ショパンの「付点リズムと3連符」は”同時”に
ショパンは,3連符に,別の声部で付点リズムを重ねることがよくあります。
結論からいくと,基本的にはこれらの声部は同時に演奏します。
上記譜例のように正しく記譜されていれば,同時に演奏することは明らかでしょう。
ショパンは,その自筆譜で同時に演奏することが伝わるように正しく記譜しています。
しかし,出版される際にずらして印刷されてしまうことが多々あります。
しかも初版の出版の時点でずらされてしまうことが多く,
初版の出版直後から,現在にいたるまで,多くの演奏者が間違えて,つまりはタイミングをずらして演奏してしまっています。
ショパン 前奏曲Op.28-9
付点リズムと3連符を同時に弾くのか,ずらして弾くのか。
ショパンの作品の中でも,最も議論になるのは,前奏曲Op.28-9ホ長調でしょう。
ずらさずに同時に弾くのが正解です。
ショパンの自筆譜を見ると,演奏者が間違えないように,正しい記譜法で書かれています。
ところが,各初版が出版される際に,記譜法を変えて出版されてしまいました。
上の譜例は前奏曲Op.28-9の冒頭部分です。
自筆譜は正しく記譜されているのに,各初版,さらにはミクリ版やコルトー版といった権威ある楽譜が,すべて記譜法を変更してしまっています。
ショパンの生徒たちも間違えてタイミングをずらして演奏することが多かったようです。
ジェーン・スターリング,そして姉ルドヴィカの楽譜には,同時に演奏することを指示する傍線を鉛筆で書いています。
上の画像は,フランス国立図書館が所蔵している,ジェーンスターリングがレッスンで使用していたフランス初版の8小節目です。
4拍目ははっきり見えませんが,2拍目と3拍目にはくっきりと鉛筆で書いた跡がのこっています。
聞いた話によると,はじめて正しい奏法で,つまりは同時に演奏するやり方で録音が行われたのは,1974年のマウリツィオ・ポリーニの録音だったといいます。
エジソンの蓄音機の発明は1877年です。
100年近くものあいだ,様々な演奏者によって,間違えた奏法の録音が量産されていたことになります。
ショパンの「付点リズムと3連符」の例
テンポの速い箇所では議論にならない
テンポの速い場面では正しい記譜法で印刷出版されることが多いです。
そもそも,速いテンポでタイミングをずらして演奏するのは困難ですし,ずらして演奏したとしても,聞いた感じ,両者に違いは感じられません。
速いテンポでの例
バラード第4番,幻想ポロネーズ
上の譜例のように,バラード第4番Op.52,幻想ポロネーズOp.61などでは正しく記譜されています。
テンポの速い場面ですから,同時に弾いても,タイミングをずらして弾いても,聞いた感じ,違いはありません。
わざわざタイミングをずらして演奏するのも大変なので,普通は同時に演奏します。
エチュードOp.25-11『木枯らし』
木枯らしのエチュードも右手6連符と左手付点リズムとが重なります。
左手の16分音符を合わせるのか,ずらしてあいだに入れるのか,本来ならば検討すべきです。
でも,木枯らしのエチュードではこのことが議論になることはありません。
ショパンが指定したテンポは2分音符=69。
この速さで弾いていたら,合わせているのか,あいだに入れているのか,聴き分けるのも難しいです。
上の譜例ではそれぞれの奏法の音を鳴らすタイミングを図にしてみました。
音の鳴らされるタイミングは,1拍の12分の1の時間しかずれません。
2分音符=69のテンポですと,13.8分の1秒,0.072463768・・・秒しかタイミングがずれません。
付点リズムと3連符を同時に弾くのか,ずらして弾くのか,という議論は,
テンポが速い場合は,そもそも議論にもならない,ということです。
テンポが遅くても”同時に”
付点リズムと3連符を同時に弾くのか,ずらして弾くのか。
テンポの遅い場面が議論の対象となります。
「付点リズム&3連符」はノクターンの中に頻繁に登場します。
結論は,冒頭で書いたとおり,基本的にはこれらの声部は同時に演奏します。
ノクターンOp.9-3ロ長調 中間部
ノクターンOp.15-1ヘ長調
付点リズム&3拍子が頻繁に登場します。
45~47小節目は数少ない例外の一つです。
6連符の最後6番目の音とそろえます。
なお,低音の前打音が出てきますが,これは「先取りで」演奏します。
ノクターンOp.27-1嬰ハ短調
ノクターンOp.32-2変イ長調
ノクターンOp.48-1ハ短調
数少ない例外の一つです。
3連符の3音目を弾いた直後に,付点リズムの16分音符を弾きます。
ノクターンOp.48-2嬰ヘ短調
ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58 第1楽章 提示部 第2主題
第1楽章の41小節目から,付点リズム&3拍子が何回か出てきます。
タイミングをそろえて演奏します。
ショパンの「付点リズムと3連符」~まとめ~
- ショパンの「付点リズムと3連符」は基本的には同時に演奏します。
- テンポの速い場面では両者に違いがありません。
テンポの遅い場面で注意が必要です。 - 楽譜上ずらして弾くように印刷されていても,同時に演奏します。
特にノクターンなどテンポの遅い作品で気をつけましょう。
今回は以上です!