ショパンコンクールの審査とM-1グランプリの審査の違い

”的確度”というのは当サイト管理人が便宜上名付けた造語です。
詳細は第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【本選スコア 詳細】をご覧ください。
ショパンコンクールの審査方法ですが,これまでのYes/No 方式が廃止され,
完全な25 点満点の採点制となりました。
M-1グランプリの審査方法と同じ形式なので,日本人にとっては馴染み深い審査方法ではないでしょうか。
しかし,ショパンコンクールの審査とM-1グランプリの審査には明確な違いがあります。
M-1グランプリでは,トップバッターの漫才が終わったあと,
「面白かったんですけど,トップバッターなので,いったんこの点数にしました」とか,
「トップバッターなので,とりあえず基準として,この点数にしました」などと言いながら,
点数がつけられるのが恒例となっています。
どういうことかと言いますと,
M-1グランプリでつけられる点数は”相対評価”なのです。
こういった漫才ならば100点をつけましょう,このような漫才だったら85~95点をつけましょう,といった,
絶対的な評価基準が規定されておらず,
参加者の優劣をつけるための手段として,半ば審査員の感覚で大雑把に点数がつけられています。
一方で,詳細は第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【本選スコア 詳細】をご覧いただければと思いますが,
ショパンコンクールでは審査の方針が明確に規定されていて,規定はhttps://www.chopincompetition.pl/en/regulationsに公開されています。
公開されている審査規定の概要をまとめると以下のようになります。

つまり,ショパンコンクールでの審査は”絶対評価”であり,
「ショパン作品の解釈能力」を評価するという審査方針のもと,採点基準の目安に従って点数をつければ,
どの審査員も概ね同じような点数が並ぶハズです。
実際は「極端な点数」が氾濫していた
第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【審査方式の変更点】でお伝えしていますが,
今大会からは「極端な点数」を自動補正する仕組みが導入されました。
個人の主観による偏りを防ぐ仕組みとして,他の審査員とかけ離れた極端な高得点・低得点は算術的に自動調整されています。
そして,コンクール終了後に公開された採点結果を見てみると,
「調整」や「補正」といった言葉から想像される範囲を大きく超えて,
あまりにも多数のスコアが調整されていました。
絶対的な評価基準が明確に規定されているわけですから,
評価が修正されてしまっているスコアは「的外れの評価」,
評価が修正されていないスコアは「的を射ている評価」といえるでしょう。
当サイトでは,”どれぐらい「的を射ている評価」をしているのか” という割合を便宜上”的確度”と呼ぶことにし,
本記事で,2025年第19回ショパン国際ピアノコンクールにおける,各審査員の”的確度”をまとめます。
2025年第19回ショパン国際ピアノコンクール【各審査員の”的確度”】

”的確度”が高いことが,すなわち審査員としての能力が高いことと同値ではありません。
その逆もしかりです。
あくまでも,各審査員のある一面が表れているに過ぎません。

本来ならば安易に扱うべきではない,コンクールの審査結果を掘り下げている目的は,
コンクールの演奏動画を視聴しながら,各審査員のスコアと比較検討する際に,
各審査員の評価の特徴を知っておくと,より有意義な学びとなるからです。
各審査員がどのような評価を行っているのか,様々な面からその特徴が伺い知ることができます。
”的確度”の一覧は,各審査員の評価の特徴を知る,一つの指標となるでしょう。
”的確度”の最も高かった審査員はWojciech Świtałaでした。
コンクール全体を通してスコアの補正を受けたのは19回だけで,その”的確度”は87.5%。
2次予選を除いて,”的確度”が9割を超えていました。
2次予選は”的確度”が全体的に低く,他では”的確度”が高い審査員も,
2次予選では”的確度”が低くなる傾向が見て取れます。
そんな中,Sa Chenは唯一,1次予選よりも2次予選の方が”的確度”が高くなっています。
Yulianna AvdeevaとSa Chenは,全体的には”的確度”が低くないのですが,
本選だけ”的確度”が突出して低く,極端に多くのスコアが修正を受けています。
Garrick Ohlssonの3次予選の”的確度”の極端な低さも目につきます。
M-1グランプリ型審査の数学的問題点

当サイト管理人は予備校で数学の講師を務めていました。
一般人よりは少しだけ数学に詳しいです。
日本人にとっては,M-1グランプリでお馴染みの審査方法ですが,実は数学的に大きな問題点があります。
極端な例をご覧いただくと理解しやすいですので,極端な例を2つ,見ていただこうと思います。
この例では,他審査員が概ね90点をつけているのに対して,審査員Cだけが概ね70点をつけています。
そして,審査員C以外の4名は出場者dに最高得点95点をつけましたが,審査員Cだけが出場者cに最高得点95点をつけています。
すると,どうでしょう。
審査員5人のうち,4名が最高得点をつけた出場者dの合計得点は450点,
審査員Cだけが最高得点をつけた出場者cの合計得点は455点となりました。
審査員5人の大半,4名が最高得点をつけた出場者dが2位となり,
たった1名の審査員が最高得点をつけた出場者cが1位となりました。
つまり,同じ95点でも,審査員Cがつけた95点と,他審査員がつけた95点では,
得点の重みがまるで違ったわけです。
別の極端な例です。
それぞれの審査員がつけた最高得点と最低得点に色を塗っています。
出場者dに4名の審査員が最高得点をつけていますが,順位は3位止まり。
審査員Cが最高得点をつけた出場者cが1位になっています。
つまり,他審査員がつけた95点や96点よりも,審査員Cがつけた70点の方が,絶大な影響力を持っていたわけです。
そして,審査員Cが最高得点をつけた出場者cが1位となり,
審査員Cが2番目に高い得点をつけた出場者bが2位となり,
審査員Cが最低得点をつけた出場者eが最低順位となっています。
このような極端な状況では,他4人の得点は審査結果にあまり影響しておらず,
ほぼ,審査員Cの得点だけが,審査結果に影響しています。
M-1グランプリ型の審査では,絶対的な点数の高さにはあまり意味がなく,
つけた点数の差に大きな意味があるのです。
このような,審査結果への影響の大きさ,得点の重みの違いを分かりやすく評価する方法があります。
”標準偏差”と”範囲(レンジ)”です。
”標準偏差”は統計学においてデータのばらつきや散らばり具合を示す指標の一つです。
計算方法は少し煩雑なので,Wikipediaを参照してください。
日本人にはお馴染みの”偏差値”を算出するための基準となる数値です。
”範囲(レンジ)”は最大値と最小値の差のことで,これも統計学におけるデータのばらつきを示す指標の一つです。
先程の極端な2つの例について,標準偏差と範囲を計算してみます。

どちらの例でも,審査員Cは,標準偏差も範囲も,他審査員よりも突出して高くなっています。
2025年第19回ショパン国際ピアノコンクール【各審査員の”標準偏差” ”範囲(レンジ)”】
今大会における,各審査員のスコアの”標準偏差”と”範囲(レンジ)”をまとめました。

標準偏差や範囲の小さな審査員が優秀な審査員,というわけではありません。
審査員の採点の特徴の一面を表すものに過ぎません。

標準偏差や範囲の大きな値は赤色っぽく,小さな値は青色っぽく,色を塗っています。
標準偏差と範囲(レンジ)も,やはり大きな差があることが分かりました。
第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【審査方式の変更点】でお伝えしていますが,
今大会からは「極端な点数」を自動補正する仕組みが導入されています。
補正後のスコアについても,標準偏差と範囲を計算しています。
補正によって,標準偏差や範囲は小さくなっていますが,
それでも,審査員間の違いは解消されていません。
ショパンコンクールは明確な審査規定による”絶対評価”ですから,
各コンテスタントに適切なスコアをつけていけば,自ずと”標準偏差”も”範囲”もある程度の大きさになるでしょう。
”標準偏差”や”範囲”が小さいからといって,的確な審査をしているとは言えません。
明確な審査規定による”絶対評価”であるハズなのにも関わらず,
審査員間で,これだけ”標準偏差”と”範囲”に違いがあるのは「おかしい」と感じてしまいます。
何よりも問題なのは,”標準偏差”や”範囲”の大きな審査員は,それだけ審査結果への影響力が大きくなってしまっていることです。
例えば同じ”20”というスコアをつけたとしても,
”標準偏差”や”範囲”の大きな審査員と,”標準偏差”や”範囲”の小さな審査員では,
その”20”というスコアの重みが違っています。
従来の”Yes/No 方式”優先型の審査に戻すべきでは?
第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【審査方式の変更点】でお伝えしているように,
これまでは,Yes/No 方式と 25 点満点の採点を併用していました。
そして,Yes/No 方式を優先させていました。
しかし,今大会では点数制に絞って審査されました。
点数制に絞ってしまう弊害を解消する目的として,極端な評点は”算術的に調整”する仕組みも導入されました。
大会を終えて審査結果を振り返ってみますと,
審査員間での”標準偏差”や”範囲”の違いが大きく,
各審査員の間で,スコアの”重み”に違いが生じてしまっています。
審査員の間に,審査結果への影響力の差が生まれてしまっています。
当サイト管理人は,従来の”Yes/No 方式”優先型の審査に戻すべきではないかと感じました。
本選出場者の順位の推移
最後に,本選出場者の順位の推移もまとめました。
第19回ショパン国際ピアノコンクール 採点結果データベース 2025【審査方式の変更点】でお伝えしているように,
今大会では,次のラウンドへの進出を判定する際に,累積方式が採用されました。
累積方式が採用されたことにより,後半のステージの比重が大きく設定されているとはいえ,1次予選や2次予選の演奏の出来不出来が最終順位にまで影響を及ぼすこととなったわけです。
それでも,少なからず順位の変動はあったようです。













