演奏は当サイト管理人,林 秀樹です。
アマチュアのピアニストの演奏ですので,至らぬ点もたくさんあると思いますがご容赦ください!
- ショパン練習曲集 Op.10【12曲全曲再生リスト】
- ショパン 練習曲集 Op.10【各曲再生】
- 第1番 ハ長調 Etude in C major ‘Waterfall’
- 第2番 イ短調 Etude in A minor ‘Chromatique’
- 第3番 ホ長調『別れの曲』Etude in E major ‘Tristesse’
- 第4番 嬰ハ短調 Etude in C♯ minor ‘Torrent’
- 第5番 変ト長調 『黒鍵』Etude in G♭ major ‘Black Keys’
- 第6番 変ホ短調 Etude in E♭ minor ‘Lament’
- 第7番 ハ長調 Etude in C major ‘Toccata’
- 第8番 ヘ長調 Etude in F major ‘Sunshine’
- 第9番 ヘ短調 Etude in F minor
- 第10番 変イ長調 Etude in A♭ major
- 第11番 変ホ長調 Etude in E♭ major ‘Arpeggio’
- 第12番 ハ短調『革命』Etude in C minor ‘Revolutionary’
ショパン練習曲集 Op.10【12曲全曲再生リスト】
作品の解説や演奏のポイントなどは別記事にまとめていきます。
この記事では,演奏を録音したときの苦労話などを日記感覚で綴ります。
ショパンの意図に忠実な演奏≒エキエル版に忠実な演奏の参考動画を録音する企画において,
最大の難関がショパンのエチュードです。
一つの超絶技巧を延々と繰り返す難しさ
どんな作品でも,弾きにくい場所や,難易度の高い場所はあるものです。
いくつか譜例を示します。
どれも技術的に弾きにくく,難易度の高い場面です。
が,このような弾きにくい場面がずっと続くわけではありません。
ここぞという場面で集中力を高めて乗り切ることができます。
ところが,ショパンのエチュードは,難易度の高いある一つの超絶技巧を最初から最後まで,2~4分にわたって延々と繰り返します。
1~2回繰り返すだけでも大変な超絶技巧を,何十回も繰り返す大変さがあります。
同じ神経,同じ筋肉を使い続けなければなりません。
最初から最後まで緊張感を解くことができません。
難易度の高い練習曲といえば,リストの練習曲も思い浮かびますが,
リストの練習曲は弾きにくいところもあれば,弾きやすい場面も適度に配置されており,
弾きにくいところをきっちり練習していれば,1曲を弾ききるのはそんなに大変ではありません。
ショパンの練習曲は集中力を切らす瞬間がない大変さがあります。
メトロノームによる速度指示
ショパンの練習曲が難しい最大の理由は,メトロノームによってテンポが指定されているところです。
本来はメトロノームの指示が書かれていたとしても,生真面目に従う必要はありません。
メトロノームの指示によって,ショパンがどういった表現を求めているのか,ショパンの意図を汲み取って演奏表現することが重要です。
テンポだけでなく,アーティキュレーションや強弱,ペダリング,タッチの軽さ・重さ,リズムの鋭さ,休符の長さ等々によって,音楽から感じられる速さの印象は大きく変化します。
音楽の速さはテンポだけで決まるものではないのです。
しかし,ショパンの意図を忠実に再現するための参考演奏資料ですから,ショパンがメトロノームによる指示を書き込んでいるなら,メトロノーム通りのテンポによる演奏を実現する努力が必要になります。
芸術性が高いために忘れてしまいそうになりますが,
ショパンの練習曲は,あくまでも『練習曲』であることを忘れてはなりません。
指の訓練,練習,という側面もありますし,
当時の最先端で発展途上にあったピアノという楽器の可能性と,ショパン独自のピアノメソードを具現化した作品です。
「ピアノっていう楽器は,こんなスゴイことができるんですよ! スゴイでしょ!」と音楽界・芸術界に知らしめる野望に満ちた作品です。
ピアノってこんなスゴイことができるんですよ!
ポーランドを出てパリにやってきた若きショパンの意欲と意気込みは,メトロノームで指定されたトンデモない速さの指示からも感じ取れます。
Op.10-12『革命』やOp.25-1『エオリアン・ハープ』,Op.25-5など,ショパンの練習曲の中でも「そんなに難易度が高くない」と言われている作品もありますが,
これらの作品もショパンがメトロノームで指定した速さで弾いてみると,Op.10-1やOp.25-6に匹敵する難曲であることがわかります。
ショパンの作品の中でもとりわけ演奏される機会の多い作品は,たくさんの演奏家に演奏され,たくさんの聴衆の耳に入り,多くの録音が世にのこされることで,「技術的に弾きやすいテンポ」で演奏することが少しずつ受け入れられ,現代では「ややゆっくりと演奏すること」が当たり前になっています。
ピアニストたちも,遅いテンポでの演奏が許されている現状を変えたくないのか,
ショパンのメトロノームによる指定について議論される機会は少ないです。
「楽譜は大切」「楽譜に忠実に」とレッスンしているピアノ教授たちも,
「メトロノームの指定を守りなさい」とは言いません。
「指定の速度より多少遅くなっても良いから,・・・・」というレッスンはよく見聞きします。
この「安全運転」がショパンのエチュードの演奏として正しいのでしょうか?
ショパンの指定の速さで演奏すると,実際はどのような音楽になるのでしょうか?
何度も録りなおすことで,ショパンのメトロノーム指定を実現します。
本来,練習曲集の12曲は連続で演奏されるべきです。
しかし今回は,1曲ごとに何度も録音をやりなおすことで,
ショパンのメトロノームによる指定を再現するよう努力しました。
作品によっては,何十回どころか,100回以上も録音をやり直しました。
苦労の末完成した録音です。ぜひお聴きください!
映像はフランス初版,演奏はエキエル版
画面に表示している画像はフランス初版ですが,
演奏はエキエル版を使用しています。
エチュードOp.10は,ショパンの自筆譜がすべて遺っていますが,
フランス初版を出版する際に,ショパン自身が校正に関わり,
ショパンの最終的な意図はフランス初版に反映されているため,
資料映像はフランス初版を使用しました。
ショパン 練習曲集 Op.10【各曲再生】
第1番 ハ長調 Etude in C major ‘Waterfall’
普段からよく弾く曲なので,苦労なく録音を終えました。
それでも5~6回録音をやり直しましたが・・・
テンポも,ショパンの指定どおりの速さで弾くのが一般的となっていて,
当サイト管理人も,ショパンがメトロノームで指定したテンポでいつも弾いています。
いつも通りのテンポで弾くだけなので,録音は気楽でした。
難曲として有名な作品ですが,その理由のひとつは,
ゆっくり演奏することが慣例化されておらず,
ショパンの指定どおりのテンポで演奏しなければならないことでしょう。
当サイト管理人は日本人としては手が大きいです(無理をすれば11度が届きます)。
この曲は練習曲集の中では弾きやすい作品になります。
同じ技術を延々に繰り返すとともに,
右手の開き具合や使い方が2小節ごとに変わるので弾きづらい作品です。
中間部の終わりから,再現部にかけてミスタッチを連発しています。
これ以上録りなおしても,どうせどこかでミスタッチをしてしまうので,
これで録音を終えました。
低音を派手に打ち鳴らす乱暴な演奏も多いですが,
今回は低音を豊かにNobleに響かせるようにしています。
第2番 イ短調 Etude in A minor ‘Chromatique’
これも難曲として有名な作品です。
3,4,5の指だけで半音階を弾き続け,かつ,1,2の指で内声を鳴らすという,
常軌を逸した技巧が延々と続きます。
ペダルを極力使用せず,かつ,3,4,5の半音階はsempre legato。
この曲もゆっくり演奏することは慣例化されておらず,
ショパンの指定どおり高速で演奏するのが普通です。
難しいわりに,観客受けしないというか,面白みや魅力に欠けているところがあり(当サイト管理人の個人的な意見です),当サイト管理人は普段あまり弾かない作品です。
それだけに,録音は大変でした。
ミスタッチはもちろん,変なところにアクセントをつけてしまったり,打鍵がカスッて音が抜けてしまったり,何度録音をやり直しても上手くいきませんでした。
録りなおすこと,100回以上!
ようやく納得できる録音をのこすことができました。
最後の録音では,中間部を終えてミスタッチなし,
これでようやく録音が完成する!と喜びとともに再現部に突入。
再現部では,思わず遊び心が出てしまい,
右手1,2の指による内声部を浮き上がらせてしまいました。
再現部を,主部とまったく同じではなく,少し変化させるというのはショパンらしいスタイルですし,
100回以上録音をやり直していましたので,
これにて録音を完了としました。
第3番 ホ長調『別れの曲』Etude in E major ‘Tristesse’
ショパンの作品の中でも,というよりも古今東西あらゆるピアノ曲の中でも,
とりわけよく知られた有名な作品の一つ,『別れの曲』です。
英語圏では’Tristesse;悲哀’と呼ばれているそうです。
問題の,別れの曲です。
何が問題なのかというと,
自筆譜にはVivaceやVivace ma non troppo と記譜されていました。
そうです,もともとはVivaceの曲だったわけです。
その後,ショパンが校正に関わったフランス初版ではLento ma non troppoとなり,
8分音符=100の速度指示も印刷されました。
これが,ショパンによる最終的な意志だということになります。
8分音符=100という速度指定ですが,
実際にこの速さで演奏するのは技術的に可能ではあります。
しかし,あまりにも速すぎます。
一般的にはかなり遅いテンポで演奏されることが多い曲ですが,
それではショパンの意図が反映されていません。
元々はVivaceだったこと,最終的にLento ma non troppo 8分音符=100という速度指定になったこと,を踏まえて,できるだけ8分音符=100という速度指定を意識しつつも,
ショパンが「これほど美しい旋律を書いたことがない」と語ったという珠玉の旋律を抒情的に歌い上げるため,若干遅いテンポで演奏しています。
中間部poco piu animatoでは,8分音符=100の指定に従いました。
主部と再現部をかなり遅いテンポで演奏し,中間部だけやたら速く弾き飛ばす演奏をよく聴きますが,
別々の曲を無理やりくっつけたような演奏になっていることが多いです。
今回の録音は,主部・再現部と中間部の速度の差があまりなく,作品全体にまとまりと一貫性をもたせることができています。
主部のffと再現部のfとの違いも明確に表現しました。
前打音や複前打音を正しく拍と同時に演奏しているところにも注目です。
第4番 嬰ハ短調 Etude in C♯ minor ‘Torrent’
この曲も難曲として有名ですが,他の難曲と同様,ショパンの指定テンポ通りの演奏を求められることが原因でしょう。
当サイト管理人も,普段からショパンの指定テンポ通り弾いているため,
今回の録音も苦労なく終えることができました。
といっても,10回ほど録音をやり直していますが・・・
スタッカートのついた8分音符を,もう少し短く切った方が良いのかもしれませんが,
乾いた音になってしまうので,少し長めに音を持続させました。
左手のアルペッジョを,正しく先取りで弾くことで,テンポを崩すことなくきれいに和音を響かせています。
第5番 変ト長調 『黒鍵』Etude in G♭ major ‘Black Keys’
『黒鍵』のエチュードです。
この作品もショパン指定通りのテンポで弾くのが一般的ですが,
ショパンのエチュードの中では,特に難しい作品とはされていません。
右手の高速パッセージがすべて黒鍵のみなので,音を外しにくく,
弾きやすいからでしょう。
当サイト管理人もよく弾く曲ですし,録音に苦労はありませんでした。
一番最後,両手オクターブユニゾンによる下降を,イン・テンポで弾こうと試してみましたが,
技術的に難しいこともありますが,最後は少しテンポを落としてコーダに入らないと音楽的にオカシイので,やめました。
第6番 変ホ短調 Etude in E♭ minor ‘Lament’
これまた,付点4分音符=69という,非常識なテンポ指示です。
実際にこのテンポで弾くのは技術的には可能ですが,さすがに速すぎます。
練習曲集の中では,演奏される機会の少ない作品で,
単独で演奏されることはほとんどない作品です。
当サイト管理人もあまり弾くことのない作品です。
かなり遅いテンポで演奏されることも多いですが,
今回はできるだけ付点4分音符=69という速度に近づけつつ,抒情的な雰囲気が崩れないように演奏しました。
ショパンの指示通り,ペダルは多用せず,sempre legatissimoを実現させました。
十分に魅力的で美しい作品なのですが,
名曲ぞろいの練習曲集の中では,どうしても影の薄い作品ですね。
少しでもこの曲の魅力を引き出すべく,何度か録音を録りなおしましたが,
いかがでしょう・・・?
第7番 ハ長調 Etude in C major ‘Toccata’
弾くのが大変な割に演奏効果があまりない作品で,
当サイト管理人は普段あまり弾かない作品です。
この曲も,ショパン指定のテンポ通り演奏するのが一般的です。
右手が弾きにくいのはもちろん,左手も音域広く飛ぶところが多く,音を外しやすいです。
右手の音型ですが,単純に2,1,2,1と連打を繰り返すのは難しいですが,
その3度上,6度上に音を載せて,2-3,1-5,2-3,1-5と繰り返すと,2,1,2,1の連打も弾きやすくなるので不思議です。
普段弾かないこともありますし,単純に演奏しにくい作品なので,
録音には苦労しました。
50~60回録りなおして・・・ようやく録音を終えました。
第8番 ヘ長調 Etude in F major ‘Sunshine’
ショパンの指定テンポで弾こうとすると,かなり弾きにくい作品です。
当サイト管理人のお気に入りの作品でよく弾きますが,普段はもっとゆっくり弾いています。
左手の前打音やアルペッジョ,最後の両手アルペッジョなど,正しい奏法で弾くことで,
テンポやリズム感が安定します。
第9番 ヘ短調 Etude in F minor
指定テンポで弾き始めてしまうと,strettoやaccelerandoを表現しにくくなるので,
少し遅いテンポで弾き始めています。
個人的には,練習曲集の中で一番弾きやすい作品だと思います。
ショパンの練習曲らしい,技術的な難しさはありません。
第10番 変イ長調 Etude in A♭ major
難曲として取り上げられることのない作品です。
これは,ショパンの指定テンポよりもかなり遅い,ゆったりした演奏が一般的になっているからでしょう。
ショパンの指定テンポで演奏するのは,かなり難しい難曲です。
8分音符が3個のかたまりになっている箇所と,2個のかたまりになっている箇所とを明確に弾きわけることが必要で,テンポが速くなるとこの弾き分けが難しくなります。
再現部では,右手音型が10度,最大で12度に開くところがあり,速いテンポでは乱暴になってしまいます。
手の大きい当サイト管理人は,この曲は弾きやすい作品の一つです。
ショパンらしい気品に満ちた作品で,当サイト管理人お気に入りの曲です。
ショパン指定のテンポを守りつつ,切なく甘い響きを実現させました。
第11番 変ホ長調 Etude in E♭ major ‘Arpeggio’
この曲もショパン指定のテンポを守ると,とたんに難曲となります。
手の大きい当サイト管理人にとっては,得意な曲の一つです。
ショパン指定のテンポを維持しながら,音域広いアルペッジョをやわらかく響かせるとともに,内声部の淡い移ろいゆく音色の変化も実現させました。
両手アルペッジョを正しく演奏することで,アルペッジョがやわらかく美しく響いています。
一番最後,根拠なく8va(1オクターブ上を演奏する記号)が印刷されている楽譜が一般に普及しており,
間違えて1オクターブ上を演奏してしまっている録音が世界にあふれています。
今回は,ここも正しくショパンの記譜通りに演奏しています。
第12番 ハ短調『革命』Etude in C minor ‘Revolutionary’
名曲中の名曲,『革命』のエチュードです。
ショパン指定のテンポよりかなり遅く,しかもペダルを多用して演奏するのが一般的となっています。
そのせいで「ショパンの練習曲の中では比較的弾きやすい作品」などという紹介をよく見ます。
ショパンの指定どおりのテンポで,しかもショパンの指定どおりペダルをあまり使わずに演奏するとなると練習曲集の中でも指折りの難曲です。
旋律のリズムを守らずに,なんとなく雰囲気で演奏している方が多いです。
スラーやタイ,スタッカート,アクセントなど,ショパンが細部までこだわって記譜したアーティキュレーションを蔑ろにしてメロディを弾くような演奏,
とくに,メロディのタイを無視して和音をガンガン殴りつけるような演奏が多いです。
左手の音型も,クレッシェンド→ディミヌエンドが徹底されず,最低音をドカンドカンと鳴らすような乱暴な演奏もよく耳にします。
フォルテやフォルテシモはガンガン音を鳴らしながら,
ピアノやsotto voceが目に入っていないような演奏もありますね。
ショパンの指定テンポは4分音符=160!
しかも,ペダル指示は一切ありません。
ショパンの作品では,ショパンがペダル指示を書いていないときは,
暗にペダルを使わない(ペダルを多用しすぎない)という指示になります。
*もちろん,ピアノを豊かに響かせるためにハーフペダルの使用は必要です。
今回の録音では,ペダルの使用を最低限にし,テンポもショパン指定のテンポ通りの演奏を実現しました。
速いテンポながら,メロディのアーティキュレーションはショパンの指示をできるだけ忠実に再現しました。
特に再現部の旋律は,ショパンの記譜通りのリズムをほぼ実現できています。
再現部の右手のアルペッジョを正しく拍と同時に弾いているところも注目です。
今回は以上です!