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※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-15のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』 概要
- いよいよ前半のクライマックス,No.15変ニ長調とNo.16変ロ短調がやってきました。
以降,偶数番号の短調の曲は最終曲No,24ニ短調へ向けて,悲劇的度合いを指数関数的に増していきます。
そして,奇数番号の長調の曲は,益々,美しく儚くなっていきます。
その対比から,穏やかで優美な奇数番号の作品も,涙なくして聴くことはできません。 - 変ニ長調,Sostenuto(ソステヌート;音符の長さを十分に保って、テンポを少し遅く),4分の4拍子
- 俗称『雨だれのプレリュード』。
この俗称はショパンがつけたものではありません。
ショパンは自分の作品に標題をつける(つけられる)ことを嫌っていました。 - 曲集の中でも最も有名な作品で,ショパンの全作品の中でも最も有名な作品の一つです。「ショパン名曲集」の定番の一曲です。単独で演奏されることも多いです。
- 演奏時間は約7分。曲集の中で最も演奏時間が長いです。
- 最初から最後まで,変ニ長調の主部では「A♭(変イ音,ラの♭)」が,嬰ハ短調の中間部では異名同音の「G♯(嬰ト音,ソの♯)」が,一定間隔で鳴らされ続けます。
いつまでもずっと一定間隔で鳴り続けるA♭(=G♯)の音が”雨だれ”を連想させます。 - 情緒あふれる甘美な主部と,荘厳で厳格な中間部との対比がすばらしいです。
- この曲が単独で作られたならば,ただの幸福感に満ちた美しい曲になっていたかもしれません。
しかし,この曲集の,この場所に配置されることで,その甘美な美しさからは,儚さと”もののあわれ”が感じられ,心に染み入ります。
ジョルジュ・サンド『わが生涯の歴史』『わが生涯の歴史』はジョルジュ・サンドが,ショパンの死後,1854年から1855年にかけて連載していた回想録です。『わが生涯の記』とも表記されます。 サンドが執筆に着手したのは1847年だとのこと。 この『わが生涯の歴史』には,マジョルカ島ヴァルデモーザでショパンと過ごしたときの,ショパンの様子が書かれています。
雨だれの前奏曲が本当はどの曲なのか分かっていないサンドの回想録には,雨だれの前奏曲が具体的にどの曲なのかは書かれていません。 いつの間にか,変イ音そして嬰ト音が等間隔に繰り返されるこの曲こそ雨だれの前奏曲だろう,と一般的に認知されることとなりました。 今ではOp.28-15変ニ長調の前奏曲が『雨だれ』と呼ばれるようになりました。 フランツ・リストは嬰ヘ短調の前奏曲Op.28-8こそが雨だれの前奏曲であると言っていました。 ロ短調の前奏曲Op.28-6も右手伴奏のB音の繰り返しが雨だれに聞こえます。 |
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』 構成
3部形式(ABA’-CDCDEE’-A”-コーダ)で書かれています。
崇高な芸術作品なのに,3部形式で分かりやすい。ショパンの作品が全世界で愛されている理由の一つです。
- Sostenuto,4分の4拍子
- 主部 変ニ長調
- 絶え間なく「A♭音(変イ音,ラ♭)」が一定間隔で鳴り続けます。
- [A] 甘美で切ない,心に残るキャッチーな旋律が2回繰り返されます。
- [B] 短調に転調されます。変イ短調(変ニ長調の属調の同主調),変ロ短調(変ニ長調の平行調)と推移して,変ニ長調の主題に戻ります。
変ロ短調の部分では,雨音が「F音(ヘ音,ファの音)」に変わります。 - [A’] 最初の主題が繰り返されます。
- 中間部 嬰ハ短調 sotto voce(;ささやくように,音量を抑えて)
- 異名同音の「G♯音(嬰ト音,ソ♯)」が,引き続き一定間隔で鳴らされます。
- [C] 主部では中音域のA♭音の連続の上で,高音域で美しい旋律が流れました。
中間部では,中音域のG♯音の連続の下で,低音域に旋律が移動します。
主部の甘美で美しい旋律とは違って,荘厳で厳格な重々しい旋律です。 - [D] G♯音の連続がオクターブになり,徐々に音量を増していきます。
そしてff(フォルテシモ)に至ると,雨音が「B音(ロ音,シの音)」のオクターブに変わります。 - [C][D]をもう一度繰り返して,中間部の後半に移ります。
- [E] ここで中音域の雨音G♯音が,一オクターブ上の音に変わります。
そして,4小節目に雨音が作品中で始めて,G♯,F♯,G♯,A,と動きを見せると,元の高さの雨音G♯音にもどります。 - [E’] 雨音が一オクターブ上のG♯から中音域のC♯へ下って,f(フォルテ)となります。
C♯の雨音は1小節の間だけで,元の高さのG♯へと下がっていきます。 - 中間部の最後は,たった4つの音だけで見事に変ニ長調へ転調されます。
- 再現部 変ニ長調
- [A”] 主題が再度奏でられますが,中間部を経たあとなので,その切なさ儚さが感極まります。
- 1回目の主題の旋律の終わりに「smorzando;だんだん静まって」の指示があります。
- [A]と[A’]では主題が2回繰り返されましたが,[A”]では2回目の主題が途中で儚く消えてしまいます。
「slentando;だんだん遅く」の指示のあと,A♭の雨音が一瞬B♭A♭と変化して,雨音も甘美な旋律も,全てが儚くふっと消えてしまいます。
- コーダ
- 全てがふっと消えてしまった直後,fの単旋律に意識が奪われ,そのまま夢のようなコーダへと連れて行かれます。
- コーダでも最後までA♭の雨音が鳴り続けます。
- コーダの最後にはpp(ピアニシモ)が登場します。
ppが出てくるのは,24曲の前奏曲の中でも7回だけ。
さらには「ritenuto;ただちに速度を緩めて」されて,静寂の中,曲が終わります。
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』 版による違い
3,7,22,78小節目の音を伸ばす符幹
雨音のA♭音を長く伸ばす符幹が,エキエル版だけ違っています。
エキエル版の別冊解説には「色々な様式で演奏することはショパンの意図ではなかったので,最も几帳面に記譜されている3小節目に基づいて統一した」と書いてあります。
「ショパンの意図ではなかったので」と書いていますが,根拠が示されていません。
エキエル版には大変めずらしいことですが,この勝手な校訂には賛同できません。
そのエキエル版も,26小節目だけは自筆譜通りになっていたりします。
変に目立ってしまうので,明確に弾き方を変えてしまうことはできません。
しかし,ショパンが符幹をつけたりつけなかったりしていることは認識した上で,その意図を考え,演奏に表現するべきだと考えます。
4小節目の7連符
イギリス初版のみ,連桁が2重線になっています。
どちらでも同じなのかもしれませんが,演奏者からすると心理的に受ける影響は大きいです。
イギリス初版のように印刷されていると,少し急ぎ気味になってしまいそうです。
12小節目のC♭
左手のC音ですが,自筆譜には♭がついておらず,イギリス初版とエキエル版には♭がついています。
イギリス初版とエキエル版が間違えているように思えます。
しかし,カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)と,ジェーン・スターリングの二人のレッスン用の楽譜(フランス初版)に,ショパン自身が♭を書き加えています。
なので,ここは♭をつけるのが正解です。
あらゆる資料を比較検討して最適解を楽譜にしているエキエル版はすばらしいです。
また,アーティキュレーション(スラーの書き込み方)がドイツ初版だけ違っています。
これは自筆譜通りが良いでしょう。
17小節目,左手のE♭
ドイツ初版のみ,左手にE♭があります。
これは,確かに自筆譜もE♭があるように見えなくもないです。
しかし,以下の2つの理由からE♭がないほうが正解だと思われます。
- 自筆譜では,元々の書き込みを塗りつぶして書き直されており,塗りつぶされているほうにはE♭がより大きく書かれているように見えます。
- 2小節前の15小節目と見比べると,E♭があるときの筆跡とは違っています。
さらに,ドイツ初版では,ここでもスラーの入れ方が違っています。
19小節目の符幹
音を長く伸ばす符幹が,自筆譜ではG♭についていて,A♭にはついていません。
各初版はまったく符幹がついておらず,エキエル版では両方についています。
カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)と,ジェーン・スターリングの二人のレッスン用の楽譜(フランス初版)には,ショパン自身がG♭と,さらにはA♭に符幹を書き加えています。
エキエル版が,ショパンの最終的な意図を反映しているということになります。
21-22小節目のクレッシェンド
自筆譜にも,各初版にもクレッシェンドはありません。
しかし,ジェーン・スターリングのレッスン用の楽譜(フランス初版)に,ショパン自身がクレッシェンドを書き加えています。
このことを踏まえて,エキエル版にもクレッシェンドが( )つきで書かれています。
26小節目の右手にp(ピアノ)
自筆譜にも,各初版にもありませんが,カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスン用の楽譜(フランス初版)に,ショパン自身がp(ピアノ)を書き加えています。
このことを踏まえて,エキエル版にもpが( )つきで書かれています。
33,49小節目の左手4拍目
エキエル版だけ音が違います。
これには理由があります。
カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)と,ジェーン・スターリング,さらには姉のルドヴィカの三人のレッスン用の楽譜(フランス初版)で,ショパン自身がオクターブを6度の音程に書き換えています。
3人の生徒の楽譜への書き込みが残っているのですから,ここは6度の音程で弾くのが正解でしょう。
よって,この中ではエキエル版だけが正解です。
43-44小節目のp(ピアノ)
- 43小節目のp(ピアノ)がフランス初版とイギリス初版ではなくなってしまっています。
- 44小節目には,カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)のレッスン用の楽譜(フランス初版)に,ショパン自身がpp(ピアニシモ)を書き加えています。
エキエル版では,このppを( )つきで示しています。 - 自筆譜では44小節目から57小節目まで,省略記号で済まされています。
これは後述します。
65小節目,♯をつける場所
- ショパンの自筆譜ですが,
- 65小節目は1小節まるごと書き直されています。
- ペダルを離す記号(φのような記号)が消されています。
- 1拍目の右手の和音ですが,D(レの音)の前に♯があるように見えてしまいます。
しかし,嬰ハ短調なので,調号によってDには♯ついています。
そして,周囲の和音と比べて,この和音だけ,B(シの音)に♯がないのは,どう考えてもおかしいです。
DではなくBに♯をつけるのが正解でしょう。- フランス初版とドイツ初版ではBではなくてDに♯がついています。
68小節目 ドイツ初版のみ間違い
ドイツ初版のみ,D♯が抜けていて,60小節目と同じになってしまっています。
これは間違いです。
70小節目,右手の和音
- ショパンの自筆譜,70小節目の右手1拍目の和音の一番下の音ですが,明らかに5線譜の1番下の線よりも下に書かれています。
62小節目と比べても,その違いは明らかで,この音はD♯で間違いありません。 - フランス初版とイギリス初版では,62小節目と同じE(ミの音)音になっています。
- しかし,ショパンは生徒の使うフランス初版のこの部分を訂正していません。
生徒の楽譜に訂正を書き込まない,ということは,ショパンは最終的にE音を選んだ可能性もあります。
なので,エキエル版ではvariantとしてE音の可能性を残しています。
このあたりもエキエル版は行き届いていますね。
75-76小節目のスラー
自筆譜や各初版にはありませんが,ジェーン・スターリングのレッスン用の楽譜(フランス初版)に,ショパン自身がスラーを書き加えています。
エキエル版では( )付けで示されています。
79小節目にショパンの書き込み
カミーユ・デュボワ(旧姓オメアラ)がレッスンで使用していた楽譜(フランス初版)に,右手10連符のA♭と,左手最後のA♭とを揃えるように,ショパンが書き込みをしています。
これはエキエル版では点線で明記されています。
81-83小節目のペダル指示
自筆譜では3小節のあいだ,ペダルを踏みっぱなしの指示となっています。
これはショパンらしいスタイルです。
これは現代のピアノでもハーフペダルを踏んだままにすることで,夢のような幻想的な響きとなり,非常に効果的です。
- フランス初版とイギリス初版では左手の雨音が止むと同時にペダルを離してしまう指示になっています。
たしかにこの方が音は濁りませんが,よりショパンらしいスタイルはペダルを踏んだままにするほうです。 - ドイツ初版はペダルの指示そのものが抜け落ちています。
また,ドイツ初版はslentandoのタイミングが遅いです。 - エキエル版では,フランス初版・イギリス初版のペダルを離すタイミングと,さらには校訂者が,最も長くペダルを踏んでいた場合の,ペダルを離すタイミングが,[ ]付けで示されています。
前奏曲集Op.28は自筆譜でさえ鵜呑みにできない!
前奏曲集Op.28の自筆譜は,ショパンにはめずらしく読み取りにくいです。
また,自筆譜には,間違えだと思われる箇所や,省略が多数あるため,自筆譜でさえ鵜呑みにはできません。
そして十分な校訂がされないまま,各国で勝手な改訂が加えられて初版が出版されています。
自筆譜の完成から,写譜の作成,初版の出版という最初の段階から,間違えのない完全な状態の楽譜は存在しなかったのです。
現在,書店では数え切れないほどの種類の,前奏曲集の楽譜が流通しています。
間違った原典資料が出発点となって,コピーと改ざん,そのまたコピー・改ざん,とコピー・改ざんが繰り返されて出版されている楽譜ばかりです。
楽譜を1冊だけ買うなら,エキエル版一択!
ポーランドのナショナル・エディションであるエキエル版は,自筆譜をもとにしながら,ショパンが間違えていると思われる箇所は,他の資料を比較検討して修正されています。
ショパンの,生徒の楽譜への書き込みまで丁寧に調べながら校訂作業がなされており,これぞ,ショパンの意図した完成形だと信頼できる楽譜です。
前奏曲集は自筆譜も読みにくく(ショパンの苦闘の痕跡は鬼気迫るものを感じます),ぱっと見ただけでは読み取りにくい箇所が多いです。
そして,各初版は,なぜそうなっているのか,納得できない箇所が多くあります。
エキエル版は隅々まで本当によく考えられていて,どこを見ても納得できる校訂になっています。
日本国内の書店で購入しようとすると高いですが,アマゾンなどで検索すると,海外から少し安く購入することができます。
このあたりの購入のコツは後日まとめたいと思います。
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』 自筆譜を詳しく見てみよう!
全景
曲集中で,最も演奏時間の長い作品ですので,自筆譜も3ページにわたっています。
冒頭
- ローマ数字で「ⅩⅤ」
- sostenuto;音符の長さを十分に保って、テンポを少し遅く
- 4分の4拍子
- 冒頭にp(ピアノ)の指示
- ペダル記号が丁寧に書かれています。
主題の伴奏~1,5,20,24,76,80小節目~
甘く儚げな美しい主題が,曲中に6回登場します。
その左手伴奏の4拍目が,D♭Fの3度の和音になっていたり,単音のA♭になっていたりします。
自筆譜を見ると,5,24小節目は,もともとD♭Fの和音になっていたものを,消して,A♭単音に書き直していることが分かります。
そして,76,80小節目は,最初からA♭単音で書かれています。
10-11小節目の旋律は,元々14-15小節目と同じだった?
主部の第二主題は3回繰り返されますが,1回目は変イ短調,2回目以降は変ロ短調で書かれています。
自筆譜の第二主題の1回目と2回目を見比べてみると,1回目の旋律も2回目と同じになる予定だったことが分かります。
また,3回目の左手伴奏を2回目の左手伴奏と同じように書こうとしていたことも分かります。
26~29小節目,主部から中間部へ
- 主部の最後,スラーがわざわざ書き直されており,アーティキュレーションが変更されています。
- 中間部のはじめの小節が,丁寧に塗りつぶされたあと,書き直されています。
元々の記譜がうっすら見えていますが,嬰ト音の雨音と同じリズムで左手旋律が書かれていますね。
15小節にわたって省略
28小節目から42小節目まで番号が書き込まれ,44小節目から58小節目までが省略されています。
60小節目~,書き直しの跡が目立つ
中間部の最後の部分,雨音の嬰ト音が一オクターブ上に高くなる60小節目以降,塗りつぶして訂正した跡が目立っています。
それだけショパンが最後まで苦労して推敲を重ねて完成させた場所だと言えます。
75小節目,たった4音で変ニ長調に戻る
- たった4つの音で嬰ハ短調から変ニ長調に一気に戻る場面です。
- 丁寧に塗りつぶされて書き直されています。
- 最終的には,この4つの音から,雨音が嬰ト音から変イ音に戻っています。
しかし,元々はこの4つの雨音も嬰ト音で書かれていたようです。
- 75小節目は,特に訂正の跡が目立ちます。
それだけ,ショパンがこだわって労力を注ぎ込んだ箇所なのでしょう。
78小節目,カデンツァが消されている
カデンツァらしきものが塗りつぶされて消されています。
79~83小節目,ショパンからの指示がたくさん
- 色々な指示がたくさん書かれています。
- smorzando;だんだん静まって
- slentando;だんだん遅く
- ペダルの指示にもこだわりを感じます。
- 10連符のカデンツァにも,元々は何かの指示が書かれていたようです。
丁寧に塗りつぶされてしまっていて読み取れませんが,小文字のdから始まる言葉のように見えます。- ノクターンなどでショパンがカデンツァによく書いていた指示だと,
- delicatiss.;デリカティシマメンテ,この上なく繊細に
- dolciss.=dolcissimo;ドルチッシモ,とても甘く
このあたりの指示を書いていたのかな?と想像できます。
- ノクターンなどでショパンがカデンツァによく書いていた指示だと,
84小節目,何かが消されている
84小節目の冒頭に,何かを塗りつぶして消した跡が残っています。
フォルテのように見えなくもないですが,この場面でフォルテの指示が書き込まれるとは思えないですよね・・・?
88~89小節目,pp(ピアニッシモ)
- 最後から2小節目,全24曲の曲集に7回しか登場しないpp(ピアニッシモ)が書き込まれています。
- ritenuto;ただちに速度を緩めて
- ショパンは最終部分でペダルを離す記号を書かないことも多いですが,Op.28-15ではfineの前にペダルを離す記号が書かれています。
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』演奏上の注意点
ピアノ初心者にも演奏可能な,最高の芸術作品
技術的には容易な曲です。
楽譜通りに音を鳴らすだけでしたら,ピアノ初心者にも十分可能です。
そして何より,ショパンの全作品の中でも1,2を争う人気の作品,”ショパン名曲アルバム”の定番中の定番です。
初心者にも弾くことができる,ショパンの珠玉の名曲。
ショパンへの入門として,難しいことは考えずに,ピアノ初心者の方にも楽しんで弾いていただきたい曲です。
当サイト管理人も,小学生のとき,はじめて弾いたショパンの作品は,ノクターンOp.9-2と雨だれのプレリュードOp.28-15でした。
ノクターンOp.9-2は小学6年生のとき,親戚の結婚式で演奏し,雨だれのプレリュードは小学5年生のときに学校の音楽会で弾いたので,思い出に残っています。
雨音は一定のテンポで揺るぎなく
7分にもおよぶ,曲中で最も演奏時間の長い曲ですが,最初から最後まで,変イ音(A♭,ラ♭)と嬰ト音(G♯,ソ♯)が8分音符で鳴らし続けられます。
ショパンは,自然の音を音楽で表現しようとしたわけではありません。
しかし,この同じ音の連打は,僧院の雨だれの音がショパンの無意識に影響を与えて,譜面上に書かせたものです。
連続する雨だれの音は,自然の巨大な力と機構によって作り出された音です。
雨だれの音は,人の力で影響を与えることなどできません。
自然界の物理法則によって定められた,決して揺るがされることのない音の連続です。
この雨だれの音が演奏者の感情によって揺るがされるようなことはあってはなりません。
また,この雨だれの音は楽曲の伴奏にあたります。
ショパンがレッスンで生徒に求めたテンポ・ルバートは,旋律が歌うように自由に揺れ動いたとしても,伴奏は拍子を正確にテンポを保持することでした。
この曲の主部の旋律は特に美しく,歌うように自由に揺れ動くことになります。
旋律に引きづられて,伴奏の雨音のテンポが揺れてしまわないように気をつけましょう。
装飾音は,あわてずゆったりと歌う
※上の参考記事の「ショパンの装飾音の意義その3 ~自然なテンポの揺れ~」の項もあわせてお読みください!
カデンツァ(任意の装飾音)
曲中,7連符のカデンツァが2回,10連符のカデンツァが1回出てきます。
ショパンは,テンポ・ルバートとは別に,自然なテンポの揺れも重要視していました。
そして,多くの場面では,リタルダンドやアッチェレランド,ソステヌート,ア・テンポなどの指示は書き込まずに,装飾音によって自然にテンポの揺れが発生するように作曲しています。
テンポを一定に保つことを優先して,カデンツァを高速で弾き飛ばしてしまうと,ショパンらしい抒情性が吹き飛んでしまいます。
音数の多いカデンツァは,あわてずに,ゆったりと歌うように演奏すると,自然とテンポもゆるやかになり,自然に音楽が流れていきます。
ターン(回転)
ターン(回転)は,前の音が主音です。
なので,後ろの音の拍よりも前に弾きます(「先取り」しているわけではありません)。
7連符や10連符のカデンツァと同様に,テンポを保つことを優先してしまって,ターンを急いで弾いてしまうと,ショパンらしい雰囲気が消し飛んでしまいます。
ターンをゆったりと演奏すると,自然とテンポがゆるやかになって,音楽が自然に流れます。
39,55小節目,左手の長前打音
低音の前打音は先取りで演奏します。
荘厳で厳格な場面ですから,この前打音も悠々と響かせましょう。
前打音が短すぎると落ち着きのない感じになりますので,急ぎすぎないように注意しましょう。
40,56小節目にff(フォルテシモ)
ff(フォルテシモ)が2回登場します。
ショパンはffを多用しません。
他の作曲家よりも,より特別大きなフォルテが要求されています。
しかし,ショパンがレッスンで「鍵盤を叩きつけないように」生徒に言っていたことも思い出しましょう。
ズガン!ドガン!と乱暴な音を鳴らさないように。
錯乱と妄想から生まれた恐ろしい音響世界ではありますが,それでもショパンの音楽は不快な騒音であってはならないのです。
また,拍の頭にはアクセントがありますが,左手の最後のA♯のオクターブにはアクセントをつけてはいけません。
43,59小節目,ffからペダルを踏んだままpへ
43,59小節目では,ff(フォルテシモ)から一気にp(ピアノ)へ音量を落とします。
しかも,ペダルは踏んだままで余韻は残します。
ペダルを踏み込んでいると,特に現代のピアノでは簡単には音が減衰しません。
ffの音響の余韻がちょうど1小節で消えるように,ペダルを踏む深さを徐々に浅くします。
最後88小節目にpp(ピアニシモ)
最後の2小節はpp(ピアニシモ)の指示が書き込まれています。
ppは,24曲の前奏曲集中でも7回しか出てきません。
そしてpppは前奏曲集に1回も出てきません。
ppは,ショパンにとっては特別な指示です。
ウナコーダの指示はありませんが,シフトペダル(ソフトペダル,左ペダル)を奥まで踏み込んでしまって構いません。
ピアノの上級者は,曲の冒頭からシフトペダルを活用していたでしょうから,この場面でシフトペダルを思い切り踏み込んでも,問題ありません。
しかし,ここまでシフトペダルなしで演奏してきた場合,最後だけ急にシフトペダルを使用すると,ピアノの音がまるで違うピアノに変わってしまったかのうように音色が変わってしまいます。
普段シフトペダルの使用をしない演奏者は,せめて84小節目あたりから浅くシフトペダルを踏み始めるようにしてみてください。
ショパン 前奏曲 Op.28-15『雨だれ』実際の演奏
当サイト管理人の演奏です。
※当サイト管理人,”林 秀樹”の演奏です。2020年11月25日録音。
◆Op.28-15のみ再生
◆24曲全曲再生リスト
本来,前奏曲集は24曲全曲を通して演奏するべきなのですが,今回は各曲の解説が目的なので,1曲ごとに区切って演奏を公開していきます。
ショパンの意図を忠実に再現しようとしています。
(なかなか難しいですが・・・)
ぜひ,お聴きください!
今回は以上です!