
- ショパンが生徒のレッスン譜に書き込んだ指づかいは(太字)
というふうに明示されていて,めちゃくちゃ便利です!
エキエル版ですが,2021年5月より日本語版が順次発売されています!2021年秋 2022年には,練習曲集の日本語版が発売になるようです!
Op.10-10は同じ音型が繰り返されるため,指遣いは冒頭にだけ書かれています。
作曲時に使用していたピアノ
- ショパンがエチュードの作曲で使用したピアノについての詳細な解説は,ショパン エチュード【ショパンが作曲に使用したピアノ】をご覧ください。
- ショパンの使っていたピアノの音域では,ショパンがその生涯で使っていたピアノの音域について解説しています。
作品番号,調性,作曲年
ショパンが練習曲集を作曲したときの時代背景は,以下の解説記事をご覧ください。
*ショパンが練習曲集を作曲したのは主にパリ時代になります。
Op.10-8,Op.10-9,Op.10-10,Op.10-11の4曲は,1829年の10月~11月に作曲されたと考えられています。
練習曲集の中では最初期に作曲された作品です。
前年1828年の9月には初めての国外旅行を経験しています。このときはベルリンに2週間滞在しました。
1829年,19才の春には,コンスタンツィア・グラドコフスカへのつつましい初恋を経験しています。
奥ゆかしいショパンは,思いを伝えることもなく,ひそかに思い焦がれる日々を送りますが,その思いは作品の中に昇華されています。
その代表がピアノ協奏曲Op.21の第二楽章 Larghetto ,そしてピアノ協奏曲Op.11の第二楽章 Romanze, Larghetto です。
1829年の8月には,芸術の都,憧れのウィーンへ演奏旅行に出ています。
ウィーンでは2回の演奏会を行い,大好評で華やかなデビューを飾りました。
ウィーンの演奏会での成功が自信となり,ショパンは音楽家としての成功を確信しました。
1830年3月にはワルシャワで2回の演奏会を開き,絶賛を浴びます。曲目はピアノ協奏曲第二番ヘ短調Op.21でした。
8月にはジェラゾヴァ・ヴォーラで過ごしています。毎年,夏にはポーランドの田園で過ごし,ポーランドの民族音楽・民族舞踊,ポーランド農民の生活に親しんで来ましたが,それも,これが最後となりました。
10月にはワルシャワで告別演奏会を開きます。曲目はピアノ協奏曲第一番ホ短調Op.11で,コンスタンツィアも賛助出演しています。
そして,11月2日にはワルシャワを発ちウィーンへ向かいます。このときコンスタンツィアに会いにいき,手帳に詩を書いてもらっていますが,最後まで思いを告げることなく旅立っています。
Op.10-10が作曲されたのはちょうどこの時期になります。
ショパンが愛した 変イ長調
ショパンは 嬰ヘ長調 や 変ホ短調 のように調号の多い作品もたくさん書いており,
幅広く,色々な調性を用いています。
一方で,ニ短調のようにほとんど使わなかった調性もあれば,嬰ハ短調のように頻繁に用いる調性もありました。
そんなショパンが最も多用した調性が変イ長調です。
調性が不明な4曲を除くと,ショパンがその生涯で作曲した調性が確認できる作品は全部で254曲ですが,そのうちの28曲が変イ長調で書かれています。これは作品全体の実に11.02%にあたります。
ショパンが生前に正式に出版した作品163曲の中でも,19曲が変イ長調で書かれていて,その割合は11.08%。ダントツの1位です。
こうやってショパンの変イ長調の作品を並べると,小品から大作まで珠玉の名作が並びます。
華やかな作品が多く,『英雄ポロネーズ』を筆頭に,ショパンの作品の中でも演奏される機会の多い屈指の人気曲がズラリと並びます。
エチュードOp.10-10もそんな変イ長調で書かれています。
Op.10とOp.25,全24曲の調性と作曲年の一覧表
ウィーン式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は青太字に,
イギリス式アクションのピアノで作曲されたであろう作品は緑太字で表示しています。
表のヘッダー「作曲年」または「BI」をクリックして並び替えてご覧いただくと,
ショパンがエチュードを作曲した順番に並び替えることができます!
No. | Op. | - | BI | 調性 | 作曲年 | 19才 | 20才 | 21才 | 22才 | 24才 | 25才 | 26才 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 10 | 1 | 59 | ハ長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
2 | 10 | 2 | 59 | イ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
3 | 10 | 3 | 74 | ホ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
4 | 10 | 4 | 75 | 嬰ハ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
5 | 10 | 5 | 57 | 変ト長調 | 1830年 | 20才 | ||||||
6 | 10 | 6 | 57 | 変ホ短調 | 1830年 | 20才 | ||||||
7 | 10 | 7 | 68 | ハ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
8 | 10 | 8 | 42 | ヘ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
9 | 10 | 9 | 42 | ヘ短調 | 1829年 | 19才 | ||||||
10 | 10 | 10 | 42 | 変イ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
11 | 10 | 11 | 42 | 変ホ長調 | 1829年 | 19才 | ||||||
12 | 10 | 12 | 67 | ハ短調 | 1831年 | 21才 | ||||||
13 | 25 | 1 | 104 | 変イ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
14 | 25 | 2 | 97 | ヘ短調 | 1835年 | 25才 | ||||||
15 | 25 | 3 | 99 | ヘ長調 | 1835年 | 25才 | ||||||
16 | 25 | 4 | 78 | イ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
17 | 25 | 5 | 78 | ホ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
18 | 25 | 6 | 78 | 嬰ト短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
19 | 25 | 7 | 98 | 嬰ハ短調 | 1836年 | 26才 | ||||||
20 | 25 | 8 | 78 | 変ニ長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
21 | 25 | 9 | 78 | 変ト長調 | 1832年 | 22才 | ||||||
22 | 25 | 10 | 78 | ロ短調 | 1832年 | 22才 | ||||||
23 | 25 | 11 | 83 | イ短調 | 1834年 | 24才 | ||||||
24 | 25 | 12 | 99 | ハ短調 | 1835年 | 25才 |
メトロノームによるテンポ指定
ショパン エチュード【ショパンが指定したテンポ】の解説記事では,ショパンが指定したテンポについて詳細をまとめています。
ショパンは他のエチュードと同様に,Op.10-10にも というトンデモなく速いテンポを指定しています。
これは8分音符が1分間に456回も鳴らされるテンポです。1小節はたったの1.58秒で通り過ぎます。
Op.10-10の音型は手を大きく広げる必要もありますし,3連符と2連符のアーティキュレーションを明確に弾き分けなければならないので,ただでさえ弾くのが大変な作品です。
さらにこの速いテンポで演奏しようとすると,難曲揃いの練習曲集の中でも難しい部類に入ります。
実際は,Op.10-10はショパン指定のテンポよりも遅く弾かれることも多い作品です。
Op.10-10の優雅な曲想と,やや遅いテンポとの相性が良いため,遅いテンポでの演奏が一般にも認められています。
当サイト管理人は,ショパンの意図に忠実な演奏のためには,Op.10-10もショパン指定のテンポで演奏するべきだと思います。
当サイト管理人が,ショパン指定テンポでの参考演奏動画を公開していますので,ぜひお聴きください!
テンポが決まるまでの変遷
自筆譜(フランス初版の元になった,ショパン自身が記譜した清書)を,ワルシャワのショパン協会が所蔵しています。
この自筆譜には と記譜されています。
実際に出版されたフランス初版を見ると,ショパン自身が に変更しています。
というのはと同じ速さなので,これをに変更したわけですから,たった5%の微調整を最後に行ったということになります。
とですが,メトロノームで聴き比べてもほとんど差が感じられません。
しかし実際にピアノで音を出してみると,このちょっとしたテンポの差によって,随分と弾きやすくなります。
出版直前まで細部にこだわるショパンの作曲姿勢が感じ取れます。
ショパンが記譜した発想記号・速度記号
ショパン エチュード【ショパンが記譜した演奏指示】の解説記事では,ショパンが練習曲集に記譜した演奏指示をまとめています。
冒頭に強弱記号がない
Op.10-10は冒頭に強弱記号がありません。
ショパンの自筆譜(フランス初版の清書原稿)にはと書かれていますが,
フランス初版では強弱記号が消されています。
コルトー版ではが補完されています。
当サイト管理人は,9小節目にが書かれていますから,対比としてやや大きい音量で弾きはじめるのが良いと考えています。
だからといってでは大きすぎます。
やを使用しなかったショパンが,その代わりのように使っていた mezza voce がちょうど良いと思います。
9小節目以降,とが何箇所か書かれていますが,ウィーン式アクションのピアノで作曲されていますから,現代ピアノで想像するようなダイナミックレンジの大きい強弱の変化は想定されていません。
甘く柔らかく優美・繊細な演奏が求められる
左手の音型には,冒頭,9小節目,17小節目と,3箇所に legatissimo ;とても滑らかに。の指示が書かれています。
他にも,dolcissimo;極めて甘く。極めて柔和に。極めて愛らしく。や leggierissimo;とても軽やかに優美に。の指示も書かれています。
さらに,出版譜では削除されましたが,自筆譜の49小節目には delicatiss.;この上なく繊細に が書かれていました。
ショパンの作品は,特に指示がなくても,甘く柔らかく優美,繊細に演奏するのが当然ですが,
Op.10-10ではより一層,甘く柔らかく優美,繊細な演奏が求められています。
なお,51小節目には自筆譜とエキエル版には legatissimo e dim. が書かれていますが,
フランス初版には leggierissimo と書かれています。
e dim. があったりなかったりの違いはありますが,ミクリ版やコルトー版など,後世の出版譜では leggierissimo になっていることが多いです。
ゴドフスキー『ショパンのエチュードによる53の練習曲』
1st Study in D major
次々と様々な手法を使って編曲されています。
ゴドフスキーの他の編曲と比べると,面白みに欠けます。
2nd Study in A♭ major (left hand only)
ゴドフスキーはOp.10-10も「左手のみ」の編曲を書いています。
とても左手だけで演奏しているとは思えないほど広い音域で豊かな音が鳴ります。
エレガントで繊細な原曲の曲想も失われておらず,良作です。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 原典資料
ショパン エチュード【原典資料】の解説記事では,ショパンの練習曲集全体の,初版や自筆譜,写譜などの原典資料について詳細をまとめています。
ショパンの自筆譜
フランス初版の原稿として,ショパン自身の手によって書かれた清書原稿を,ワルシャワのショパン協会が所蔵しています。
詳しくは『自筆譜を詳しく見てみよう!』の項をご覧ください。
信頼できる原典資料~フランス初版~
パリ,M.Schlesinger(M.シュレサンジュ),1833年6月出版。
めずらしく,ショパンは校正にしっかりと関わっています。
この頃のショパンは,パリなどヨーロッパの主要都市でデビューしたばかりの新人作曲家でした。
後年のように友人に任せっきりにするのではなく,ショパン自身が校正にちゃんと関わっていました。
練習曲集Op.10のフランス初版は,信頼できる一次資料です。
他の初版
ドイツ初版
ライプツィヒ,F.Kistner(F.キストナー),1833年8月出版。
フランス初版の校正刷り(ゲラ刷り)をもとに作られています。
いつも勝手な判断で譜面を変えてしまい,しかも「原典版」として後世の出版譜に多大な影響を与えているドイツ初版ですが,Op.10-10でも恣意的な臨時記号を付けている箇所があります。
幸い,ほとんどの現在出版されている楽譜では正しく訂正されています。
イギリス初版
ロンドン,Wessel & C°(C.ウェッセル),1833年8月出版。
フランス初版をもとに作られています。
原典資料としてはあまり価値がありません。
ショパンの生徒がレッスンで使用していたフランス初版
ショパンの生徒がレッスンで使用していたフランス初版が3種類現存しています。
- カミーユ・デュボワが使用していたフランス初版(フランス版の第三版)
パリのフランス国立図書館所蔵 - ジェーン・スターリングが使用していたフランス初版(フランス版の第二版)
パリのフランス国立図書館所蔵 - ショパンの姉,ルドヴィカが使用していたフランス初版(フランス版の第三版)
ワルシャワのショパン協会所蔵
しかし,この3人の楽譜のOp.10-10のページには書き込みが確認できません。
3人とも,Op.10-10はショパンからのレッスンを受けていなかったのでしょう。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 構成
分かりやすい三部形式 ~Op.10-10の構成はやや複雑~
ショパンの練習曲集Op.10,Op.25の24曲はすべて三部形式で書かれています。
崇高な芸術作品でありながら決して難解ではなく,分かりやすい構成で作られているところは,
ショパンの作品の魅力の一つです。
主部と中間部が違う曲想になっている作品は,Op.10-3『別れの曲』,Op.25-3,Op.25-10の3曲だけです。
他の21曲はA主部・A’再現部もB中間部も同じ訓練課題(音型)となっていて,
曲の最初から終わりまで,同じ訓練課題を繰り返す構造となっています。
同じ音型を繰り返すだけなのに,和声の変化によって明確な3部形式が構成されていることは驚くべきことです。
Op.10-10も3部形式で書かれていますが,その構造は少し入り組んでいます。
Op.10-10はA–B–A’のB部分がA”-A”’-Cという構成になっています。
一般的に主部A–中間部A”-A”’-C–再現部A’というように,長大な中間部を持つ構成だと捉えられることが多いです。
主部A–A”-A”’–中間部C–再現部A’というように,主部が長大であると捉えることもできます。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 出版譜によく見られる間違い
音数が多く,転調も多いため,様々な出版譜で音の間違いが散見されます。
和声を変えてしまうような致命的な間違いはないため,ショパン指定のテンポで弾いていればよほど注意深く聴いていない限り,気付かない程度の違いです。
25小節目,40小節目 臨時記号の間違え
25小節目,40小節目,右手の8番目の音が間違えている場合があります。
40小節目はコルトー版も間違えています(もしくは,意図的に原典と違う音に変更されています)。
36小節目 左手最後の音はD♭が正解
36小節目最後の音はD♭(レ♭)音が正解です。
ミクリ版のようにF(ファ)音になっている出版譜があります。
66小節目 左手2音目はB♭が正解
ここも,ミクリ版のように音を間違えている楽譜があります。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 自筆譜を詳しく見てみよう!
ショパン自筆の清書原稿
フランス初版のためのショパン自筆の清書原稿を,ワルシャワのショパン協会が所蔵しています。
全景
2分ほどの作品ですが音数が多いため,自筆譜も5ページにわたっています。
いつものようにショパンらしい丁寧な記譜です。
運指とペダル指示は特徴的な場面だけ記譜されていて,大部分は省略されていますが,これも丁寧に書かれています。
冒頭
丁寧な修正の跡
隅々まで丁寧に記譜されているため,一見するとほとんど訂正の跡がないように見えますが,
よく見ると,インクを丁寧に削り取って書き直している箇所がたくさん遺されています。
後年になると派手に塗りつぶして修正することの多かったショパンですが,
Op.10の自筆譜では,インクを丁寧に削り取って丁寧に修正しているのが印象的です。
17小節目では修正跡が少しつぶれてしまっているので,誤読を恐れて,
フランス語の音階 “fa”(ファ)と “ut”(ド)が書き込まれています。
大きく修正した跡
2箇所だけ,左手パートを大幅に修正した跡が遺っています。
37~38小節目は修正前の状態も読み取れますね。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 演奏の注意点
ショパン指定のテンポは速い
ショパンがOp.10-10に指定したテンポはというトンデモなく速いデンポです。
しかも,ショパンが指示しているように,甘く,柔らかく,優美,繊細に演奏しなければなりません。
3連符と2連符の弾き分けも必要です。
技術的に大変ではありますが,ショパンの意図に忠実な演奏を目指すのでしたら,このテンポは守られるべきです。
また,プロの演奏家を目指す方も,最終的には説得力のある明確な意図を持って遅いテンポを選択することもあるでしょうが,一度はショパン指定のテンポで弾けるようになっておくべきでしょう。
しかし,アマチュアのピアニストとして演奏を楽しむのでしたら,ショパン指定のテンポにはこだわらなくて良いと思います。
実際,Op.10-10はショパン指定のテンポよりも遅く演奏されることも多いです。
Op.10-10は遅いテンポで優雅に演奏しても大変魅力的な作品です。
3連符と2連符の弾き分けは重要
詳しくは,この記事の『Op.10-10の練習課題』の項をご覧いただきたいですが,3連符と2連符を明確に弾き分けることがこの作品の主な訓練課題です。
音楽的にも,3連符と2連符の違いを明確に表現することで演奏が立体的になります。
例え技術的に優れた演奏であっても,3連符と2連符を区別せずに終始同じように弾いてしまうと,単調で退屈な演奏になります。
細かなアーティキュレーションは特徴的な場面だけに書かれていますが,
アーティキュレーションが省略されている箇所も同様に演奏します。
また,左手は常に6連符です。
右手のアーティキュレーションの変化に引き摺られて,左手のニュアンスまで変化してしまわないように気をつけましょう。
左手音型
左手音型は,1拍目と3拍目の最低音にスタッカートがついていて,2拍目と4拍目は2分音符や付点2分音符,4分音符になっています。
これは,ショパンが左手のメカニック的な動きを譜面上に表現したものです。
音楽的に表現するものではありません。
スタッカートの付いている音も,8分音符より長い音価で書かれている音も,ダンパーペダルによって他の音符と同じように聴こえることになります。
スタッカートがスタッカートに「聴こえて」しまったり,音価の長い音符が強調されて周りの8分音符よりも長く持続して鳴っているように「聴こえて」しまうと,音楽的にはぎこちない演奏となってしまいます。
左手の音型も,細かな表情付けが省略されているところも冒頭と同じように演奏します。
ペダルは右手の表情付けと連動させる
左手音型には legatissimo の指示があり,これを実現するために,終始ダンパーペダルを使用することになります。
ショパンがペダル指示を省略している箇所もありますが,基本的にはペダルを使い続けます。
ただし,右手のアーティキュレーションを明確に表現するためには,打鍵とペダルの連動が必須です。
ペダルを同じような深さで踏み続けるのではなく,右手の表情付けと連動して小刻みに踏む深さを変えることになります。
低音の方がペダルの影響を受けやすいので,右手に連動させながらペダルを使用していれば,
左手音型の音がレガートに繋がるぐらいには,ペダルの効果が低音部にあらわれるはずです。
左手のレガート奏法を,できるだけペダルに頼らずに手指の技術で補うようにすると,
右手のアーティキュレーションをより一層明確に表現できるようになります。
手首の回転は確かに大事だが・・・
右手音型は 1指 – 25指 の繰り返しで,トレモロのようになっていて,
手首の回転を利用して演奏することになります。
左手音型も,2拍目と4拍目(ショパンが2分音符や付点4部音符,4分音符で記譜した音)を支点にして,手首の回転を利用して演奏することになります。
Op.10-10を演奏するときに,確かに手首の回転を利用しますし,手首の回転が重要です。
だからといって,目に見えるほど手首が動いてしまっていてはやりすぎです。
美しい安定した音色で演奏するためには,手のひらが鍵盤と平行に保たれていることが大切です。
手首の回転が手のひらは素通りして指先にだけ伝わるような感触がベストです。
強弱の変化は明確に,しかし「ほどほど」に
冒頭には強弱記号がありませんが,9小節目以降に何度かとが書かれています。
明確な強弱の変化が必要です。
しかし,Op.10-10はウィーン式アクションのピアノで作曲されたことも忘れてはなりません。
現代ピアノの能力をフルで発揮して強弱の変化をつけてしまってはやりすぎです。
との違いを明確に表現しつつも,過度に音量の差をつけすぎないように気をつけましょう。
また,冒頭には強弱記号がありませんが,ショパンの自筆譜にはが書かれていました。
9小節目にが書かれていますので,冒頭は対比としてやや大きめの音量で弾いた方が良いでしょう。
一般的にはぐらいの音量が良いと思いますが,は使わず代わりに mezza voce を使っていたショパンのスタイルに従うと,Op.10-10の冒頭は mezza voce が最適だと思います。
ショパン 練習曲(エチュード)Op.10-10 実際の演奏
当サイト管理人 林 秀樹の演奏です。2021年5月録音
当サイト管理人,林 秀樹の演奏動画です。
自筆譜や写譜,原典版などをご覧いただきながら演奏を楽しんでいただけるようにしています。
できるだけ原典に忠実な演奏を心がけています。
アマチュアピアニストの演奏なので至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
*2021年5月録音
◇Op.10-10単独再生
◇Op.10 12曲連続再生
◇Op.25 12曲連続再生
本来,練習曲集は12曲(もしくは24曲)全曲を通して演奏するべきなのですが,
原典に忠実な録音を残すために,1曲ずつ何回も(ときには100回以上も)録り直して録音しました。
演奏動画を録音したときの苦労話はショパンの意図に忠実な参考演奏動画【練習曲集Op.10】をご覧ください。
今回は以上です!